決戦
「……で、ありますから、今後、かの地における茶の生産量は激増することでありましょう。
午後のお茶は、もはや一般市民にも浸透しつつある我が国の風習。
来年の今頃には、より安価で、美味しいお茶を楽しめるようになっているはずです」
開催から料理の完成を待つまでの間は、審査を務める者たちによる座談会となる。
商社の取締役が告げた言葉に、舞台上の者たちのみならず、集まった聴衆も感心の声を漏らす。
まさに、ここでは、食の最前線に関する情報が得られるのだ。
しかし、やはり最大の関心があるのは、これから供される美味な料理の数々であり……。
「料理の準備が整いました!
これより、試食と品評を願いたいと思います!」
係官の言葉に、聴衆は一気に湧き立った。
それから……。
女王陛下を始めとする貴人たちの前へ運ばれてきたのは、いずれも劣らぬ見事な料理の数々である。
例えば、本場イン国の料理人を招いて調理させたカリー……。
大勇帝国で販売されているカレー粉では生み出せぬ刺激的な香りと味わいは、実際に食べるわけではない聴衆たちにも伝わってくるかのようであった。
例えば、ヤーハンから仕入れたのだというショーユ……。
自信たっぷりに目玉焼きを出された時は、女王陛下たちのみではなく、聴衆も我が目を疑ったものだ。
だが、実際に切り分けたそれにショーユを付け、食した女王陛下たちの反応を見れば、これが正解だったのだと分かる。
また、油を扱う会社が出品したフライも、まさに豊かな世を表した逸品であるといえよう。
見るからにさくりとした衣の切られる様を見て、まだ出店で買っていない者は、思わず回れ右して買いに走ったほどだ。
いずれも――素晴らしい美食。
そんな中、とりわけ注目を集めたのは、プーアー伯爵家が出品したステーキであった。
やはり、牛肉の塊を焼いたこの料理は――王道。
あえてソース等を用いず、塩と胡椒のみで味付けされた調理法には、手がけたシェフの自信がうかがえる。
背の中央部に存在するという肉を使ったステーキは、切り分けただけで観衆のどよめきを得た。
そして、実食した女王陛下たちの感想は……。
「――実に素晴らしい味だ!
確か、海外まで、お前の父が買い付けに行ったのだったか?」
ひと口大に切り分けた肉を食した女王が、そう言ってプーアー伯爵家の跡取り――ハベストを見やる。
「その通りでございます。
この牛は、外国でそれと知られた名牛の血筋……。
特徴は、農業などで酷使させることなく、自然のままありありと育てたことです。
そうすることによって、我が国で長年食されてきた牛とは異なり、柔らかな肉となるのです」
得意満面とは、まさにこのこと……。
雇った料理人と共に舞台へ上がったハベストが、にこやかな笑顔で説明した。
「ふうむ……。
他の目的には目もくれず、ただ、肉を得るためだけに育てた牛か。
いや、それならば、これほどの味になるのもうなずける。
まさに、豊かな新時代に相応しい味だ。
我らは、牛を酷使せず、美味な食材としてのみ用いることも可能となったのだ」
口元を拭った女王が、観衆にも聞こえるよう大声で讃える。
その言葉が誇張でないことは、同様にこれを食した審査員たちの表情を見ても明らかだ。
まるで、とびきりの異性と巡り合った時のような……。
うっとりとした表情を、全員が浮かべているのであった。
誰かが、拍手を響かせ……。
それは連鎖的に伝播し、舞台に降り注ぐ。
まだ、出品される料理が出尽くしたわけではない。
しかしながら、これは、すでに今年度の優勝が決まったかのごとき雰囲気であった。
「皆さん、ありがとうございます。
当家は、増大する食肉需要へ応えるため、かねてよりまい進してまいりました。
ただ今、女王陛下たちにご賞味頂いたのは、いわばその集大成……。
また、本日は串焼きの出店も出店しております。
そちらでは、このステーキに用いたのとは、また別の部位を味わえますので、是非、お食べ頂きたい」
その言葉で、先ほど以上の拍手が巻き起こる。
すでに食べたものは、その味を反芻し……。
まだの者は、必ず食べてから帰ると誓ったのが明らかであった。
それにしても、舞台役者じみた所作が似合うのは、容姿の端麗さゆえだろう。
「今後、我が領では、より質の良い肉を、安定して供給していけるよう努めて参ります。
皆様、どうかご期待下さい」
優雅な一礼を残して、料理人と共にハベストが下がる。
それを待って、試食用の料理が下げられ……。
係官が、次なる料理について解説した。
「次の料理は、第一王子ゲミューセ殿下と、そのご婚約者による野菜の出品です。
この野菜――もやしに関しては、もはや語るまでもないでしょう!」
その言葉が終わるのと同時に……。
「では、ゆくぞ。
スプラよ」
舞台袖から、自分と共に様子を見ていたゲミューセ王子が、振り返りながらそう告げる。
対するスプラはといえば……。
「わ、わたしも行かなきゃ駄目でしょうか?」
見事なまでに、怖気づいていた。
スプラの人生において、これほどまで大勢の人間に注目される場というのは、初めてのことである。
心臓は早鐘のごとき有り様であり、緊張からか、視界が二重にも三重にもぶれて見えた。
過呼吸などを起こしていないのが、自身、不思議なほどだ。
「何を今更……」
ゲミューセ王子が苦笑すると、クローシュの乗った皿を手にしたランファもまた、呆れたように溜め息を吐き出す。
「そうだよ。
あたしに向かって、あれだけ堂々と語った度胸はどこ行ったんだい?」
「まあ、うちの娘みてえに、はすっぱなやつを説得しちまえたんだ。
お嬢様は、自信を持っても大丈――痛えな! 蹴るんじゃねえ!」
「……ふふ」
ランファとその父のやり取りは、萎縮した心に少しだけ熱を与えてくれた。
「どうやら、少しは緊張がほぐれたようだな」
そんな自分を見て、ゲミューセ王子が腰に手を当てる。
「そうでなくては、困る。
俺と結婚したなら、こんな機会はごまんとあるのでな」
「けっこ……」
実のところ、まだしっかりと考えていない単語が飛び出して、頭がまたも沸騰しそうになった。
そんな自分の手を、王子は思いがけぬ力強さで握ったのだ。
「さあ、行くぞ。
今こそ、決戦の時だ」
「わわっ……!」
ゲミューセ王子に手を引かれて、舞台上へと上がり……。
そんな自分たちの後へ、ランファ親子が続く。
いよいよ、その時……。
自分たちのもやしと、それによって作られた料理が大勇帝国一であると、知らしめる時であった。
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