第6話


「君はとても面白いな」

「まるで理解できない場所に突き進むのはやめてくれ」

「私を見失っては困るかな?」

「俺以外に見つかって面倒に思うのはラツェナドのほうだろ」


 笑われたことは面映ゆいのだろう。頬に薄い朱が刷けるほどに分かりやすかった。そのくせ、会話の間合いを外さない。アンバランスさが、胸を梳く。一度ツボに入ると抜け出せなくなるのは、笑いも人もそう大差はないのかもしれない。


「ならば、捕まえてしまうか?」


 くいっと片眉を上げて、片手を広げて見せる。

 マントを羽織っていたころ。私はしばしばこうして、マントをたなびかせてその存在感を主張したものだ。今となっては無意味な仕草だが、身についた癖は抜けきらない。かつて、この仕草を見せつけていた相手と瓜二つのハンターの前では、尚のことだった。

 私の言葉がよほど意外だったのか。伴君は目を見開いて、真意を確かめるかのようにこちらを凝視する。ビー玉のような瞳はどこまでも透き通る青色だ。

 その瞳が元の大きさへと戻り、それから緩く伏せられる。そして、口走った台詞は、今度は私の鼻を明かした。


「それもありかもしれないな」


 予期せぬ同意に、眉を顰める。


「それはまた、物騒なことだな」


 状況が変わることはあるとしても、捕縛を狙う発言を漏らすほどの変化はなかったはずだ。いくら友好的な吸血鬼といえど、それに威嚇しないほど矜持を失ってはいない。

 牙を剥けば、伴君は


「ちょっと待ってくれ」


 と左手をかざすようにこちらへ制止をかけた。

 殊勝な顔を見れば、悪ふざけで言っているわけでもなさそうだ。大人しく制止した私に向かって、湖面のような瞳を向ける。

 こうした態度を取ると、年齢感が一気に上がった。年相応なのかもしれない。そして、それは友と同じ年頃と言っていい。

 思えば、友の生涯は短いものだった。そのたったの数年を鮮やかに抱えている自分のセンチメンタリズムには、苦々しくなる。伴君の態度とは別に、身勝手に調子を乱しているような気がした。


「面倒事を抱えているんだろ?」

「他のハンターのことをそう断じていいのであれば、必ずしも私を手放しで許してくれるかどうかは怪しいものだな」

「俺がお前を観察対象にしていることにしてしまえばいい」


 真っ正直にぶつけてくる言葉を、ゆっくりと咀嚼する。じわじわと土に水が染み入るように巡る間、伴君は一瞬たりとも目を逸らさなかった。

 空色の瞳は、昼間の空のように私の身を焦がす。そんなものに炙られてしまっては、降参するしかない。あまねく吸血鬼は太陽に弱いものだ。

 そして、思考が繋がった瞬間に、ぱんっと笑いが弾けた。突如高笑いをする私に、伴君はまたぞろ目を瞬いて慄いている。


「いいな。悪くない。面白い提案だよ」


 伴君にとっては真面目な発案だったのだろう。少なくとも、大笑いされることだとは思っていなかったに違いない。ましてや、この流れで肯定されるとさえ。

 吸血鬼は人のいいように動かせる存在ではない。いや、この場合、吸血鬼だけに限らないだろう。人にはそれぞれ意志があり、腑に落ちない物事に追従しなければならないなんてことはない。

 そのうえ、求められているのは捕縛だ。どんな性癖をしているのかという話である。我が事ながら、困惑させて当然だろうと俯瞰視点で場を観察していた。


「私が住みやすいように仕えてくれるのだろう?」


 不遜に見下ろしてやれば、伴君はいくらか冷静さを取り戻したようだ。偉そうな態度を吸血鬼の平常と捉える伴君も、私の挙動をどうこう言えないくらいにはズレている。


「使い魔になる気はないぞ」

「君が私を捕まえるのであろう? 協会へ申請でもしておけばいいのかい?」


 伴君がやろうとしてくれている状況を想像することはできた。しかし、観察対象にすることをどう周囲へ牽制するかなどの仕組みについて、私は知らない。

 私が戯れで了承したわけではないと気がついたのか。伴君は気を取り直したように真剣な顔になった。私が思うよりも、重大なことでもあるのだろうか。


「こちらが申請しておけばそれでいい。ラツェナドは吸血鬼登録しているのか?」

「でなければ、住居もバイト先も持てるものではないのは知っているだろう?」

「じゃあ、俺の手柄ということで」

「調子に乗るなよ、ハンター。これは戦略的な協力でしかないよ」

「だったら逃げ道を用意しておくことだな、吸血鬼」

「私を捕らえておけると傲慢にならないことだ」

「戦略的には俺の一勝だろ?」


 にたりと強気に笑ってみせる。ある意味で獰猛とも取れる表情も、さまになっていた。これがハンターとしての顔だろうか。


「私の妥協の末で得た勝利で喜ぶとは、腕が知れるぞ」

「実力を測り間違っているんじゃないか? コンタクトで目が悪くなるとは知らなかった」

「減らず口がそれほど上手いとも思わなかったな」

「そっちが煽るからだろ」

「不思議なものだね」


 そういうしかなかった。奇妙なほど調子が合い過ぎている。言葉が滑って止まらない。伴君がついてきてしまうものだから、セーブのしどころが分からなくなっていた。

 伴君はその台詞を追及しようのないものだと分かっているのか。こほんと咳払いをして、空気を無理やりに入れ替えた。


「……とにかく、観察対象にすることには納得でいいんだな?」

「ああ。君の楽しい話に乗るよ」

「変わり者だな」

「吸血鬼だからね」

「だとしてもだよ。よろしく頼む」


 言っておいて何だか、ここまで面倒な応酬をしておいて、すんなり手を出せる精神性は感心する。

 性根が善性であるのだろう。こちらもまた、出されたものを拒絶するつもりはなく、伴君の手を取った。

 節くれだった指先は鍛えているのか。指の腹が硬くてごつい。

 ああ、と何度か触れ合った友の手に似ているという感傷が胸に迫った。どうしたって似ているものを切除するのは難しい。


「こちらこそ、よろしくね。伴君」


 ぎゅっと手を握り返される。その握力はなかなか強い。さすがハンターと言ったところだろうか。私はそのために鍛えられた握力をよく知っている。


「ひとまず、協会だな」

「私も行くのか」

「牽制してたほうが楽だろ」

「君は存外、規則に縛られるタイプか?」

「どこか存外に見える素振りがあったか?」

「私を観察対象にするという奥の手のようなものを提案してくるのだから、生真面目ではないのかと」

「それはいいだろ」


 ふんと言い切って、夜道を進み始めた。

 満月を過ぎた。少し欠けた月の夜に、伴君の影が落ちる。まったくもって、良い夜だ。私はいつかそうしたように、ハンターの後ろを追う。

 巡り合わせだなんて言うつもりはない。生まれ変わりを根っから信じているわけでもない。けれど、伴君が面白い存在であることは確かだ。

 友が亡くなって五百年。新たな協力者を得ることに、彼も文句をつけることはないだろう。

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