第14話

「合意を得て吸血して散歩していただけですよ。ラツェナドがこの町にいると聞いたから、ああしていれば会えるのではないかと思いまして」

「……伴君、気にせずに協会へ引き渡したまえ」


 やはり、これといった理由はなかったらしい。そして、私を探すための手っ取り早い手段として講じたという。

 人探しのためだけに力を放出する短絡さは、褒められたものではない。それに、私にまで責任問題にも波及するのは勘弁だった。保身もまた、胸を張れることではない。

 しかし、観察対象となっている。その立場で恩恵を得るためには、落ち度がないことが前提だ。こちらに後ろ暗いことがあると、本物の観察対象となる。

 対外的には、どちらも変わらないのかもしれない。だが、私の心持ちには差がある。自らを危険人物と認めるような失点をぶら下げるつもりは露ほどもなかった。


「いいのか? 弟子だろう?」

「こんな理由では、君にはどうしようもないだろう」

「これくらいじゃ見過ごすこともできるが?」

「お人好しも大概にしたまえよ」

「協会だって補導だけで済ますこともある。今回のこともそう深く追及を受けることじゃない」

「私にとって不都合なのだけれどね」


 本心を晒すと、伴君も理解を得たようだ。能天気とお人好しは別物らしい。伴君を見ていると、それがよく分かる。


「弟子が捕縛されるのも面倒事じゃないか?」

「暴れているほうがよっぽどだよ。弟子を捕縛するのに協力した、というほうが外聞はいいだろう?」

「同族は大切にする種族じゃなかったか?」


 確かに、私たちは同族に対して仲間意識を持っているほうだ。

 しかし、それは吸血鬼としての矜持を守っているものに限られる。その基準は個人に設えられているので、結局は各々の問題なるが。その基準さえ超えていなければ、あっさりと切り捨てる。

 能力を持つ者らしく非情さを持ち合わせていた。それこそが、吸血鬼の矜持と感じているものも多いだろう。自らの種族を危うくする存在を匿うほど、火中の栗を拾うことはない。


「同族だからこそ、というものは存在する」

「じゃあ、協会に引き渡すぞ?」

「ああ。構わないよ」


 シェラの意向は聞かなかった。いくら伴君でも、そこまで親切ではないようだ。

 シェラは渋い顔で、伴君を見ている。この気に食わなさは、吸血鬼全般に対する取り扱いだろう。自分の処遇に、強い反抗心があるわけではないようだった。

 跳ね返りは強いにもかかわらず、その部分だけ聞き分けがいいのはどういう思考回路なのか。やはり、無駄な労力やみっともない悪足掻きはスマートではない。そうした颯爽とした立ち居振る舞いに依存してのことか。

 シェラは吸血鬼の中でも、その特色が強い。昨今の吸血鬼にしては、珍しいくらいだ。次世代になればなるほど、吸血鬼も共存世界に慣れている。

 そもそも、吸血鬼の生まれは転化や従属化がほとんどだ。もちろん、両親から生まれる吸血鬼もいる。だが、人間を転化させることのほうが多い。眷属として迎え入れるのだ。

 そのため、次世代になればなるほど、古くから伝わる横柄とも言われる吸血鬼の態度は、希釈されていっている。

 私はその変化を受け入れていた。何しろ、こうして人間との共存関係が結ばれるようになったのだ。それがたとえ形式的で表面を取り繕ったものであろうとも。現に私のように生活しているものもいる以上、共存は一部で確実に成り立っている。

 そうなれば、傲慢さが薄れたところで、過ごしやすくなるだけだ。環境に適応することは進化だろう。そうあるべきだとすら思っていた。

 シェラのように居丈高であっても、生活しづらくなっていくだけだ。そのような態度で居続けるばかりでは、こうして捕縛される確率が上がるだけである。いいことはひとつもない。

 こちらが人間の生活スペースに進出しているのだから、歩み寄ってしかるべきだ。暴挙をしでかせば捕らえられて当然だろう。

 そして、それを示すかのように、伴君は手早く電話をして協会へ連絡を取っていた。しかし、何やら電話口で揉めている。


「いいから、お前が来いって。わざわざ栗飯原くりいはらに話を通すな。いいな?」


 どんな会話が繰り広げられているのか。伴君側だけの返答では、想像ができなかった。そもそも、協会とのやり取りの推測が立たない。知らないものから想像を捻り出すことは難しかった。

 栗飯原という人物も誰なのか分からない。


「いいか。落ち着け。栗飯原が来ると面倒事が増える。余計な気は回さなくていい。いくら栗飯原がお嬢様だからと言って、甘やかすな。俺は相手するつもりはないからな。仕事にならないなら追い出すぞ? またそっち側から人を寄越すことになったら面倒だろ。おい、こら、手間を惜しんで手間をかけようとするな。切るんじゃねぇ!」


 比較的冷静に言い聞かせていた声が、乱暴な叫びに変わった。そして、向こうは本当に切ってしまったのだろう。

 伴君は畜生、とばかりにスマホを耳から離して、ソファに投げ捨てた。そして、膝の上に肘をついて手のひらを組んで大息を吐く。

 シェラの取り付く島もない態度に対峙していたときも、疲労している気配は見せなかった。それが、このありさまだ。ここまで徒労を隠さない態度は初見だ。


「大丈夫かい、伴君」

「この先、何があっても味方でいると約束しろ」

「なんだ、そりゃ」


 そんな横暴なことも初耳だった。命令口調もさることながら、中身も理解の圏外である。今からやってくるのはハンター協会の人員だ。私が味方をしなければならないほど、敵対勢力が攻めてくるわけでもない。


「面倒なやつが来るんだ」

「シェラよりもか?」

「シェラはお前の意見に耳を貸すだろう。あれは俺の意見じゃ押し留められない」

「そんな横暴な子が来るのかい?」


 伴君がそこまで言う相手というのがまるで想像できなかった。

 私ともシェラとも引けを取らない。そんな伴君が、会うことさえも回避したがる。どんな子が来るというのか。伴君は空笑いで濁した。その態度が余計に想像力を欠如させ、不安だけを煽る。

 シェラはその伴君の疲弊具合を、ざまぁみろとばかりに睥睨していた。自身の手柄でもないだろうに。どこまでも、横柄さを身につけ過ぎている。

 これはもうどうしようもない。しかし、ここまで頑迷であるのは、昔の吸血鬼にしても暮らしが楽ではなかったはずだ。我々が吸血を主軸に生きてこられた時代でも、人間とやっていかなければならなかったことは間違いない。

 どれだけ能力が上位互換といえど、人間がいなければ生きていけないのだから。だから、シェラほどの頑なさは持つだけ無駄だろうに。

 ハンター協会の伴君が慄く相手がどれくらいの時間でつくのか。協会の本拠地へ出向きはしたが、ここまでの道筋を知っているわけではない。時間を計ることは難しい。

 その間、私たちは静かに時間を潰すことになった。暇を沈黙で埋めるばかりだ。伴君は項垂れっぱなしだった。

 シェラを目視で観察しておかなくてはいいものか。どこまでも野放図にしている。よもや、私が見ているからいいという楽観主義ではないだろうな。私はそんな重大な任務を担うつもりはない。せいぜい、私が迷惑を被らない範囲にしか手を出すつもりはなかった。

 どっちにしろ、協会へ捕縛されるのであれば、これ以上の狼藉を働いたところで、私ががむしゃらに引き止める理由はない。薄情であるかもしれないが、個人主義者の私には、当然のやりざまだった。

 かつてもそうしていたから、私は友と出会うことになったのだ。このやりざまを変えられる本質が、私の中にはない。友ができたという成功体験もまた、この性質を手放せない原因だろう。

 私にとって、それはやはり何度でも思い返してそばに置く思い出であるのだから、どうしたって離れることはない。ましてや、今私の目の前にいるのは、私の友によく似たハンターであるのだ。

 眼前の伴君は、今なお項垂れている。その姿とて、初めて見たものだった。実際、初見だという認識は確かにある。

 しかし、私はそこに友の影を見ていた。

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