オウカ料理
「ちょっと済まぬな。
何しろ、こちらは大人数なのだ。
なるべく詰めて座るゆえ、あまり目くじらを立てないでくれ」
押しが強いというか、単に図々しいというべきか……。
ゲミューセ王子はそう言うと、まだ食事をしている一団の中へと割って入っていく。
「スプラよ。
お前も、こちらへ来るがいい。
リーベンたちは、どこか空いている場所へ適当にばらけろ。
こちらは、後から来た身だからな。あまり迷惑をかけぬよう、気を付けろよ」
そのまま、まだ食事している者がいるテーブル代わりの空き樽に肘を乗せると、そう宣言したのであった。
「えっと……」
「早くしろ。
俺は、どんなものが食べられるのか、楽しみで仕方がないのだ」
そう言われ、オウカ人たちのいぶかしげな視線に晒されながら、ゲミューセ王子の所へと歩む。
護衛と自主的に分断する形となったのが、どうにも不安だったが、リーベン氏が諦めた様子でいるのを見て腹を決める。
もし、本当に危険な状況であると判断したら、王子がなんと言おうとも彼が止めるに違いない。
「さて……。
ここでは、どのように料理を注文すればいいのだ?
品書きなどはあるか?」
「ないよ! そんなもん!
どんな料理を出すかは、あたしがその日の仕入れで決めている!
客は、来た順番に料理を取りに来て、500ルードと引き換えに受け取っていくのさ!
ビールが欲しかったら、500ルード追加ね!」
店主の女が威勢よく答えながら、声音以上の激しさで鍋を振るう。
それにしても、オウカ人が行う調理のなんと激しいことであろうか……。
調理用としては、過剰と思える火力の焚き火で、豪快に鍋の中身を炒めているのだ。
見た目はほっそりとしているが、その実、スプラなどでは及びもつかない腕力があるのだろう。
女が軽々と鍋を振るうと、その中身が宙を舞い、焚き火の中を潜る。
そして、そうして料理される食材は、スプラにとってあまりにも見慣れた代物であったのだ。
「……もやし。
もやしを、調理しているんですか!?」
思わず、大声を出してしまった。
「ああ!?
そりゃ、もやしを使うさ。
今、市場はもやし祭りな状況だからね!
一体、どこの誰がこの国で栽培するようになったんだか知らないけど、ありがたいことだよ。
おかげで、この値段でたっぷりと料理を出してやることができる」
女が、粗野ながらも上機嫌な声で答える。
その、どこの誰かというのは、まぎれもなく自分たちであり、新聞の写真によって顔を広く知られているわけであるが……。
どうやら、広く知られた中に、この女性は含まれていないらしい。
「ほら、チャン!
あんたたちの分だよ!
次はイェンたちの分で、それが終わったら、おかしな勇国人たちの分だ!」
そう言いながらもやし料理を木皿に盛った女が、威勢よく言い放つ。
それにしても、見事な手際だ。
時間にしてみれば、ほんの三分くらいではないだろうか。
油をひいた鍋に、何かの肉やもやしを入れて、おたまでかき炒める。
激しく火をくぐらせたりしながら、最後にタレを加え――完成。
言葉にすれば、それだけの行為に過ぎないが、動作のひとつひとつから、熟練の手際というものが感じられた。
「ほら! 勇国人の旦那たち!
あんたらの分だよ!」
あっという間に、スプラたちの分まで完成。
しかも、どのような形で分断しているかも、しっかりと把握しているらしく、護衛も含めて全員が食べられるよう分ける形で盛り付けてくれている。
「八人分だから、4000ルードか。
俺はビールも頂くが、お前たちはどうする?」
王子の言葉に、スプラやリーベン氏たちは首を横に振った。
それぞれ、木皿とチョップスティックを手に取り……。
王子だけは、追加で貨幣を置いて、女の足元にある酒の箱から瓶ビールを取り出す。
「皿と箸は、近くの井戸で洗ってから返してくんな!」
女の声を背に受けながら、テーブル代わりの樽に戻る。
そうして、王子と共にあらためて見た料理の正体は……。
「レバーともやしの料理か。
タレがいいな。ひどくかぐわしい」
そう……豚のものだろう肝臓と、もやしを炒め合わせた料理であったのだ。
「本当に……すごくいい香り。
内蔵を使ったとは、思えないくらいです」
出来立ての料理というものは、まず匂いを食べさせるものであるが……。
その点において、このひと皿は完璧であるというべきだろう。
料理から立ち昇る、甘辛い香り……。
タレに由来するのだろうそれが、鼻腔から口腔を通り抜け、空の胃へ直接に殴りつけてくるのだ。
こうなってしまうと、たまらない。
「ますます、腹が減ってしまったな。
早速、頂くとしよう」
ゲミューセ王子がそう言って、チョップスティックを操る。
東方において、ナイフやフォークの役割を果たすこの食器は、勇国人にはなかなか扱いづらい。
スプラも王子も、はさみで挟み込むような使い方となってしまったが、ともかくも、もやしごとレバーを掴むことには成功した。
と、そこでふと気づく。
――わたし、今、王子と同じお皿から料理を摘んでいる。
冷静に考えれば、無作法というどころの騒ぎではない。
少なくとも、貴族家令嬢のすることではないだろう。
だが、当の王子はまったく気にしていないようであり……。
「うむ……美味い!
他国の料理だというのに、驚くほど舌に合うな!」
早速にもひと口食すと、大声でそう言ったのである。
だが、その感想は、スプラにとっても同じものだ。
「本当に、美味しい……!
わたし、レバーがこんなにも美味しく食べられるものだって、初めて知りました!」
美味なる料理とは、心を開くもの……。
普段なら出さないような大きな声で、王子に追従した。
「そりゃあ、そうさ!
食の神髄は、オウカにあり!
長い歴史の中で、美食というもんを追求してきたのが、うちの国だ。
どこの国で生まれた人間が食べたって、美味いというに決まっているよ!」
しっかり聞き耳を立てていたのだろう。
ひとしきり調理を終え、鍋の手入れをしていた女料理人が、さわやかな笑みを浮かべながらそう言う。
受け取り用にとっては、大言壮語とも取れるその言葉……。
それが、虚勢として感じられない。
彼女は、心底からそう信じているし、先人たちが磨き上げ、自分が継承した調理技術を誇りに思っているのだ。
そう直感したスプラの行動は――早い。
「ふむ……。
なあ、スプラよ。
料理人の問題だが――」
ゲミューセ王子が、それを言い切るよりも前に、女料理人の前へと進み出たのである。
そして、自分でも驚くほどはっきりとした声で、こう言ったのだ。
「あなたに、お願いしたいことがあります。 聖供祭で、もやしの料理を作って下さいませんか?
わたしたちが作った、もやしで」
「もやし……?
あんたたちが作った……?」
手入れの手を止めた女料理人は、いぶかしげに眉根を寄せた。
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