第3話

 ハンターと遭遇することは、人間社会で生活していればあることだ。今更、慌てふためくようなこともない。

 だが、一晩で二度遭遇することは珍しい。そのうえ、そのハンターが出会い頭に戦闘態勢でいることは尚更稀有だった。最高な夜にしては厄介なことだ。

 コンビニでは数分。どんな顔をしているのかすらまともに捉えられていなかった。その顔に真正面からぶつかる。

 青い瞳を持つハンターは、逆光に象られていた。茶髪が陽の光にキラキラと煌めいている。高い身長に鍛えられた体躯は、紛れもなく現役ハンターのそれだ。

 ハンターは、共存よりもずっと以前から存在している。ずっとずっと昔から存在しているのだ。我が友がそうであったように。

 目の前のハンターは、その彼によく似ていた。

 ……見た目の話だ。その髪色。瞳の色。肌の色。人種が一緒だと言えばそれまでの、しかし、記憶に焼きついた友の配色と、目の前のハンターはズレがない。

 その違和感にも似た不思議な感情が、体内を駆け巡った。こみ上げてくる何かを飲み下すと、表情筋が引き締まる。

 眼前のハンターも、私と出会うのが二度目だと気がついたのか。威嚇めいた表情で、こちらを凝視してきた。


「貴様、何者だ」


 追及の言がすぐに出てくる。たったそれだけで、場数を踏んだ反射神経を察せられた。彼はハンターとしてハンターに精通しているつもりだろうが、私のほうがハンターとの付き合いはずっと長いのだ。察することは難しくはなかった。


「しがない吸血鬼・ラツェナドだ。本日は二度目のようで」

「……偶然か?」

「無論」


 出会った瞬間から人情的でいられるほど、平和な世の中ではない。彼はそれを理解しているのだろう。そして、私もそうした世知辛い世の中を知っている。

 彼が警戒心を剥き出しにすることにも、抵抗感はない。何より、彼の職業はハンターだ。吸血鬼を見逃せない業種である以上、こうした扱いになることはやむを得ない。


「この時間にここにいて、問題はないのか」


 このまま尋問のような会話が続くかと思っていた。しかし、威勢はさておき、その中身には気配りが見え隠れする。このハンターはお人好しであるのかもしれない。

 ハンターには多種多様な思想を持ったものがいる。吸血鬼を敵対視して、共存に疑問を抱いているもの。不干渉を貫くべきと考えるもの。共存が可能であると考え、友好的な感情を示すもの。一概には言えないが、彼は第三候補であるような気がした。

 これには、かつての友の面影を見た贔屓が差し挟まれているだろうが。


「私の部屋はこの隣のマンションだから、すぐに戻れるよ。今日はいつもよりも帰りが遅くなってしまってね。町が騒がしかったものだから、コンビニから出ることは避けるべきだという判断だったんだ」


 事情を話すことには慣れている。いくら共存する立場といえども、吸血鬼がひとつの疑念も抱かれることなく生きることはできない。そのために手の内は晒してしまうのは、重要な処世術だ。

 彼は小さく眉を顰めて、示したマンションを見上げる。お世辞にも吸血鬼の住み処としては不相応だろう。

 昔ながらの吸血鬼とは、郊外の城に住んでいることが多い。それでなくても、お屋敷を構える。広く小奇麗な場所を好むことを、彼も知っているのだろう。

 だが、現代の吸血鬼の住み処など、ごくごく一般的な一室に過ぎない。その中でも私は質素なほうだ。

 生活の利便性を求めることと、大きな住居を構えるのとでは、釣り合いが取れない。更地の少ない都会で、吸血鬼が想像する豪邸を建てるのは建設的ではなかった。私も昔は大きな日本家屋を構えていたが、住みづらさを考えて手放している。

 大切なものだけを所持していれば、生活に苦はなかった。私の大切なものの多くは、天才的な脳細胞に格納されている。そうとなれば、どこで生活しようと困ることはない。

 いつも傍らにノスタルジックを抱え込むことにはなるけれど。それは長命種の嗜みというものだろう。


「吸血鬼が出たからな」

「吸血鬼はいつだって出ているだろう」


 皮肉というわけでもない。こうした言い回しをしてしまうのは吸血鬼の性だ。こればかりは、特性として抜け出すことはできない。


「凶悪な、と言えばいいか」

「それはご苦労様だね、ハンター君」

「……伴だ」

「ヴァン?」

「伴奏の伴だ。ヴァンでも構わない」

「ああ。ハンターネームというやつか。しかし、ヴァンと聞こえるとは実によい名だ」

「揃えたものではなく、ただの名字だよ」


 ひょいと肩を竦める仕草は、絵になっていた。

 友とよく似たハンターは、男前に当たるだろう。青色の瞳が煌々と光って、目を惹いた。吸血鬼の瞳には魅了のために人を引き寄せる力があるが、彼の瞳は並ぶとも劣らないものだ。


「ならば、天職だな」

「だったら、最良だ。ラツェナドも仕事帰りだろう?」

「やはり、ハンターたちには私の勤務先は把握されているのか」

「深夜活動するハンターたちにとって、コンビニはいい休憩所だからな。意図した詮索じゃないだろう」

「なるほど。噂になっている、と。君はなかなか分かりやすいな」


 素直な人間は扱いやすい。操ろうなどと思いはしないが、くつくつと笑いは零れた。

 彼は小難しい顔になる。その真意は掴めない。私には魅了の力も変身の力もあるけれど、エスパーはないのだ。たった今出会ったばかりの彼の心中を慮ることができるわけもない。


「情報の取り扱いには注意したほうがいい。私が悪意を持った吸血鬼であれば、すぐさま姿をくらましていたところだ」

「そういうつもりはないんだろ」


 苦し紛れだったのか。しかし、確証を持っているかのように言い切る。信じてくれるのも、断言するのも気持ちがいいが、その安直さには不安しか湧かなかった。もしかすると、新人と呼ばれるハンターであるのかもしれない。

 人間の年齢は読みづらかった。年若いことは分かるが、正確な年齢を当てるのは難しい。こればかりは、何百年と歳を重ねても慣れるものではなかった。私が鈍いのかもしれないが。

 私が黙ったことで、彼は何を考えたのか。続けざまに口を開いた。


「ラツェナドはコンタクトをしているだろ? 服装だって一般人に溶け込んでいる。マンションだって、ごく普通だ。これだけ人間社会に溶け込んで生活している吸血鬼が、悪意を持って逃亡するとは考えない。それに、ハンターに怯えるでもなく対等に会話できる吸血鬼が恐怖に慄いて逃げることもないだろ」


 論理的にも聞こえるが、希望的観測にも聞こえる。それとも、経験論なのだろうか。


「君は善性だな」

「お前を疑う理由が今のところはない。それとも、何か企んでいるのか?」


 簡単に警戒を緩めないほどには、ハンターとしての立ち居振る舞いが身についているのか。切り替えられるプロ意識は素晴らしい。ぎらりと尖らせたやじりのような瞳は、本能的だ。

 私は小さく笑って肩を竦める。彼――伴君は、鋭さを消すことはなかったが、それを責めることもなかった。


「まったくそんなつもりはないな。私は人と仲良くすることに楽しみを見出すタイプだ」

「楽しいのか?」


 一息に空気が弛んだ。やはり、根本的には善性であるのだろう。そして、問いかけの意味を取りかねた。

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