プーアー伯爵領の肉

「すっげえなあ、こりゃ。

 収穫祭というよりは、展覧会だ」


 妹と共に中央公園を回ったレイバは、そのような感想を漏らした。

 それも、当然のことだろう。


 中央公園の各所には、植民地からの輸入を担当する商社がテントを建て、自社が仕入れた食品の試食や販売を行っていたのである。

 中には、いまだ市場に出回っていない珍しい食品なども存在しており、目と足を止めた帝都市民が列を成す有り様となっていた。


 そのような光景がいくつも重なり合うと、これはもう、人の海という他になくなる。

 ちっぽけな水しぶきに過ぎない自分たちが飲まれてしまわないよう、妹の手をしっかりと握った。


「王子様の話だと、十年くらい前から、各地で美味しいものを仕入れるようになった商社が出品するようになって、他の会社や業者も対抗していく内に、こんな風になったんだっけ?」


 右を向いても人。

 左を向いても人。

 行き交う人によって自由な身動きができないという、故郷ではあり得ない体験に胸を踊らせているのか、妹が興奮気味に得たばかりの知識を漏らす。


「女王様の演説じゃないけど、豊かさの象徴って感じだよな。

 狭い島国へ閉じこもらずに外へ打って出て、こうやって、世界中から食い物をかき集められるようになったんだから」


 周囲をきょろきょろと見回しながら、妹の言葉に答える。

 自分でも田舎者丸出しな態度であるとは思うが、それはただの事実であるのだから、仕方ない。

 せっかくの機会なのだから、妹共々、伸び伸びと見聞を深めるべきであろう。


「悔しいのは、おれたちがここに出店を出せなかったことだよな。

 なんとか、料理に使える分は確保したけど、大々的に販売して試食してもらうには、とてもじゃないけど量が足りなかった」


 それは、レイバの腕がどうというよりは、単純に設備規模と素材の問題である。

 何しろ、飼料用として輸入された質の悪い大豆を、小規模な実験用の設備で育てたのだ。

 これだけの人が訪れる場所に出店するのは、不可能というしかない。


「まあ、今年はしょうがないよ。

 来年には正式な工場も出来上がるんだし、その時に挽回しよう」


「……だな。

 そのためにも、あのオウカ人親子には頑張ってもらわなきゃ、だ」


 妹の言葉に励まされ、そのようなことを口にする。

 正直な話、別に今回の祭りで優勝できなかったとしても、もやしの普及そのものは成功するだろう。

 だが、やはりこの国において、女王陛下の影響は大きい。

 是非、彼女の口に合う品を作り上げて、大衆にもやしの美味しさを伝えて欲しかった。

 それであれば、新工場の完成と稼働後にも、弾みが付くはずなのだ。


「それにしても、あらためて腹が立つのはあの火付け騒動だ。

 おかげで、野菜不足を救いたいというお嬢様の想いも踏みにじられた。

 一体、どこの馬鹿野郎が、あんなふざけたことを企みやがったんだ……」


 そんなことを口にしながら歩いていると、鼻に届いたのがなんとも香ばしい……肉の焼ける匂いである。


「兄ちゃん、あれ……」


「ああ、すげえいい匂いだな」


 先日、ゲミューセ王子から小遣いをもらったレイバであるが、金を惜しまず使うという発想がなく、ここまで、ただ流し見しながら歩いてくるに留まっていた。

 だが、肉の焼ける匂いというものは、どうにも空腹を刺激するもので、足というよりは胃袋が止められてしまう。

 妹もそれは同様だったようで、共に足を止め、見上げた大型テントにはこのような看板が掲げられていたのである。


「げえ……っ!

 プーアー伯爵牧場だって……」


「プーアーって、確かスプラお嬢様の……」


 だが、目に入った文字は、せっかく盛り上がった食欲を失せさせるのに十分なものであった。


 ――プーアー伯爵家。


 その次期当主であるハベストという男は、婚約者という最もスプラ嬢を守らねばならない立場でありながら、彼女のもやし料理をけなし、あろうことか、床にぶち撒けることさえしたという……。

 それは、レイバにとっても、自分を否定されたに等しい行為だ。

 スプラ嬢に横恋慕していたという立場を差し置いても、好感など抱ける相手ではないし、家でもないのである。


「……行こうぜ」


 だから、妹の手を引き、立ち去ろうとした。

 その足をまたも止めたのは、肉の匂いではなく、周囲の人々がささやき合う言葉である。


「おいおい、この肉は、なかなかどうして大したもんだぞ」


「ああ。

 例の暴動……いや、抗議活動だったか?

 その記事を新聞で読んだ時は、プーアー伯爵家もおしまいかと思ったが、まだまだ捨てたもんじゃないぜ」


「王子様とご婚約者のもやしが流れなくなって、野菜の取り引きも復活しつつあるらしいしな。

 まあ、それも、例年に比べれば馬鹿みたいな値段になってるらしいが」


「仕方がないだろう。

 女王陛下も仰ってたように、今年は不作だったんだからさ。

 来年は、またいつも通り収穫できるだろうし、こうして美味い肉まで供給できるようになった。

 家を息子に任せて、現当主は海外へ家畜の買い付けに出ているらしいが……。

 息子は、困難を見事に乗り越え、実力を示したわけだ」


「その息子に婚約破棄を突き付けられ、拾われた王子様との仕事では、工場がボヤ騒ぎか。

 ビーンズ伯爵家のご令嬢は、まるで対極の立場だな」


 あまりにも好き勝手な言葉……。

 それに、つい苛立ちを覚えてしまう。


「兄ちゃん、よくないよ」


「……ああ」


 妹にたしなめられなければ、喧嘩を売ってしまったかもしれない。

 それにしても、気になるのは、だ。


「そうまで言わせるなんて、プーアーの馬鹿息子が指揮しているっていう牧場の肉は、そんなに大したものなのか?」


 このことである。

 そして、実際にどうなのかを確かめることは、実に容易なのであった。


「……食ってみるか。

 なあ?」


「そうだね。

 敵情視察しよう」


 妹と顔を見合わせ、列に並ぶ。

 どうやら、ここでは肉の炭焼き串を食べられるようである。

 長蛇の列に並んで順番を待つというのも、レイバたちにとっては初めての経験であった。


「はいよ!

 熱い内に食べてくんな!」


 プーアー伯爵家に雇われたのだろう売り子へ代金を渡し、妹共々、串焼き肉を受け取る。


「こいつは、結構な大きさだな」


「こんなでっかいお肉、初めて食べるね……」


 串に刺さった肉は、一片一片が――でかい。

 長辺が十センチ近くはありそうな肉を、豪快に五つも突き刺しているのだ。

 しかも、ただでさえ炭火の香りが香ばしいこれには、塩だけでなく、香辛料まで振りかけてあった。


「とにかく、食べてみようぜ」


「うん」


 妹と共に、人の群れから離れた所へ移動し、これにかぶりつく。


「――美味い!」


 その、味ときたら……。

 ひと口かじりつけば、肉汁が口の中へ溢れ出す。

 牛の肉といえば、固いものと相場が決まっているはずだが、これは噛みごたえを残しつつも、適度な柔らかさが保たれており、あごの疲れを感じない。


 人間とは、様々な食べ物に適応した生物であるが……。

 やはり、本質的に求めるものは――肉。

 原始的な本能に突き動かされ、妹と共に、これを食べ尽くした。


「これは……すごいな」


 プーアー伯爵家は嫌いだが、肉に罪はない。

 食べ物作りへ関わる者の一人として、素直にこの味を称賛する。


「うちのもやし……勝てるかな?」


 妹が、心配そうな顔で舞台の方に目を向けた。

 間もなく開始される品評においては、より選び抜いた肉が出されるに違いないのだ。


「……どうだろう」


 レイバは、珍しく弱気な声を漏らしたのである。



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