第11話
「伴君、早くしてくれ」
捕縛には銀の手錠を使う。呼びつけると、伴君はダッシュで近寄ってきて、私の手からシェラの腕を奪って行った。
私は、ほうと息を吐き出す。シェラも伴君もまだ混乱から抜け出せていないらしい。伴君が動けたのは惰性や反射のようなものなのか。手元を見下ろして呆然としていた。応戦しようとしていた気力が削がれて、力が抜けてしまったのかもしれない。
「ラツェナド! どういうことですか!?」
伴君が呆然としているうちに、シェラが危機を察知して大声を上げた。超音波になりかけるような怒声には、片目を閉じてやり過ごす。
シェラはぐるぐると喉を鳴らすかのような顔で、こちらを睨んでいた。吸血鬼らしい粗暴さではあるが、私に師事したというわりには無様なありようだ。私はこのような立ち居振る舞いを教えたつもりは毛頭ない。
「君は吸血を行ってしまっているだろう」
きっぱりと告げると、伴君が我に返ったように鋭さを取り戻した。何よりだ。
シェラは眉を顰めて、私を凝視し続ける。人を襲ったことへの罪悪感や反省はなさそうだ。吸血鬼としては間違っていないが。
「その気配を漂わせて町中に現れて混乱を招いたのは問題になるぞ。きちんと過ごす場所のルールを弁えろと私は教えたはずだと思うが?」
「……吸血は同意を得ています」
「私は今、師として教えを守れという話をしている」
師であると認めたことは数えるほどしかない。あえてそうした振る舞いをしたこともなかった。教えたなんてこともない。
けれども、シェラは私の真似をしたがって、学んでいたことがあるはずだ。そうでなくても、年長者として窘める必要はあるだろう。
まったく無関係な吸血鬼であれば、そんな精神が生まれたりもしない。だが、シェラは百年間ともに生活していた。迎え入れたつもりはないが、通い詰めてきたのだ。
そのころの私は、友を亡くして憔悴していた。そのために、追い返すよう気力も体力もなく、なし崩し的に弟子を名乗られていたのだ。
なぁなぁに百年を過ごしてきたのだから、私にも非があるのだろうけれど。気まぐれなシェラは百年を区切りに、さらっと私の元を旅立っていった。
回復するまでそばにいてくれた、と考えれば、良い子ではあるのだろう。それ以来、百年単位くらいにふらっと現れたり現れなかったりする自由気ままっぷりだったが。
それでも、口で師匠と言うように、私の言葉に傾ける耳はあるらしい。
「ただ、立っていただけではありませんか」
「伴君、どうなの?」
「問題はあるな。他の吸血鬼に察知されるほどの禍々しさを発するものを無視しておくことはできない。確かに、人間との衝突を押さえるのが俺たちの仕事だが、吸血鬼同士の揉め事も俺たちが押さえる仕事に含まれる。無視はできない」
「と、いうことだ。大人しく伴君に捕縛されて協会へ送られなさい」
「……どうして、ラツェナドは大丈夫なのですか」
自分の落ち度を撥ね除けることはできないと分かったのだろう。疑問に思ったのも本当だろうが、その問いは話を逸らす意味合いのほうが強かったようだ。
「私は伴君の観察対象だからね」
「どういうことですか? ラツェナドは人間に屈したのですか」
「どうしてそうした発想になるのかね。協力関係を結ぶことは、決して悪いことじゃないだろ? 私にもメリットがあることだ」
「交渉ということですか」
「優雅に生きているに過ぎないよ」
交渉という大がかりなやり取りがあったわけじゃない。お互いに多少の計算はあっただろう。しかし、あの場は勢いだらけだった。大層なものではない。
それを煙に巻くように肩を竦めると、シェラは納得したようだ。この子も、吸血鬼然とした振る舞いであっさり騙されるところがある。私の周りには素直な人間が集まるようにできているのだろうか。
友が素直であったとは言えないけれど。
「でも、そうですよね。そうでもなければ、ラツェナドが捕まることはありませんよね」
なるほど。納得は私の力へ対する信頼なのか。チョロいのとも別なのかもしれない。
「どういうことだ?」
今度は、伴君が疑問を呈す。
シェラは自分が捕縛されていることに反抗しなかったが、疑問には苛立ったらしい。相変わらず、短気の癖が直っていないようだ。この短絡さで、喧嘩を繰り返していた。
私のことでは、余計に沸点が低い。忠誠心が高いと言えば聞こえはいいが、手綱を取るほうとしては厄介だった。
「ラツェナドがあんたごときのハンターに捕まるわけがない」
切り返す言葉は刃のように鋭い。伴君は私を一瞥し、それからシェラへと視線を戻した。
「現状、そっちのほうが禍々しいと思うが」
「ラツェナドは吸血をしていないのでしょ」
伴君に答えるように見せかけて、私に問うように断言する。伴君が再びこちらへ向いた。
この世には、シェラが言うように同意を得て吸血するという摂取方法もある。これは禁止されていないし、個人の裁量だ。ただし、これが理由で問題になることも数多くあり、推奨されることではないが。
だが、比較的多くあることだった。人間社会に馴染んでいる吸血鬼であればこそ、それは普遍的とも言える。伴君は私もそうした生活を送っているとでも思っていたらしい。
確かに、食事であるから避けられることではないし、友好的であるからこそ協力者がいるというのは自然な発想か。
「血液パックを使っていれば、吸血は絶対じゃないからな。私は牛乳などで補って生活しているし、吸血するほどに仲を深めるのは効率的ではないよ」
「魅了を使えばいいだけではないですか」
「それは大きな問題があるだろう。君は伴君のお世話になることばかりやっているな」
「協会で詳細に話を聞かれると思ってくれ」
「ボクはボクの力を使っているだけに過ぎない」
「それが人間には過剰な抑圧であるから、自重をしろということだ」
自分が人間社会に順応している自覚は誰に言われずともある。それこそ、シェラが嫌な顔をするほどであることもだ。
吸血鬼にしてみれば、人間は下位互換のようなものだった。見た目こそよく似ているが、異能はない。だからこそ、下等種族だと認識している。それに与するとなれば、不快感を表出するものがいてもおかしくはない。
そして、シェラは私の知り合いの中では、その傾向が強い子だろう。私に師事していたと豪語するわりには、彼女は吸血鬼の矜持を一切手放さない。本来であれば、こんなところに現れることすら異質なことだ。
「ラツェナドがそんなにも人間と仲良くするとは知りませんでした。ボクよりもずっと強いくせに、甘んじているのは信じられません」
実力を伏せているつもりはない。だが、顕示するつもりもない。それに、吸血鬼の力は吸血にすべてが左右される。
新鮮なほうが変換がスムーズで、還元率も高い。血液パックでは、どうしたって鮮度が下がる。この辺りの変換率は、私たちとて解釈に困っている性質だ。
しかし、生来の食事形式が最も栄養となるのは、合理的ではある。他の形式を使っていれば、人間から吸血をしている吸血鬼に劣ることは明白だ。
今の私では、全盛期と言えるほどに力を使っていたときの六割に届くか否かというところだろう。
だからと言って、生活に不便はないし、甘んじているわけでもない。元々、常に異能を使わなければ、生きていけないわけではないのだ。使う分量が決まっているのであれば、過剰摂取する必要はない。
シェラは根源的に私のことを勘違いしている。
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