子供しかいない星

半ノ木ゆか

*子供しかいない星*

 とある星の森の中を、三人の人物が歩いていた。枝の隙間から、日がぎらぎらと照りつけている。緑の葉はしおれていて、土はからからに乾いていた。

 この宇宙には、それぞれの星で育まれたいろいろな文明がある。彼らの目的は、賢い異星人を訪ねて廻り、新しい科学技術を地球に持ち帰ることだった。

「探査衛星の写真によると、この近くに村があるはずですが」

 手元の画面を見ながら、天文学者が言った。

 その時、遠くから花火のようなものが上がった。それは雲に打ち込まれて、大きな音を響かせた。

 花火の打ち上げ元へ急ぐ。雲行が怪しくなってきた。息を弾ませ、工学者が言った。

「あの花火は、雨を降らせるための物だったらしい。天気を操れるくらいだから、きっと頭のいい人々に違いない」

 土砂降りの中、小さな村に辿り着く。物陰から様子をうかがい、三人は目を丸くした。手作りの発射台を操作していたのは、地球人で言えば四、五歳くらいの、幼い男の子だったのだ。

「子供でも、あんな機械を発明できるんだ。この星の大人たちは、銀河系でいちばん賢いかもしれないぞ」

 地球人たちはわくわくした。

 雨がやむと、三人は村をうやうやしく訪ねた。相手は非常に高い知性をもっていると思われる。失礼のないよう、細心の注意をはらった。

 出迎えてくれた女の子に、村を案内してもらう。そのうち、三人は不思議に思いはじめた。どんなに探しても、子供しかいないのだ。戸口もみな、子供の背に合せて作られている。全ての家を覗いたが、ついに大人を見つけることはできなかった。

 露台には低いテーブルが並べられていて、子供たちがおしゃべりをしながら昼食をとっている。彼らは白くて丸い、果物のようなものを頰張っていた。

 一人の男の子が籠を抱え、小屋から出てくる。見た目は八歳くらいで、この村ではいちばん歳上だ。

「すみません、ちょっとお訊きしたいんですけど」

 翻訳機を携え、天文学者が後ろから声をかける。だが、こちらには気付かず、無言で子供たちに食べ物を配りはじめた。

「ウロコおにいちゃんは耳がきこえないし、もうしゃべれないんだよ」

 別の女の子が教えてくれた。医師は彼女の前で膝まづき、訊ねた。

「そうか、では君に訊こう。お父さんとお母さんはどこにいるのかな」

「あなたたちのうしろにいる」

 三人は振り返った。しかし、そこには暗い森が広がっているだけだった。地球人たちは薄気味悪くなって、それ以来、森を歩くのが怖くなってしまった。

 宇宙船の食堂で、工学者と医師は議論した。

「どういうことだろう。大人たちは、森の奥深くに住んでいるんだろうか」

「村には生れたばかりの赤ん坊もいました。親も近くにいるはずです」

「幼く見えるだけで、実はもういい歳だったりして」

「骨が成長しきっていないから、子供で間違いありません」

 冷静な医師にことごとく突っ込まれて、工学者は頭を抱えてしまった。

 天文学者が外套を羽織る。工学者が言った。

「また訊きに行くつもりか。どの子に聞いても、みんなあさっての方を指差すんだ。どうせ無駄だよ」

 天文学者は首を横に振った。

「まだ訊いていない子が、一人いるじゃありませんか」

 夕暮時、彼はウロコと呼ばれていた男の子を訪ねた。そして、口パクと身振手振でこう伝えた。

「私たちは、この星の大人に会いに来たんです。あなたのお母さんに会わせてくれませんか」

 ウロコはこくりと頷くと、森の奥へと歩いていった。いてこい、という意味らしい。

 彼は、一本の木の前で立ち止まった。緑の葉を茂らせていて、てっぺんの枝は、今にも雲に届きそうだ。

 大木の見事さに圧倒されていると、ウロコは、注意を引くように幹をぺちぺちと叩いた。だが、彼が何を伝えたいのか、天文学者にはよく分らなかった。

 ウロコは、困ったように幹の周りをうろうろしていたが、しばらくすると、大木に登りはじめた。天文学者が随いていくと、あの白い果物のようなものがたくさんっている。

 二つぎ取って、片方を天文学者に寄越す。枝に腰掛け、見よう見まねで齧ってみると、おいしかった。地球の果物のように甘酸っぱいのかと思いきや、牛乳のような甘味がある。

「おいしい。ウロコくん、すごくおいしいよ」

 当初の目的も忘れ、笑顔で伝えると、ウロコは嬉しそうに目を細めた。

 森の木々がすっかり元気を取り戻したころ。天文学者はウロコを探し廻っていた。

 あれ以来、ウロコは村に姿を見せなくなった。子供たちに訊いても、彼の行方を知っている者はいない。

 森を一人で小迷さまよっていると、あの大木を見つけた。その近くに、見覚えのある人影がある。

「ウロコくん!」

 近寄ってみて、天文学者は言葉を失った。ウロコは目を閉ざし、両腕を上に広げて動かなくなっていたのだ。肩を叩いても、揺さぶっても、応えてくれなかった。足は地面に埋まっていて、髪は緑に変色している。

 病気になってしまったのだ、と天文学者は思った。彼は大慌てで宇宙船に戻った。

 医師がいろいろな器具でウロコを診るのを、工学者と天文学者が心配そうに見守る。医師は聴診器を外し、二人に伝えた。

「彼はいたって健康です。筋肉は硬まり、脳は縮み、耳も喉も着々と衰えています」

「全然ダメじゃないですか!」

「いえ、これでいいのです」

 声を荒らげる天文学者に、医師が澄ました顔で言った。

「村に大人がいない訳が、やっと分りましたよ。この星の人々は、成長すると体が変化し、木のようになってしまうのです。私たちの周りに生えているのも、ウロコくんの両親や祖父母たちでしょう」

「そんなばかな。植物みたいに土から水を吸う宇宙人なんて……」

 信じ切れない工学者に、医師は説明した。

「似たような生き物は、地球にもたくさんいますよ。フジツボは、幼いころはエビに似ていて元気に動きますが、成長すると岩などに貼りつき、姿も変ってしまいます。ホヤは、実はヒトなどの脊椎動物に近いなかまで、赤ん坊のときは魚のように泳ぎますが、岩を見つけると鼻先をくっつけ、動かなくなるのです。子供のころは足で駈け、大人になると根を張る異星人がいても、不思議ではないでしょう」

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