決着
「では、厳正なる審議の結果を発表する!」
審査はつつがなく進行し、いよいよ、今年度優勝者の発表となった。
結果を伝えるのは、当然ながら、女王陛下その人である。
そして、彼女は、もったいぶったりなどはせず、まず第一に優勝者の名前から告げたのだ。
「第一王子ゲミューセと、その婚約者が出品したもやしの料理!
それが、今年度聖供祭の優勝者と料理だ!」
――ワアッ!
彼女の言葉を受けて……。
観衆が、一気に湧き立った。
「ぐっ……!」
舞台上へ並ばされた参加者の中、とりわけ悔しそうな顔をしているのが、ハベストであり……。
彼は、感情の高ぶりが抑えられないのか、とうとうその口を開く。
「――納得いきません!」
「……ほう」
女王陛下の言葉を遮るという、本来ならば、あってはならない行為……。
それを、女王陛下はにやりと笑って許容する。
「プーアー伯爵家の跡取りよ。
納得がいかないか?」
「当然です!
我が方が出品したステーキは、使われた牛も、調理法も全てが完璧でした!
ホウオウとやらの形にして取り繕ったとはいえ、あんな貧相な野菜に負ける品ではありません!」
ハベストの行動と態度は、不敬といえばあまりに不敬であった。
何しろ、大勇帝国そのものといってよいお方を相手に、発表を遮ったばかりか、品評へ異を唱えているのだ。
しかし、やはり女王陛下の態度は――笑顔。
そのようなことで、いちいち波風を立てないという鷹揚さがうかがえる。
また、そうした理由は、観客の反応を気にしてのことでもあると、そう思えた。
やはり、ステーキこそは至高にして王道。
あれほど見事なそれを押しのけて、見た目を整えたとはいえ、もやしが勝利するというには、納得がいかない……。
そう思っている層が、一定数いるようなのである。
まあ、まさにその理由について、今から女王陛下が説明しようというところではあったのだが……。
「教えてやろう」
女王陛下が、ゆっくりと口を開く。
「確かに、味の面において、お前が出品した肉とそのステーキは、まったく見事なものだった。
あるいは、この場が純粋に味のみを品評する場所であったなら、優勝はそちらだっただろう」
「――なら」
「落ち着け。
で、あったならと、そう言ったはずだ」
食い下がろうとするハベストに、女王陛下がやや冷たい声音で告げる。
「うっ……」
そうされると、ヘビに睨まれたカエルのようになってしまうハベストだ。
女王の威光を発揮されてしまえば、いかな伯爵家の嫡男といえど、小僧も同然なのであった。
押し黙ったハベストに……。
いや、観衆全てに聞こえるよう、女王陛下が大きな声を出す。
「今回、審査の決め手となったのは、新しい時代を切り開く食材と料理であるか、だ」
しん……とした静寂が、中央公園を支配する。
皆が皆、一言一句たりとも聞き逃すまいとしているのだ。
「その点において、第一王子らの采配は抜きん出ていた。
まずは、もやしという食材そのものが持つ先見性!
農業に適した土地が少なく、また、工業政策を推し進めている現状では、民が安価で得られる貴重な野菜である!
しかも、新聞で報じられている通り、長年、不治の病として恐れられてきた脚気を克服する妙薬の可能性が高い!」
この言葉には、誰もがうなずくしかない。
安価で得られる、という点に関しては、新聞で報じられた工場火災の件もあって停滞しているが……。
無敵の帝国軍にとって、天敵であった病を克服する一助となりつつある功績は、誰もが認めるところであった。
「そして、今回の料理……。
オウカ人に調理させ、オウカの料理を出してきたというのも、素晴らしい!」
その言葉で……。
観客を含む全員の注目が、舞台上のランファへと集まる。
――当然さ。
――オウカの料理は、世界を制するんだ。
そう思っているのか、彼女は自信ありげに胸を張っていた。
「現在、我が国において、オウカからの労働者は急増している。
そして、時たまに新聞などで報じられているが……。
彼らへの労働待遇や差別的な扱いなどは、もはや社会問題とでも名付けるべきものへ発展しつつある。
私は、国を預かる者として、このことを憂慮してきた」
女王陛下が見渡すと、観客たちはばつが悪いような……なんともいえぬ表情となる。
皆、この問題に関しては、知らぬところではない。
しかし、見て見ぬふりをして、今日までやってきたのだろう。
「無論、そういった問題は、様々な事情が組み合わさって発生していることは重々承知している!
もっと人道的な扱いをと、たやすく言えるようなことではないこともな!
しかし、今日オウカの料理人が見せた料理の見事さは、この問題へ一石を投じることであろう!」
女王陛下の言葉で……。
歓声と拍手が、舞台へ降り注ぐ。
それが、ランファ親子へ向けられたものであるのは明らかであり……。
料理人親子は、誇らしげな顔でこれを受け入れていた。
「そういう意味では、イン国から招いた料理人の腕前も見事であった。
かの地からは労働者などを招いていないが、その食文化へ、我ら勇国人は敬意を表し続けるだろう」
ついでに褒められたイン国の料理人は、しかし、勇国語が分かっていないようであり……。
並び立っていた商社の人間に翻訳され、ようやく、ぎこちない勇国式のお辞儀をする。
「さて、以上の理由をもって、優勝は第一王子の陣営とする。
無論、お前の家で育てている牛の味も見事だったぞ」
女王陛下のお告げに、ハベストは何も言わず身を震わせた。
彼にとっては、生涯でも屈指の屈辱なのだろう……。
そして、続く女王の言葉は、そんな彼を驚愕させるものであった。
「もっとも、父親が仕入れたという家畜の味を守り育てるのは、お前の役割ではないがな」
「――どういうことです!?」
目を見開くハベスト。
すると、だ。
背広姿の男たちが姿を現し、そんな彼の周囲を取り囲んだのである。
「身に覚えがないとは、言わせんぞ」
舞台袖から現れた老人が、ハベストにそう告げた。
この老人を、忘れるスプラではない。
「マリネーさん!?」
「ふうむ……。
その可能性もあると思っていたが、大当たりだったか」
驚くスプラと対照的に、隣のゲミューセ王子が落ち着き払った様子でつぶやく。
「ビーンズ伯爵領で起きたもやし工場の火災、お前の差し金だな?」
「な、なんの話だ!?
僕は知らないぞ!」
一方、元海軍大将たちは、まるで『探偵エドガー』シリーズのようなやり取りを繰り広げている。
「しらを切ろうとしたところで、無駄だ。
今回の件、軍諜報部は全力で調査に当たった。
この老骨を、指揮官として呼び戻して、な。
すでに、貴様が使った男は捕縛している。
この上は、大人しく連行されることだ」
スプラにとっては、あまりに衝撃の事実。
確かに、確執のある間柄とはなったが……。
かつての婚約者が、自分たちに対しそのようなことをしたという事実が、信じられなかった。
「あう……うあ……」
だが、うろたえながら周囲を見回す彼の姿を見れば、それが事実であるのは明らかであり……。
「残念だ。
プーアー伯爵家は、誰か適当な者を当主として据え置かせ、存続させるとしよう」
どこかの段階で、報告を受けていたのだろう。
女王陛下による事実上の判決が下される。
「嘘だ! 間違いだ!
は、離してくれ!」
ハベストは、最後まで往生際悪く……。
屈強な男たちによって取り押さえられ、力ずくで連行されたのであった。
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