第5話
巡り会い、だなんて仰々しい思考があったわけではない。
確かに、よく似ていた。その感想は、ずっと頭の片隅にあったし、友を思い出す時間を増やすきっかけにもなった。毎夜月に思いを馳せるだなんて言えば、情緒も色気もあるだろう。
しかし、だからと言って、四六時中伴君のことを考えているのとは話が別だ。どれだけ似ていたとして、きっかけになったとして、同一人物として扱うつもりは毛頭ない。
もし本当に生まれ変わりだとしても、そのときの記憶のないものに過去を押し付けることは失礼に当たるだろう。混同するつもりはなかった。
それなのに、という思いはある。これがバイト先であるのならば、何の違和感もなかった。伴君が意図してやってきただけだ、と気にも留めなかったかもしれない。いや、その場合、別の問題が発生するだろうが。
また、前回と同じ場所であれば、同じように感じられたはずだ。私のマンション付近と伝えているのだから、意味は分かる。
だが、休日の深夜。夜道の散歩の最中に遭遇すれば、どうして、という感情は拭えない。巡り合わせ、なんて言うつもりはないけれど。けれど、なにがしかを思うくらいの余白は生まれる。
それはあちらも同じなのか。少なくとも、偶然性に不意を突かれたのは同じであるようだった。伴君は後頭部を掻いて苦笑する。
「こんばんは」
「良い夜だね」
「月はいいな」
感性まで似ているとは、と浮かんだことに、苦々しさを覚えた。
どうにも自分の考えに毒されている。そんな馬鹿なことを、と思うには拭いきれない同族への親近感が邪魔をしていた。
「君はパトロールかい?」
「そちらは休日か」
「まぁね。気ままな散歩だ」
散歩でないにしたって、どうしたって行動は夜になる。
吸血鬼の専門店が夜に開いているし、二四時間営業のお店は増えた。人間社会で過ごすのは、吸血鬼にも利がある。宅配もあるし、ものを入手するにはとっても便利だ。昔はかなり面倒で、欲しいものでも諦めたことも多い。
「最近、吸血鬼の出現が多いから気をつけろよ」
「それを私に言うのか、君は」
出し抜けの言葉に、思わず笑いが零れる。お人好しもいいところだ。私もその吸血鬼の一体だと言うのに。何に気をつけろと言うのか。
「凶悪犯ってやつだ。同族殺しをするやつもいなくはないんだろ」
なるほど。伴君はきちんと知識を得ているらしい。
ハンターのことは理解している。だが、その知識量は大小が激しい。魔力にものを言わせられるタイプの人間は、吸血鬼の生態を把握していないものもいる。また、新たに与えられた情報収集が追いついていないものも。
それはいわゆる野良のほうが、その傾向に強い。なので、伴君は除外されるのかもしれないが、それにしても、同族殺しまでに意識が及んでいるものは稀だ。
「これはこれはありがたいね。そこまで凶悪なものの存在報告がされているのかい?」
「隣町から緊急連絡が入っていて、今日からいつもよりずっとパトロールが強化されているよ。出勤しているハンターの数も増えているはずだ」
「それは気をつけなきゃいけないな」
「その文脈じゃハンターに気をつけようとしているように聞こえるぞ」
「そう言っているんだよ」
町のハンターはおおよそ連携が取れていると聞く。しかし、だからと言って思想まで足並みが揃っているとは限らない。気をつけるに越したことはなかった。
「何かマズいことが?」
「私にそんな理由がないと言ったのは先日の君だと思うが?」
「昨日と今日で状況が変わっていることは往々にしてあり得る」
「私がそれほど移り気に見えるかね?」
「吸血鬼はそういうところもあるだろ?」
「君は本当によくよく吸血鬼について勉強しているようだな」
移り気とは言わない。吸血鬼にも執着を持つものはある。宝物と認識したもの。大切にしているもの。そうしたものは譲れず、手放すことで弱体化する。それほどの執着心を持っていた。
一方で、享楽主義者も多い。永い時を過ごすための処世術なのか。そうした性質が身についている。エンターテイメントに身を任せていれば、次から次へと楽しいことを発見していく。そうして今日まで気ままに生きてきた。
「相手のことは知るべきでは?」
きょとんと零す伴君は、妙に幼く見える。未成熟なハンターという意味ではなく、純情少年のようだ。
これは私が吸血鬼であるから抱く感情であるのだろうか。それとも同じく人間であったとしても、伴君の純粋さには思うべきものがあるのだろうか。
人間社会に埋没して生きていても、友を亡くしてからはもう五百年が経過している。感覚の違いを埋めるには、時間が経ち過ぎていた。
いずれにしても、伴君の発想を微笑ましく思った感情は繕えない。ふっと笑みを零した私に、伴君は唇を曲げた。
「倒すべきものとして?」
「隣人として」
至極当然のように。伴君は断言した。
善人であることも、吸血鬼への対応にすらお人好しであることも、平和主義者であることも、私は知っていたはずだ。それでもなお、コンマの逡巡もなく、我々を身近な存在として断ずるとは思っておらず驚きが隠せなかった。
侮っていたわけではない。ただあまりにも、そこにいるハンターは私の知っているハンターであったのだ。
「敵わないよ」
悪印象はなかった。第一印象から友に似ていたのだから、そんなもの持つほうが難しい。けれど、今となっては伴君の持つ面白さは、抗いがたいほどだった。この面白味を、伴君が理解することはないだろう。
丸い瞳がぱちぱちとクエスチョンマークを飛ばしていた。無垢な姿は腹をくすぐる。今度は微笑みには収まらず、くつくつと喉が鳴った。伴君はますます意味不明な顔になる。それがまた面白さを増長させて、痛快な気分にさせた。
月夜の散歩には、やはり良いことがあるのだろうか。あの日、君に出会ったのと同じように。
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