第2話 お嬢様な金策編②

 机の目の前までくると、彼女はサダルージが聞いてきたことについて答えた。


「私は私の意志で、私が思う人と婚姻を結びたいと思っています。ですので、今回のお見合いはできません」

「あーそうか。ならば今、お前に思い人がいるというのか?」

「いませんが……ですが」

「もういい、下がれ」

「いえ、下がりません!!」


 リーシャはサダルージに負けじと、この場にとどまり両の手の拳を深く握りしめて、父親に抗う態度を見せつけた。

 サダルージは書類にサインをする手をやめて、筆をおいた。


「リーシャ。ケンベルク家にお前の弟でもあるルーキッシが、この世に生まれた時点で、長女であるリーシャの役目は名家に嫁ぐことだ。ケンベルク家の権威を衰えさせないためにな。それをしないお前に何の意味があるというのか?」

「私は…………」


 リーシャは自分の意味を、自ら見出すことができずに、言葉を詰まらせた。下をうつむいたまま、どれだけ考えても出てこない。


 今までのリーシャ・ケンベルクの人生と言えば、弟のルーキッシが生まれるまでは、父親にいえば何でも手に入るような、わがまま生活をすごしていた。ルーキッシが生まれてからも、ただ学校に通うだけの日々。唯一自分から取り組んでいたことと言えば、庶民向けの書店で本を買いあさっては、読んでいただけ・


 ケンベルク家への貢献につながることは、何一つしていない。


 ――私はケンベルク家の娘でありながら、今まで何もしなかったのね。だから何もできない。だから嫁に出されるのね。


 サダルージは椅子から立ち上がって、執務室のドアを指さして声を荒げていった。


「何の意味もない奴は、今すぐに嫁へ行け!!それがお前の運命で使命だ!!」

「分かりました。お父様」


 リーシャはサダルージが指をさしている方へ、自分の父親に背を向けて歩き出して、執務室を出ようとした。


 しかし、リーシャはそんなことであきらめたりしないお嬢様だった。

 彼女はサダルージに背を向けたまま、しっかりと顔をあげて前を向いた。


「お父様、さようなら。ケンベルク家に生まれたこと、お父様のもとに生まれていたこと、感謝していますし誇りにも思っています。ですが私は、嫁にも行きませんし、お父様の言いなりにもなるつもりはありません」

「リーシャ、戯言もいい加減にしなさい」

「いえ、戯言ではございません。私は今からこの屋敷から出ていくのですから。それくらいの覚悟を持って今、ここにいるのですから」

「勝手にしろ!!」


 お嬢様は執務室から出て廊下に出ると、もう後に引き返すことはないという意思表示をするかのように、思いっきり勢いよくドアを閉めた。


 ――さっさと家からでたいけど、自分の部屋によるくらいはいいよね。


 リーシャは走るために邪魔なドレスのスカートを両手でたくし上げて、屋敷の中の廊下を走り、自分の部屋に行く。


「今日でこの部屋とも”さようなら”ね」


 部屋の中心に立って、回るように部屋中を見渡した。

 部屋を見渡すと目に留まったものが一つあった。ルーキッシが生まれてから唯一の楽しいと感じた趣味。そう、ベッドの下に隠してある本。

 少し名残惜しいようにベッドに近づいて、ベッドの下を覗き込んだ。


「君たちともお別れね。ちょっと名残惜しいけど、私の頭の中でずっと一緒だからね」


 別れの言葉を、大切な本たちに投げかけると、部屋に大切に保管していあるティアラだけを身に着けて、再びドレスのスカートをまくり上げて、廊下に出ようとした時だった。


 廊下からメイドたちの話声が聞こえてきた。


 ――まずいわ。メイドたちに見つかれば、足止めをくらってしまう

 リーシャは振り返り、風が吹き込んでカーテンが揺れ動く窓の方を向いた。

 ――ここからなら……大丈夫よ。二階だけど下は池。ケガをしてもせいぜいかすり傷くらい。


 勢いよく走りだしたリーシャは、赤みがかった茶色の長い髪が、彼女の後を追うように流れる。


 走った勢いを利用して、飛び乗るようにベランダの手すりに足を駆けると、空を駆けるように勢いよく飛び立った。

 水が弾ける音がすると、池の水は膜を張るようにリーシャの周りを覆うと、これから始まる元お嬢様”リーシャ”の家出生活の幕が開けるのだった。


 リーシャは家出をしてからまず、何一つ戸惑うことなく同じ街ある質屋に向かった。

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