第2話

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 煌々とした満月は、深夜の仕事には頼りになる光源だった。忙しく動き回る中でも、満天の夜空は癒やしだ。深く息を吸い込めば、涼しい風が肺を満たして気持ちが良い。

 夜中、町を駆け回ることもある。仮に吸血鬼が出なくとも、パトロールのために夜中歩き回ることに変わりがないが。

 しかし、駆け回るの歩き回るのとでは、段違いの差がある。どちらがいいかなんて、比べるまでもない。

 それに、吸血鬼を相手するには神経を使う。退治と名称がついていても、実際に退治するわけではない。とはいえ、捕縛するにも攻撃手段を用いないわけにはいかなかった。

 炎属性の魔術を持つ俺は、吸血鬼相手には分がいい。いいのだが、良すぎて困る。炎というのは、手加減して取り扱うことが難しい。

 俺は力押しのほうが得意だ。力いっぱい魔力をぶっ放してしまいたかった。しかし、市街地でそんなことをするわけにはいかないし、吸血鬼を傷付けては捕縛成功とは呼べない。

 そのためには、慎重な制御が必要であるし、その疲弊度は高かった。いつまで経っても慣れない俺が悪いと言えばそれまでだろう。それでも、制御力が早急につくわけでもない。元来なら、トレーニングでもして整えるべきなのだろう。だが、いかんせんそんな時間を捻出する余裕がない。

 ハンターが忙しいことは知っていた。しかし、思った以上に現実は非情だ。

 共存をしている。そういうことになっているし、なっていないとは言わない。表面上には、大きな問題もなく過ごしているだろう。

 昼間は安泰だと言っていい。裏を返せば、夜中にハンターとして動いていれば、この共存がひどく危ういバランスの上に成り立っていることを実感する。

 その危うさを知ってしまうと、どんなに忙しくてものうのうと生きていられない。ましてや、自らハンターを志望して就職したのだ。正義感がなければ選ぶものではない。無視などできるものではなかった。

 俺は吸血鬼に敵愾心を抱いているわけではない。それこそ、共存できる隣人と上手く生活を送っていきたいがために、俺はハンターになった。

 吸血鬼だって、目の敵にするようなものばかりではない。捕縛するものは、特例だと分かっている。それは人間と何も変わりはしなかった。

 犯罪者は犯罪者であって、その種族すべてに難があるわけではない。それは、人間の血液を主食にしているものであっても変わりがない、はずだ。

 だからこそ、俺は奔走しているとも言える。信じるものを叶えたいからこそ、町の平和を守りたい。そのためには、一晩中動き回ることも否はなかった。

 そりゃ、疲れてはいる。だが、やり甲斐はあった。これは、ともすると時代錯誤なやり甲斐搾取なのかもしれない。だが、何も過度な業務を押し付けられているわけではなかった。

 毎日、夜勤のようなものであるから、昼夜逆転の生活が大変というだけだ。協会がシフトを組んでいるため、完全週休二日制になっていた。

 吸血鬼の条例違反により、緊急出動がかかることもある。こればかりは、避けられないものだ。しかし、臨時収入も生まれるので、制度が行き届いていないわけではない。

 命の危機や神経の消耗と値段が釣り合っているのか。その議論は尽きないが、ブラックというほどの悲惨な扱いは受けていなかった。少なくとも、俺はそう感じていない。

 だからって、忙しくないと見栄は張れないけれど。


「伴、あっちにも吸血鬼が出たらしい」


 シフトが組まれているのだから、同業者との協力も当然組み込まれている。

 今日は先輩ハンターと同じだ。この辺りのハンターでは、俺が一番年下になる。俺もいつかは、先輩たちのように後輩を導く日が来るのだろうか。


「人手が足りそうにありませんかね?」

「どうだろうな……ひとまず、俺が行ってくる。人手が必要なら、また連絡をする」


 深夜に吸血鬼が出没することはよくあることだ。それは主に夜行性であるから、という簡潔な理由からだった。

 だが、目撃談が上がってくれば、俺たちはちゃんと確かめに行く。そのために、出動要請は高いが、吸血鬼を捕縛する率はさほど高くはなかった。忙しいと思う理由は、還元率の低さにあるのかもしれない。

 駆けていく先輩を見送って、俺はパトロールの順路を進んだ。裏道や横道を重点的に。しかし、表通りも見落とすことのないように。新人として扱われることも多い俺だが、それでもパトロールには慣れてきた。

 町の人たちにも、徐々に顔を覚えられている。そうすることで、パトロールは数段にしやすくなると先輩たちは言っていた。昔からの処世術だそうだ。

 パトロールは昔よりもずっとしやすくなったという。メッセージアプリで、ハンターたちの連携も取りやすくなった。ハンターにとって連携は大切だ。目撃談はあちこちで上がる。それを手分けするためにも必要だし、捕縛するとなると、戦闘することになるのだ。

 人命のかかる場合すらあるものだから、一人きりで突撃することは推奨されていない。被害者を救うほうが優先されるので、絶対の約束事とはされていないが。それでも、できる限り連携することが望ましいとされている。

 そして、住人を誘導するだけならば、住民にも可能だ。そのためにも、顔を覚えてもらうことが有利というわけだった。俺も少しずつ場慣れして、夜道を行けば挨拶される程度には名が知られている。

 伴というのは本名ではあるが、ヴァンと発音するものも多い。氏名を揃って明かして仕事をしているハンターはいなかった。仕事用の名前を利用しているものもいるくらいだ。

 真名を明かすべきではない。そうした古くからの言い伝えが守られている。正直に言えば、その言い伝えはあくまでも言い伝えであると近年は判明しつつあった。

 それでもフルネームを明かすのはモグリとされることのほうが多い。そのために、俺も名字だけを使っている。協会への提出書類は公的文書であるから本名を明記するが。

 その関係で、俺を名前で呼ぶものもいるが、それも公私の分別はあった。とはいえ、顔を見合わせることは多いので、公私の境がうやむやになっているところもある。

 パトロール中に、こうして思考を巡らすことは慣れとは言わないだろう。過信だ。気を引き締め直して、横道を覗き込んでいるところに着信が鳴った。

 画面を確認すると、


『問題はない』


 と先ほど駆けて行った先輩ハンターからの報告だった。

 何もなければそのままにするものもいるし、こういう律儀な先輩もいる。やり方は千差万別で、連携といっても完璧ではない。

 この緩さ、というよりは臨機応変さは、俺に合っている。自分がそうした対応のできる優秀者とは思わないが、ガチガチに固まった規則の中にいるよりも、ずっとやりやすい環境ではあった。

 先輩に救援が必要ないということで、俺はいくつかあるパトロールのルートへと足を向ける。いつも同じルートを回ることはない。習慣を把握されて隙を突かれないために。ハンターたちは日々、ルートを変えながら日が昇るまで町を巡り歩いた。

 どういう仕組みなのか。夜明け前が、一番事件が起こりやすい。夜の残りにハイになるのか。何かの狙い目であるのか。

 だからこそ、眠気がピークの時間帯ほど、油断がならなかった。目覚ましに缶コーヒーを求め、コンビニに寄ることもしばしばだ。

 この町のコンビニには、吸血鬼がいるらしい。俺はいつもそこではないコンビニに寄っていたので、噂のコンビニに入ったことはない。ルートの問題で、初めてそのコンビニへと足を踏み入れた。

 レジにいる吸血鬼をすぐに目視する。


「いらっしゃいませー」


 定型句を口にする吸血鬼は、ひどくコンビニに馴染んでいた。

 青白い肌を隠すには至っていない。だが、吸血鬼らしい衣装は排除されていた。黒く長い髪が赤いリボンで結ばれている。背は高い。百八十を超えているかもしれない。瞳が黒いのはコンタクトだろう。

 吸血鬼は赤い目をしているものだ。魅了のための瞳とされているので、目を引く。それを隠すことで、歩み寄りを感じさせると言われていた。

 実際には、吸血鬼バレを回避するためだろう。青白い肌も、血の通った生物である以上、ギリギリ人間とも言える。不健康には見えるが、吸血鬼が身近でないものにとっては、咄嗟に吸血鬼だと判別することはあるまい。

 俺たちのように、吸血鬼に詳しいものに着目されなければ、日常生活には困らないだろう。

 商品棚を眺めながら、横目に吸血鬼を観察してしまっていた。これは職業病だ。通報されたわけでもないし、この吸血鬼の素行に問題があると聞いたわけでもない。それでも、見ずにはいられなかった。

 数分にも満たない。短い観察を終えて、視線を剥がした。長時間の観察はリスクが高いし、そのつもりで来店したわけではない。

 目的へ向かおうとしたところで、スマホが鳴る。取り出して耳へ押し当てながら、コンビニを後にした。

 目的が果たせないとしても、優先順位は違わない。電話がかかってくるときは、緊急事態だ。これは暗黙の了解としてハンターの間に広まっている連絡の区別だった。


「はい、伴」

『今、どこだ?』

「吸血鬼のいるコンビニです」

『そこから二本先のバー近くで現在応戦中だ。来られるか』

「すぐに向かいます」


 話しながらも、足は動き始めている。その速度を速めて、俺は現場へと直行した。



 人を襲おうとしていた吸血鬼を捕縛したころには、朝日が昇りきっていた。橙の日射しが目に痛い。息が切れて、粉塵だらけ。他のハンターも同じように満身創痍だった。

 朝陽とともに捕縛に成功したのは、吸血鬼が活動限界で弱ったからに過ぎないだろう。力不足を痛感した。

 ハンターの仕事は、いつだって反省と隣り合わせだ。どっと疲れる。これもまた、忙しく感じる要素であるのかもしれない。

 協会に吸血鬼を引き渡し、俺たちはそれぞれの事務所へと解散した。狭い狭い俺の事務所は、この町の中でも最も手狭だろう。

 事務所兼自宅としても、手狭さは否めない。それでも、十八歳で独り立ちしたわりには、事務所を持てただけで上等だ。その狭い城へ戻った。

 パトロール中は気を張るものだが、捕縛後の帰路では気が緩む。とぼとぼと帰る足元に、暗い影が落ちた。その影はでかく、無意識に身が固まる。

 いくら脱力していると言っても、今の今まで戦闘していた。名残は燻っていて、俺は拳を握り込んで魔力を練る。

 そうして見上げた先にいたのは、背の高い男だ。朝陽の入らない路地裏の影に溶け込むような痩身。ぎゅっと目を細めて見極めると、その中に浮かんだのはコンビニで見た吸血鬼だった。

 一瞬でさまざまなことがぐるりと巡る。どうしてここにいる。ただ、歩いているだけに過ぎないのか。狙われた。俺の動きを感知されたか。無関係。

 自意識過剰な自分と、偶然を分析する自分がせめぎ合っている。その間合いが目の前の吸血鬼に計られたのか。

 目が合ったところで、吸血鬼の垂れ目が細められた。


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