第16話
「時間がかかるものなのだね」
ひとしきり、思い出に耽っていてもなお、協会の人間はまだ来ない。とはいえ、私の体感は相変わらず当てにならないので、当てずっぽうで発言しているところがあるが。
しかし、その予想感覚は不自然ではなかったようだ。
「協会もそう暇じゃないからな。だからこそ、空いている人間を寄越せばいいのに」
「よっぽどだな」
「よっぽどなんだよ」
そこから少しも思考が外れないようだった。
面倒な人間がいることなど、百も承知だ。ハンター同士が内輪揉めしているところを見たことも何度もある。それこそ、彼の死因にもそうした諍いが関わっていただろう。
だからこそ、協会などという人間が集まる場所に、面倒な人間がいることは想像に容易い。
だが、伴君がここまで警戒するのは意外でしかない。何度聞いても、恐ろしさが身に沁みた。だからと言って、これ以上突いても情報が増えそうにはない。疲労を口にすることすらも、億劫であるようだった。
「それで? その子が来るまでシェラへ詰めようとかそういう気はないのか? 君は」
「これが俺に何を説明してくれるって? そもそもそれほど理由はないんじゃん」
「ラツェナドがいると思っただけ」
「だってよ」
「私を巻き込むんじゃないよ」
言い切るとシェラは再び口を閉じて、伴君も困ったように肩を竦めるだけだ。端から諦めているらしい。
だったら、何故連れてきたのか。そう思わずにはいられないが、この状況は私への気遣いだ。元を辿ってしまうと、私が暇にかまけて伴君を探しに行かなければ良かったことだった。自業自得のようなありさまに、焦点が遠くなる。
どうしてシェラの気配に気がついてしまったのか。
その雰囲気を察知した時点で、吸血鬼の正体は分かっていた。はっとしてしまったのは、そのためだ。そして、それが落ち度だった。伴君が即応してしまったがゆえに、私が手を回す時間がなくなったのだ。
何もなければ、シェラがどうなろうとも私には関係がなかった。確かに、シェラは弟子のように纏わり付いてきてはいたが、所詮は言葉の上のことでしかない。だから、結果としてシェラが捕まることは、本当ならそこまで気にすることではなかった。
ただ、伴君が間に入るとなると話が違ってくる。私とシェラとの関係が明らかになってしまった。
シェラが捕縛されるだけのときとは、状況が違う。こうなると、切り捨てるわけにはいかない。せっかく確立した地位が揺さぶられかねないのだから。
「とにかく、ラツェナドに会いに来たって理由なら、どうしようもないだろ」
「はぁ。私と会えたから目的は達しているし、どういう理由で引き渡すつもりなの?」
「手に負えないから」
「手放してるじゃん」
「引き渡していいって言ったんだろ。お前が困るんだし」
「ああ。君は私を大事にしてくれるなぁ」
おかしさ半分。冗談めかして伝えると、伴君はぎゅっと眉根を詰めた。
「何だい? 違うの?」
「そこまで俺たちに感情を明け渡す事情があるか?」
「じゃあ、君のその態度はどこから来ているんだ?」
詰めれば詰めるだけ、伴君は表情が険しくなっていく。不思議だと言った言葉が、どこまでも付きまとってくるのだろう。
伴君自身、私への態度への説明などつかないようだ。私だって分からないのだから、こればかりは詰め寄るのは可哀想か。とはいえ、伴君が私を贔屓しているのは間違いない。
「ラツェナドが面倒なことになれば、俺だって面倒なことになるだろ。一蓮托生になってんだから」
それは言い訳だろう。そうでなければ、最初から出てきたはずだ。
「だから、私のことを助けてくれるってこと?」
「他に何があるんだよ」
ぎろりと睨みつけられて、肩を竦める。それ以上を求めているわけではない。それはお互い様だ。
それでも、どこか肩透かしはあった。戯れ言でも構わない。くだらない応酬に花を咲かせていたかった。それは感慨によるものというよりは、単純に暇にあかせただけに過ぎないかもしれないが。
「お前のようなハンターごときにラツェナドが助けられるわけがない」
「君が私を引き合いに出した時点で、伴君がいなくちゃ面倒なことになっていたよ」
こうなってくると、観察対象を了承したことは幸いだった。もしも、そうでなく私の名前が出た場合、私は否応なくハンター協会へ呼び出しを食らっていただろう。
身元引受人に指定されることはないだろうが、事情を話す必要性はある。その際につけられる悪感情に比べれば、保護目的で観察対象に名乗りを上げておいたのは、先手を打てたと言えた。
「私だって馬鹿じゃありません。ラツェナドが詰めてこなければ、私はラツェナドのことを話したりしませんでした。師匠を危険に晒す真似など、弟子として言語道断でしょう」
「……その思考があるなら、もうちょっと慎重に動けよ」
伴君のごもっともな呟きに、シェラがそちらを睨みつける。
吸血鬼の特徴的な赤い瞳には、ぬらりとした艶が宿っていた。狙いを定めた瞳だ。指摘がよっぽど癪に障ったのだろう。人間を見下しているシェラは、何を言われてもこの反応であっただろうが。
伴君はそれを真正面から見据えながらも、ビビるような態度はびた一文見せない。じっと受け止める姿は、泰然自若としていた。歳のわりには肝が据わっている。
「伴君の言う通りだよ」
その伴君の意見を支えるように伝えると、シェラは不満げな顔になった。
それは伴君への威嚇よりも、師匠への不貞腐れという態度だ。こうなると、途端に子どものような、未熟な吸血鬼になる。小さくなってへこむまでではないが、弟子として反駁は慎んだようだった。
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