第9話

 そうして、伴君を見つけるのは、とても簡単だった。巡回路はいつもバラバラを心がけているらしい。

 とはいえ、吸血鬼が出没するのは人が集まる場所だ。毎日、ひとけが移動するわけもない。必ず警戒するエリアは存在するし、そのエリアを通過する順路を考えれば、予想できないものではなかった。

 私の頭脳を持ってすれば、簡単なことだ。


「やぁ」


 古い廃墟を確認して出てきた伴君の前へひらりと姿を現せば、伴君は肩を竦めて片足を引いた。一方の手がすぐさま拳を握り込むのが、ハンターとしての反射神経を感じる。

 捕縛が主であるといえど、我々が抵抗すれば、昏倒に近い防衛手段を即座に取れなければ自身が危険だ。


「お前……ハンターに対して、そんな命を削るような振る舞いをするなよ」

「ハンターだからこそ、初手から攻撃してくることもないだろう? 一般人のほうがよほど容赦がないものもいるよ」


 防衛手段としての用品は流通している。それこそ、防犯ブザーやスタンガンと同じものだ。

 より命の危険があるのだから、防犯するのは当然だろう。分かってはいるが、パニックになってしまう一般人は暴挙に出るものだ。

 私も何度か防犯用の銀の十字架を突きつけられたことはある。実は、十字架そのものをそこまで忌避する吸血鬼は少ない。好悪はそれぞれなので、ゼロではないが。

 大事なのは銀という素材だ。吸血鬼を殺す方法は古くからの伝承で違いない。銀は中でも有効的だ。それを防犯に使う理屈は納得だが、道を歩いていて突然突きつけられる嫌気は並大抵ではない。

 人間がナイフを突きつけられる恐怖と言えば分かるだろうか。そういうことを、吸血鬼相手であると、やらかす一般人は多い。

 それに比べれば、どれだけ警戒したとしても、警戒の範疇に収めることを知っているハンターのほうが安全だ。


「一般人にももう少し吸血鬼の安全性が伝わるといいんだがな」

「事がそう簡単に済むなら、君らのような仕事は成立しなかっただろうな」

「無職になるのは困るな」

「ハンターになれるなら、別の職業でも楽にこなせるものじゃないか? 資格試験はなかなか難しいと聞いているが?」

「それとこれは別っていうか……」


 ついっと視線を逸らした伴君は分かりやすい。素直な性格だ。


「君、馬鹿だったのか」

「はっきり口に出すことはないだろ! で? 何の用だ。ラツェナド」


 分が悪いことを察したのか。言い逃げるように、こちらの様子に話を逸らす。その手法すら稚拙で分かりやすい。やはり、面白い男だ。

 喉を鳴らした私に、伴君は口をへの字に曲げる。


「君に会いに来たんだよ」

「だから、何の用だと聞いているんだが?」


 口を曲げてはいたが、受け答えはすぐだった。こういうところも素直だろう。怪訝満載かつ不愉快さが滲み出るところまでも。


「用がないと会話をすることも難しいのか?」

「お前は今日休みなのかもしれないが、俺は現在進行形で仕事中だ」

「市民のお話を聞くのもハンターの仕事ではないかい?」

「吸血鬼に困っている人間の話を聞くのが仕事だ。吸血鬼相談所になったつもりはない」

「ハンター協会にはそうした面もあるべきだと思うがな」

「それには同意だな」


 真っ正直であるし、自己申告では賢くないと言う。しかし、打てば響く。思考力がないわけでも、考えなしなわけでもない。謙遜かとも思うが、そうした予防線を張るタイプにも見えなかった。


「じゃあ、君は私の話し相手になることも吝かではない、と」

「曲解するのはやめろ」


 捨て台詞のように言った伴君は、踵を返してパトロールを再開させる。素直でお人好しではあるが、受け流す姿勢もあるらしい。

 後を追いかけると、伴君はこちらを一瞥した。自ら切り捨てるような態度を取ったわりに、完全無視を決め込むことはできないようだ。


「相手のことを知りたいのは自然なことではなかったのかい?」


 その背に声をかけると、小さく肩が揺れた。聞く耳も持ち合わせがあるらしい。


「だからって、仕事中に押しかけられても困る」

「私を観察するのも仕事だろう?」


 苦し紛れ、というほど頓狂な言い分ではない。しかし、切り返そうと思えば、いくらだって隙のあるものだったはずだ。

 しかし、伴君にとっては痛点であったらしい。喉を詰める分かりやすい反応には、笑いを噛み殺した。

 はぁーっと長い吐息を零す。ぐしゃぐしゃと前髪を引っ掻き回しながら、伴君はこちらを振り返った。真正面からぶつかると、やはりよく似ている。泣きぼくろの存在はでかいな、と薄らぼんやり考えていた。


「それで? 俺にどうしろって?」

「同行するのは構わないだろう?」

「それ、面白いか?」


 私の原動力に気がついての疑問か。それとも、面白くないことをしなくていいだろうという説得か。どちらにしても、切り返しとしては的を射ていた。


「面白くないことはないだろう」

「同族を捕縛する仕事だが?」


 どうやら真剣に疑問を抱いているようで、伴君は緩く首を傾げている。感覚の違いはどれだけ思考しても埋まるものではないらしい。


「君たちだって同族を捕縛することがあるだろう?」

「ああ。なるほど」


 促してやれば答えに到達する。感応は悪くない。しかし、伴君はすぐにはっとしたようにこちらを向いて目を細めた。


「だからって、面白いことはないだろうが」

「バレたか」


 ひょいっと肩を竦めると、伴君はますます目を細めて眉間に皺を寄せる。


「お前は何をしたいんだ」

「君が観察対象に引き入れたのだろう? 君こそ、何がしたかったんだ?」


 返す刀で問うと、伴君は小難しい顔で唇を尖らせた。子どもじみた仕草も似合う。童顔とも言えないのだが、これが若者というものだろうか。それとも、伴君が男前というだけの話だろうか。

 吸血鬼と人間の美的感覚は、少なからず容姿においてはそこまでかけ離れていない。伴君は美しい造形をしている。その顔を歪めたところで、崩れることはなかった。


「……分からん」


 不貞腐れてぼやく。馬鹿正直さに面食らい、そこからじわりと笑いが全身に広がった。おかしい子だ。自分のことだろうという苛立ちよりも、取り繕うことをどこかに置き忘れてきた性格のほうに比重があった。


「では、私が君に付きまとおうとも私の勝手だ」

「どういう理屈だよ」


 ぶちぶちと文句を垂れるが、対等にやり合っていた威勢はなくしている。愉快としかいいようがない。ここまで貫徹しているとは思わなかった。

 軽やかに伴君よりも一歩前へ出て、身体を反転させる。そうして見下ろすと、伴君はぱちぱちと目を瞬いてこちらを見ていた。

 思うよりもずっと愚直に釣られるものだから、面白おかしさは倍増していく。自身の性格の悪さが身に沁みるが、吸血鬼としては珍しい性質でもない。自分本位であるものは多かった。


「君も分からぬままに私を観察対象へ引き込んだのだから、私も分からぬまま君に付きまとうのはそれほど妙な話ではないだろう?」

「お前は同意しただろう? 俺は同意していない」

「細かい男は嫌われるぞ」

「それはまったくもって関係がないだろ。細かくはないから、俺は嫌われてなんかいない」

「うわ、君、分かりやすいにもほどがないか」


 こうも墓穴を掘るのが早いと拍子抜けするくらいだ。だからと言って、手を引くに値するかと言われると、それとこれとは話が別だが。


「だから、嫌われてはいないんだって」

「塗り重ねるととことん嘘くさいぞ」


 胡乱な目を向けても、伴君は鈍い顔で目を逸らす。どこまで言っても、だ。


「押しかけられて困っているんだ」

「……見栄を張りたいものかね?」


 さすがに三度は重ねるにも無理がある。片眉を上げて見せると、伴君も同じような顔をしてきた。

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