第10話

 こうも抗弁するのであれば、まぁ何かはあるのだろう。しかし、真に受けるには真実味がなさ過ぎた。いや、伴君はイケメンではあるが、だからと言って押しかけられているというのは誇張に響く。


「人間ってそれほど異性からの反応に過剰になるものか」

「異性に限らず、好悪は気になるものじゃないか。吸血鬼は気にしないのか」

「自己の評価を他人に任せることはしない。どう思われようとも私は私だ」

「吸血鬼め」


 忌ま忌ましい呟きには、さすがの私でも目を細めた。伴君が本気で露悪的に呟いているわけではないとは理解している。しかしながら、お目こぼしするには、嫌みったらしい。


「すまないね」

「いや、今のはこっちが悪い」


 どこまでもお人好しである。素直にしたって、反省までの速度が秒速だ。


「君はやり合い甲斐がないな」

「本気で喧嘩したら口で済まないだろうが」

「私を暴力的にしたてあげるのはやめたまえよ」

「俺だって本気でやり合うつもりはない」

「君が暴力的なのか」

「力が手っ取り早いのは否定しない」

「おい。ハンター。平和主義はどこへやった」


 対話ができるくせに、とんでもないことを言い始める。

 肩を竦めると、伴君も同じようにして見せた。スマートな態度も取れるのであるから、何事にもスマートでいればいいだろうに。

 そうあれば、嫌われることなどなく、むしろモテるはずだ。今でも十分らしいが、暴力に訴える男がモテるのは物語の世界だけである。


「正直に言えば、って話だよ」

「実力行使にはでないってことかい?」

「俺がそうしているところを見たことが?」

「数回しか会っていない中での君の行動のすべてが掌握できるわけもないだろう。卑怯だよ」

「卑怯なくらい暴力に訴えるよりずっとマシだろ」

「今の流れで殴られたら、私でも反撃を考えるぞ」


 それこそ、実力行使に出るはずもない。ぐわりと口を大きく開いて牙を見せつけてやる。伴君だって、本気で受け取らずに一瞥に留めた。

 何だかんだ言いながらも、パトロールは再開されていて、私を遠ざける仕草も見せない。道中で吸血鬼と揉めているのなんて、外聞が悪いだけかもしれないが。それでも、なし崩しがこれほど易々と成功するとは珍しい。

 これほどチョロくてハンターとしてやっていけているのだろうか。そんな邪推してしまうほどだ。老獪とも呼べるハンターの姿を知っているからこそ、視点は高いだろう。

 私は伴君の捕縛シーンを見たこともない。邪推するのも仕方のない関係しかなかった。そんなくだらない会話を続け、伴君のパトロールへ散歩がてらついていく。

 そうなるのだろうと思っていたし、他の展望など見えていなかった。これは人間社会に埋没して生きてきたための平和ボケだったのかもしれない。

 びりっと肌を走った電撃的な衝撃に目を上げた。その瞬間、こちらを振り向いた伴君の瞳は、瞳孔が開いている。

 なるほど。認識は改めたほうがいいようだ。


「なんだ」


 伴君が捉えたのは、恐らく私の気配の変化のみなのだろう。だからこそ、よそへ視線を向けることもしない。

 しかし、別途に気がついた私は、周囲へと目を向ける。そうした私の行動から勘づいたらしい伴君も、同じように周囲を見渡した。


「あちらだ」


 北側。私の働くコンビニ付近。そちらから濃厚な吸血鬼の気配がしている。私が視線とともに指差した刹那、伴君は走り出していた。そのスタートダッシュは、人の中では並外れて速い。その後ろを滑るように追いかけた。

 私には飛行能力もある。地面から数センチ浮いて飛ぶだけで、走るよりも速い。


「どっちだ」


 私が追いかけてきているのを当然とし、分かれ道が見えるや否や問いが飛ぶ。


「その道を右へ入ってからコンビニのほうへ進んでくれ。あちらはかなり血の強い吸血鬼だ。吸血をしたばかりかもしれない。油断しないことだ」

「分かった」


 了承がどこにかかっているのか。そんなことを考えている場合でもないのか。即応した姿が一段と速度を上げて猪突猛進していく。目を見張るような行動力だ。心配などひとつもいらなかったらしい。迷いのない足取りで進んでいく後ろ姿を追っていく。

 黒い衣装の伴君は、夜に溶けるようだ。その中に漂う赤いマフラーが、鮮烈に目に飛び込んでくる。暗闇の中で目立つ色ではない。だが、吸血鬼は夜の闇に関係なく見えている。

 そして、赤は血の色だ。吸血鬼が反射的に目に留める色。

 それを一色纏うハンターは、最高に映える。そして、そのヒーロー然とした後ろ姿は、私にはまたもうひとつ感慨に耽るものだった。

 どうにも拭えない。我ながら、いじましさが軟派だ。苦々しさを噛み締めながら、深刻な伴君の後ろを飄々と追いかける。

 そうして私が辿り着くころには、伴君は既にマントをつけた吸血鬼と対峙していた。

 ワンピースの上から羽織ったマントで身体を隠している吸血鬼の女は、その赤い目を夜闇に光らせている。ボブヘアの左の横髪を三つ編みにした緑髪の吸血鬼の力が膨大なことは、実際に目の当たりにするとよく分かった。

 伴君は、今度は警戒するだけでなく、ナイフを抜いている。魔術とともに、接近武器も使うものだ。銀製のナイフは役に立つ。ピリピリとした空気が、目に見えるかのようだった。一触即発が近い。

 瞳孔の開いた青い瞳は、深い深い海のようだった。

 それに対面する吸血鬼の女は、目を細めて顎を持ち上げている。身長は低いが、そうでなければ睥睨していただろう。ここが町中でなければ、この吸血鬼は空中から見下ろしていたのかもしれない。

 吸血鬼がぶわりとマントを広げる。それは威嚇や牽制のひとつだ。張り詰めた空気に放たれた風圧が、爆風のような衝撃を与える。

 伴君の体重が片足にかけられるのが、スローモーションで目に入っていた。


「ボクは」


 幼い少女の声は、禍々しい吸血鬼とはちぐはぐだ。その切り出しと同時に、伴君が踵を上げていた。まさに一戦を交える。その開戦の幕が開いた。

 その瞬間。ぱんと甲高い破裂音が響き渡る。伴君が即座に振り返って足を止め、吸血鬼も発生源へと目を向けて停止した。

 顔の横で手を叩いた私を見る二人の表情は、天と地ほどの差がある。伴君は不快感を隠さない。不躾な眼差しを注ぎ込んでくる。そして、吸血鬼は瞳を丸くしていた。零れ落ちそうなルビーのような目が、ゆっくりと輝度を放つ。


「ラツェナド!」


 びゅんと一瞬で飛んできた吸血鬼が、私の眼前に立った。その向こう側で、伴君が唖然としている。まぁ、当然だろう。伴君にしてみれば、敵対していた吸血鬼が私と旧知の仲であるかのような振る舞いを見せたのだから。


「……どういうことだ?」


 かろうじて、と言った声音は掠れ気味だ。それでも、問いを投げられているだけ、状況判断がよくできている。


「私の知っている吸血鬼だ」

「弟子ではないですか」

「私は君を正式に弟子として遇した記憶がないのだけどね」

「百年の仲ではありませんか」

「君の押しかけ弟子だろう。大言するのはやめておくれ、シェラ」

「ラツェナド」


 私たちの慣れたどころか飽き飽きした応酬に、低い声が滑り込んでくる。伴君に凛々しいところがあるのは分かっていた。しかし、こうもあからさまに緊迫感の孕んだ声を出すのは初めてのことだ。

 私はそれに肩を竦め、眼前に迫ってきていたシェラの両手首を掴まえた。


「これで問題はないだろ? このまま君に引き渡そう」

「え!?」


 驚愕の声を上げたのはシェラだけだったが、伴君も疑惑の表情になっている。身内切りをしてくるとは、立場が違うもの同士さえ思っていなかったのだろう。

 だが、私は同族の情だけで贔屓することもなければ、状況把握ができないほど愚劣なものに成り下がる気もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る