聖供祭

 ――聖供祭。


 そもそもは、秋を終え、主の恵みに感謝するため催される収穫祭である。

 しかし、今は産業革命を迎え、食糧事情においても、大いに改善された時代……。

 次第と祭事は形を変え、現在では、各地からもたらされた食材による美食を発表したり、品評したりする場となっていた。


 その影響は――大きい。

 何しろ、この祭りは、国を統べる女王陛下が名の下に行われるのであり……。

 品評においては、ありがたくも女王陛下自らも、試食へ加わってくれるのだ。


 女王陛下の判断とは、恐れ多くも例えるならば、主の採決に等しい。

 大勇帝国においては、司法も議会も女王陛下の名において開かれるものであり、女王とは国の象徴であると同時に、絶対的な権力者だからである。


 例えば、女王陛下が、ある種のドレスを着てパーティーへ出席したとしよう。

 翌日には、その仕立てが新たな流行となって、貴婦人たちの間を席巻するはずだ。


 また、女王陛下がある店の焼き菓子を気に入り、これを王室御用達に認定したとする。

 その場合、認定された店がいかに小さかろうと、例え帝都の外れに存在しようとも、翌日には長蛇の列が形成され、店主が忙殺されるはずであった。


 まさに――国の中心。


 女王陛下こそは大勇帝国そのものであり、聖供祭において彼女の感心を得ることは、新たな食品事業へ臨む者にとっては、最大の追い風となるのだ。


 ゲミューセ王子もまた、当然のようにこれを狙っており……。

 結果として、帝都でも高級な店が立ち並ぶ一画へ、スプラを伴い参上していたのである。


「スプラよ……。

 これから行う交渉が、我らの……もやしの未来を決めると知れ」


 馬車を降り、護衛の者たちが自然な形で囲んだ後、王子がそう言い放った。

 そして、こう続けたのである。


「何しろ、我らには料理人の当てがないからな……。

 何としてでも、もやしで美味なる料理を作り出せる料理人が必要だ」


 またしても、人さらいがごとく自分を連れ出した婚約者の顔を見上げて、素朴な質問をぶつけることにした。


「そのことなのですが……。

 わざわざ、体当たりで頼み込みにいかなくても、ゲミューセ様なら伝手などがおありなのでは?

 例えば、王城の料理人ですとか、会食などで利用するホテルのシェフですとか」


「ふ……」


 自分の言葉に、ゲミューセ王子が薄い笑みを浮かべる。

 そして、堂々とこう言ったのだ。


「無論、既に打診した。

 そして、ことごとくを断られた。

 ゆえに、こうして体当たりで依頼をかけに行くのだ」


 ――断られたんだ。


 国の第一王子に向けるべきではない、しらっとした眼差しになってしまう。

 ただ、ひとつ気になるのは、だ。


「ゲミューセ様が直々に依頼したというのに、断ったいうのですか?

 しかも、王城の料理人などは、いわば身内ですよね?」


「まあ、それには理由があるのだ。深い理由がな。

 お前も、俺と共に体当たり依頼を仕掛ければ、おのずとそれを理解できよう」


「そのことなんですけど、まだ質問があります」


「ふむ。

 言ってみろ」


 許可が出たので、さらなる疑念をぶつけてみる。


「わざわざ、体当たりで訪問などせずとも、事前に面会の約束などを取り付ければいいのでは?」


「ふ……知れたことよ」


 またも薄い笑みを浮かべながら、王子がキメ顔となった。

 そして、こう言ったのである。


「そんなことをして、会うことすらできず断られでもしたらどうする?

 ゆえに、約束なしの電撃訪問だ。

 国の第一王子が、突然やって来て、聖供祭で料理を作ってくれと依頼してくる……。

 あまりといえばあまりの事態で生じる思考の空白を突き、考える暇も与えず首を縦に振らせるのだ」


 ――考え方が、悪質な訪問販売のそれだと思いますが?


「考え方が、悪質な訪問販売のそれだと思いますが?」


 つい、思ったことをそのまま口に出してしまった。


「悪質だろうと良質だろうと、関係ない。

 我らがやろうとしていることは、確実に善。

 ならば、それを生み出すための過程など、どうでも良いのだ」


 開き直り方も、明らかに悪党のそれである。


「ともかく、レイバから託された試供品のもやしも、たっぷりと用意した」


 ゲミューセ王子が目を向けると、影のごとく付き従うリーベン氏が、そっと紙袋を掲げてみせた。

 その中には、産地直送採れたてのもやしが入っているのである。


「ここいらには、いくつも名のしれた料理屋が存在する。

 ひとつで駄目なら、ふたつ。ふたつで駄目なら、みっつ。

 数をこなしていけば、腕が立ち、かつ、もやしの料理を作ってくれる料理人もいるに違いあるまい!」


 自信たっぷりに言い放ち、歩き始める王子……。


 ――これ、物語だと、目論見通りにいかない時の流れだ。


 スプラは後に付き従いながら、そんなことを考えたのであった。

 果たして、現実では――。




--




 ――駄目であった。


「恐れ多くも、殿下御自らにご足労頂いて、このような返事となるのは恐縮なのですが……」


「もちろん、もやしのことは存じ上げていますし、殿下の事業は素晴らしいものであると考えております。

 ですが、聖供祭へ、もやしの料理を出品するというのは……」


 決め手となっているのは、ある料理人の言葉だ。


「やはり、女王陛下自らが試食される料理になるわけですから、相応の見目というものが必要になります。

 なるほど、もやしは確かに美味しい。

 脚気の患者を快方に向かわせているわけですから、滋養もありましょう。

 ですが、これを用いた料理となると、どうにも見た目がよくないのです」


 そのようなわけで……。

 恥ずかしさをこらえながら行った電撃訪問の結果は――全滅。

 ただの一軒たりとも、依頼を引き受ける店がなかったのである。


「ふ、ふふふ……。

 ――ファーハッハッハ!」


 夜の街中で、ゲミューセ王子が哄笑を上げた。

 いかにも、自信に満ち溢れたその笑み。

 しかして、実態は……。


「……どうしよう。

 まさか、全部断られるとは、夢にも思わなかった」


 ただやけっぱちとなり、とりあえず笑ってみただけなのである。


「ですが、料理人の方たちが仰ることは分かります。

 女王陛下……ひいては、集まった人々の目に触れる料理なわけですから。

 店と自分の名前を使う以上、滅多なものは出せないのだと思います」


 スプラとしては、納得する他にない。

 確かに、くやしい気持ちはあるが……。

 もやしを使った料理が、華やかさに欠けるのは純然たる事実だ。

 食わず嫌いの類ではなく、冷静に考えてそう判断している以上、曲げろと言うわけにもいかなかった。


「ふうむ……。

 陛下というか、母上はそういうのを気にする性質ではないのだがなあ……」


 あごに手を当てながら、ゲミューセ王子が考え込む。

 実の子からすればそうなのかもしれないが、他の者にとっては、雲上人であることを忘れないでほしい。


「と、こんなことをしている内に、飲み屋街まで来てしまったか」


 ふと、ゲミューセ王子が足を止める。

 気がつけば、行き交う人々の様相が明らかに変わっていた。

 皆が皆、ほろ酔い気分といった体であり、着ている背広の布も、庶民的な値のものとなっているのである。


「ふう……。

 飯屋に入って、食事もせずに出ての繰り返しだったからな。

 俺は、少しばかり腹が減った。

 スプラよ。

 お前は、こういった場所の店に入ったことがあるまい?」


「それはまあ、そうですけど……」


 スプラがうなずくと、彼は薄い笑みを浮かべながらこう言ったのだ。


「ならば、たまには、こういった場所で食事するのもよかろう。

 お前たちにも、今日は俺が奢ってやるぞ」


 そう言いながら、王子がリーベン氏を始めとする護衛たちに目をやる。

 こうなると、否と言える者がいようはずもなく……。


「よし!

 せっかくだ。どこか面白い店がないが探そう」


 さっさと歩き始める彼に、付き従う他なかったのであった。



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