第4話 お嬢様な金策編④

 リーシャは、ボロボロで黄ばんだ服をじっくり見るように顔を近づけて、まるで鑑定するようにじっくりと見定め値踏みする素振りをした。


「見たところ、もう廃棄してもいい状態の服と思われますが、私のドレスが金貨三枚なら、金貨一枚といったところですか?」

「金貨一枚!?嬢ちゃん、いや嬢ちゃんだからかの?どこの貴族の娘かしらんが、金貨の価値というものを知らんのか?言っておくが、金貨が三枚もあれば、田舎で一年は暮らせられる。そんな金銭感覚もしらんのかの?さすが、貴族の嬢ちゃんじゃ。」


 悪代官みたいにリーシャをあざ笑いながら、カウンターの上に置かれた金貨三枚のうちの一枚を、シワだらけの手で掴んで自身の懐にしまうおばあちゃん。

 しかし、あざ笑っていたのはリーシャも同じだった。


「うふふ、金銭感覚?知らないのはそちらのほうですよ?」

「は?なんだって?」


 質屋のおばあちゃんの不気味な笑みが消え、年端のいかない娘の挑発に対して、苛立ちすらもうかがえる険しい表情が浮かびだす。


「あなたが言うように私は、貴族のお嬢様です。貴族というのは、何事も金貨で解決するのが作法でして。この服に一つ付加価値をつけたいのです」

「こんな服になんの価値をつけようというのかい?」

 貴族のお嬢様である彼女は、顔を質屋のおばあちゃんの耳元まで寄せて、小さな声でゆっくりとささやいた。

「口留めです」


 リーシャはおばあちゃんの耳元から離れると、満面の笑みを浮かべながら、背中に両手を回してドレスの紐を解きはじめた。

 質屋のおばあちゃんは、あまりにリーシャの強気な行動に思わず、両手を叩きながら大爆笑を始めた。腰をのけぞらせるくらいに笑い終わった後、再び立ち上がった質屋の店主は、リーシャに背中を向けて言った。


「少し待っておれ。そのボロきれより、ちっとばかしいい品物をくれてやる。久しぶりに面食らって笑わせてくれた礼じゃ」

「ありがとうございます」

 リーシャは、背中で結んでいた紐がほどけ、はだけているドレスのスカートを少し持ち上げて軽く会釈をした。


 リーシャはおばあちゃんが持ってきた上着とスカートに着替え、金貨を二枚握りしめて、上着のポケットに入れると質屋を後にした。


 質屋をでたリーシャの姿は容姿や立ち方はお嬢様っぽい感じだが、街商人のような服装に身を包んでいるおかげで、うまく町並みを行きかう人の群れに溶け込んでいた。

 ――すぐにこの街から出ないと。


 彼女はすぐにこの街を抜けるために走りだした。ドレスに比べれば質素なスカートをたくし上げて、息を切らしながらひたすらに走り続けた。


 空はもう、赤みを帯び始めていて、今にも夕日は山に身を隠しそうだった。


 街から身一つで抜け、走っていたリーシャがいる場所は、森の中。人の足だけで数時間走っただけじゃ隣町にたどり着くことはできなくて、仕方なく森の中にある木に背中を預け座った。


「疲れたわ」


 お嬢様は普段走ったりすることはない。移動は馬車だし歩く機会も庶民よりは少ない。運動は最低限くらいしかしなかったリーシャの足はもう限界だった。

「うぅー。少し寒いわね。それよりも”おばけ”とかでないわよね」


 夜は少し肌寒い季節。屋根も暖もベッドも明りもない。上を見れば星空が、周りを見渡せば月明かりに照らされた無数の木々。彼女は自然の中で、両足を両手で抱え込むようにして、眠りへと落ちていった。

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