鳳凰
世界最強の四文字を冠するに相応しいのが大勇帝国軍であるが、それは何も、単純な軍事力でのみ支えられているわけではない。
むしろ、真骨頂といえるのが、各国や植民地へ送り込んでいる諜報員による諜報網であるといえよう。
世はまさに、情報が制する時代……。
相手方の動向を掴み、いち早くそれに掣肘するからこそ、最強の軍事力は正しくその真価を発揮するのだ。
そして、時にその諜報網は、国内へ対しても向けられる。
国内に存在する不穏な因子を把握し、時に排除することで、国家の健全な機能を維持しているのであった。
ただ、今回、軍部諜報部へ所属する者らへ課せられた任務は、少々毛色が異なるものである。
いってしまえば、これは犯罪捜査。
とある伯爵領の領内で起きた火災事件が、故意の犯行によるものであるらしく……。
その犯人を、意地でも見つけ出せと命じられたのだ。
無論、通常ならば、このような任務は各地の領警察が司る領分である。
ただし、大勇帝国の弱点として、各地の領警察はそれぞれに独立性が強く、もし、犯人が領をまたいで逃亡したのならば、追跡が困難であった。
結果、そういったしがらみにとらわれない軍部諜報部へお声がかかったのであった。
当然、単なる火付け犯であるならば、わざわざ諜報部が駆り出されることなどない。
しかし、この犯人が放火したのは、よりにもよって、第一王子が関与している施設であり……。
王家の威信にかけて、これは捕縛する必要があり、また、そうしてこそ、国家の安寧が保たれるのである。
よって、諜報員たちは命じられた以上の死にものぐるいさで、捜査へ当たることとなった。
犯行現場となった周辺地域のみならず、その近日中に領内を通った機関車の客も、追跡が可能な限り当たって聞き込みをし……。
ついに、犯人と思わしき男を特定したのだ。
大胆にも、そやつは帝都へ潜伏しており……。
そして、聖供祭が開催されている本日は、昼間から酒場へ入っていた。
陽気にジョッキを掲げる様は、実にいい気なものである。
だが、諜報員たちは、四方から歩調を合わせてこの男に接近しており……。
笑顔が絶望の顔に変わるのは、時間の問題であった。
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「ゲミューセか。
食事の際にも言っておいたが、我が子とて、私は一切の贔屓をしないぞ」
開口一番……。
舞台へ上がったゲミューセ王子に対し、女王陛下はそう告げる。
「無論です。
そもそも、そのようなものなど不要。
これから出される料理を見れば、陛下は称賛以外の言葉を出せないことでしょう」
一方、そんな彼女に対し、ゲミューセ王子は肩をすくめながら言い放った。
両者の間に散るのは――火花。
とてもではないが、親子の間でかもし出される雰囲気ではないし、現国家元首と次代の元首で生み出される雰囲気でもない。
さながら、これは真剣勝負。
ゲミューセ王子は本気で鼻を明かそうと考えているし、女王陛下もまた、堂々と迎える態度であるのだ。
と、そんな女王陛下が、わずかに頬を緩めてスプラの方を見る。
「お前が、ビーンズ伯爵の娘スプラか」
「ひゃ、ひゃい!」
思わず、噛んだ返事をしてしまう。
女王陛下といえば、天上人中の天上人であり、仮にスプラでなかったとしても、勇国人ならば大抵はこうなるであろう。
「うむ、写真で見るよりかわいい娘だ。
我が息子は、見ての通りこのような性質でな。
お前には、苦労をかけることだろう。
もし、何か困ったことがあったら、遠慮なく、この第二の母を頼るがいい」
「あ、ありがとうございましゅ!」
またも、噛み噛みの返事……。
それに、会場中から失笑や苦笑が巻き起こった。
はっきり言ってしまおう。
顔から火が出るほどに恥ずかしい。
「さて、我が許嫁殿への挨拶も済んだところで、早速にも料理を食べて……。
いや、まずは見て頂きましょう」
身を縮こまらせる自分を庇うようにして、ゲミューセ王子が一歩前に出る。
そして、背後のランファへとうなずいたのだ。
王子の意を受けて、オウカかからやって来た女料理人が、クローシュが被せられた皿を審査席前のテーブルに置く。
そして、クローシュを勢いよく取り払った。
そこから、現れたのは……。
「これは、鳥か……?」
「なんと優雅な……」
審査員たちの間で、どよめきが起こる。
そう……。
クローシュの中に隠されていたのは、もやしで形作られた優雅な鳥であったのだ。
それにしても、見事なのはこの躍動感であった。
今にも、皿から羽ばたいていきそうな……。
生命の力強さというものが、極めて立体的に表現されているのだ。
「もやしの色もあって、白鳥のように見えるな……」
女王陛下が、そのような感想を漏らす。
しかし、次の瞬間には、眼光鋭く目を細めたのである。
「しかしながら、細部の特徴は明らかに異なる。
これだけの腕前があって、再現が及ばなかったということはあるまい。
ならば、これは別の鳥……いや、幻獣であるということだ。
そこのオウカ娘よ」
「はい」
女王陛下に問われ、ランファがぴしりと背筋を正す。
父親にははすっぱと言われた彼女であるが、流石に女王陛下の前ともなれば、借りてきた猫のようだ。
これは、女王陛下の持つ人間的な厚みがそうさせているのである。
「これは、お前とそこにいる料理人が作ったものだな?」
「はい。
あたしと、父とで調理させて頂きました。
オウカにおいては、皇帝へ供されていた料理です」
ランファの言葉に……。
審査員だけでなく、観衆も感心の声を漏らす。
ここ、大勇帝国において、東洋の文化というのは、何かと神秘性をもって語られるもの……。
そこの皇帝に出される料理であると聞けば、このもやしで作られた幻獣に、霊力じみたものさえ感じられるのだ。
「ほお……。
オウカの皇帝が食する品とあっては、女王たる私も、相応の気概を持って食さねばなるまい。
それで、だ。
これは、いかなる幻獣を表したのだ??」
「ホウオウ」
女王陛下の言葉へ、ランファが大勇帝国にない言葉を持ち出す。
「オウカに伝わる不死と繁栄を司る霊鳥です。
この場に相応しき幻獣と思い、もやしで再現しました」
「不死と繁栄、か……」
女王陛下が、噛み締めるようにつぶやく。
「まさに、我が国が目指すあり方そのものだ。
では、料理が冷める前に実食するとしようか」
偉大なる女王の言葉へ促され、係の者が試食用の皿にもやしを取り分けていく。
美しきホウオウが崩される様を見て、少しだけ残念がる声が観衆から漏れ聞こえた。
しかし、これなるは、あくまでも――料理。
食することにこそ、その真価があるのだ。
果たして、女王陛下たちからの評価は……。
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