第6話 お嬢様な金策編⑥

 女戦士は助けを請うリーシャの手を振りほどいて、お嬢様の彼女に背を向けて、別れの言葉を投げ捨てた。


「だから走れといったのだ。ここは盗賊の縄張り。お前みたいな小娘が一人でうろちょろしていることが、大きな間違いだ。それに私は銭にならない剣は抜かない主義でね、まぁ、そもそもこんな人数相手を相手にするのは疲れるし、逃げた方が効率良いのでね」


 数時間前までお嬢様だったリーシャの顔に絶望の表情が浮かび始めた。


 ――このまま奴らに好きなようにされるの?やっぱ私ってなにもできないのね。


 リーシャはため息をついた、深く大きく。


 ――私には、あの女戦士のようにこいつらを倒すような強さはないし、逃げ切れる

足も持ち合わしていない。だけど何かしなければ、すべてが終わる。私が持っている物、持ち合わしている物、それは貴族としての素養と……


「この金貨だ!!」

 リーシャは、上着のポケットに手を突っ込んで、ポケットにしまった二枚の金貨のうち、一枚を握りしめた。


 そして、リーシャを見捨てるようにこの場を立ち去ろうとしている女戦士に、思いっきり投げつけた。


 女戦士は後ろに目がついているかのように、何食わぬ顔でリーシャの方へ顔を向けると、山なりに飛ぶ金貨を片手で手に取った。


 受け取った金貨を親指と人差し指の二本でつまみ、夜空を照らす月に照らし始めた。


「ほう、金貨ね~~」


 金貨を懐にしまうと、怖気なんて微塵も感じさせないくらいに、堂々とリーシャの方へ歩みを寄せ始めた。


「おい、そこのお嬢さん。少し下がっておれ。この金貨に見合う働きだけはしてやる」


 腰に携えている剣に手をかけた女戦士。

 リーシャはふと女戦士の顔を見上げてみると、ただならぬ殺気を帯びた眼差しをしていた。


 暗闇に染まった森の中、その眼光は風を切るように、目にもとまらぬ速さで盗賊が待ち構える敵陣へと向かっていく。


 さっきまで威勢よく吠えていた野蛮な連中どもが一気に静かになる。

 抵抗するような声も、悲鳴すらも聞こえない。剣を交える音さえも。


 リーシャが呼吸を数回するうちに起こった一方的な殺し合いが終わると、女戦士は再びリーシャの前に現れた。


「お嬢さん、金貨に見合うだけの仕事はしましたので、私はこれにて失礼してよいか?」

「仕事って……何を……?」


 リーシャは恐る恐る質問を女戦士に投げた。リーシャ自身もわざわざ聞かなくても察しがついている。それなのに、声を震わせながら浅くなる呼吸の中で、あえて聞いたのだ。


 自ら手を汚していないにしろ、金貨を報酬として依頼したのはリーシャ本人だったから。

 女戦士は、剣についた血のりを払いながら、顔色一つ変えずに平然と答えた。


「お嬢さんを守るために盗賊を討った。ただそれだけ」

「殺さなくても……」

「相手は盗賊だぞ?敵が剣や武器を持っていないならまだしもな、殺す道具を持っている時点で、生きる為に殺すか、殺されるかの二択しかないのだぞ」

「でも……」


 リーシャは震える手を、片方の手で抑え込むようにして、人の命を奪った恐怖と罪悪感に必死に耐えようとしていた。


 ――私じゃない、私じゃない、私じゃない。私は何も、私はただお願いしただけ……。たった一枚の金貨を渡しただけ。


 自問自答しながら自分自身を落ち着かせようとしているリーシャだったが、ケンベルク家のお嬢様という環境で育った彼女では、到底経験することのない現実を受け入れることができないでいた。


 女戦士はそれに見かねたのか、震えを落ち着かせようとリーシャが自らの腕を握っていた手を取った。


「まだわからないのか?これは”たられば”の話にはなるが、こいつらを殺さなかった

惨状は簡単に想像できるだろう?」

「えぇ」

「だから、お嬢さんは人を殺したのではなく、人を助けた。たかがそれだけのことだ。手を汚したのは戦士である私だし、お嬢さんはただそれを見ていただけにすぎないじゃないか?」

「えぇ」

「もう夜は遅い。宿まで送ってあげるから、ゆっくり休むといい。いいところのお嬢さんには少しキツかったかもしれなかったからな」

「ありがとう」


 リーシャは少し落ち着いたようだったが、疲れているのか落ち込んでいるのか、暗い面持ちのまま、女戦士に連れられるようにして宿屋にたどり着いた。

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