それぞれの思惑

「せっかくにも、機械を作ったが……。

 実際にその味を知った以上、もう根も豆も取る必要はないと思うのだが、どうだろうか?」


 ようやくにも謎の怯えが収まったか、顔だけでなく姿勢も王太子のそれに戻ったゲミューセ王子が、そう問いかけてきた。

 こうなってしまえば、スプラに否と言えるものではない。

 ただ、ひとつ懸念となったのが……。


「作業工程……つまり、仕事を減らすことになるから、どうやってもお婆ちゃんたちへ支払う賃金が減ってしまうのだけど、それは大丈夫?」


 このことである。

 そもそも、根や豆を取る工程には、通常の畑仕事などが困難な老人たちへ、多少なりとも仕事を回す目的があった。

 それを奪ってしまうというのは、言い方は悪いが、目の前にぶら下げていた餌を取り上げるようなものであり……。

 代替案も浮かばないスプラとしては、ただただ、申し訳ないだけなのである。


「ほっほっほ。

 こんなババたちのことを気遣ってくれて、本当にありがたいことです」


 しかし、レイバの祖母は、面白そうに笑うだけであった。


「ですが、心配はご無用です。

 そもそも、食べられるものだというのに、粗末にしちまうことの方が、あたしらには許せないことなんですよ。

 あたしらがお嬢様くらいの年だった頃は、食うにも困るようなことだって何度かあったんですから……」


 言葉にしてしまえば、実にありきたりな老人の昔語り……。

 だが、レイバの祖母が語る言葉には、黄金がごとき真実の重みがある。

 スプラには、とても想像できない貧しき時代の思い出だ。


「それに、もやしの洗浄だってやってもらわなきゃいけないし、この先、ゲミューセ様が言ってるように人が増えたなら、まかないだって作ってもらわなきゃいけない。

 案外、仕事そのものはそこまで目減りしないんじゃないかっていうのが、おれの考えです」


 レイバの言葉に、今度こそ、しっかりとうなずく。


「なら、今後、もやしから豆と根を取ることはやめましょう。

 幸い、まだ広まり始めたばかりの野菜だし、今は話題性と勢いがあるから、これこそが真の姿だと強く訴えれば、消費者も受け入れてくれるんじゃないかと思う。

 もし、根や豆を取った姿が当然の固定概念となってしまっていたら、それも難しかっただろうけど……」


 それは、少しばかり空恐ろしい想像だ。

 十分に食べられる――むしろ、最も味の濃厚な部位が「そういうものだから」と、無駄に捨てられていくのである。

 作物の命を受け取る側として、あまりに下等な生き方であると思えた。

 そして、下等な形へ誘導しつつあった自分は、大いに反省しなければならないのだ。


「それと、レイバ君。お婆ちゃん。

 気づかせてくれて、ありがとう。

 きっと、二人が教えてくれなければ、わたしは生涯この味を知ることなく、素材も無駄にしてしまったと思う」


 レイバの祖母は、穏やかに笑い……。

 レイバは、照れ臭そうに鼻をかく。

 これにて、もやしの根を巡る騒動は一件落着。

 それを待っていたように、ゲミューセ王子が新たな話題を切り出した。


「新たなもやし生産の指針が定まったところで、ひとつ話し合いたいことがある。

 聖供祭への出品について、だ」


 ――聖供祭。


 その名が出てきて、スプラたちは顔を引き締めたのである。




--




「ふん……。

 向こうにあるうちの邸宅を囲んで、一斉に抗議活動か。

 ただちに反乱を企てたりしない辺り、帝国の民も温厚になったものだ」


 プーアー伯爵家の邸宅……。

 相変わらず、当主夫妻が留守となっている自宅の部屋で、ハベストは半ば投げやりとなりながら、報告の紙を机に放り捨てた。


 あれから……。

 給与の不払いを宣言した結果が、今の状況だ。

 こうなると、人間はかえって冷静になるものである。

 むしろ、農具で武装した民衆を、領警察が鎮圧するような事態にならなかったのは、不幸中の幸いであった。


「いかがいたしますか?

 すでに、各新聞社も現地へ赴いているようですが……?」


 そんな自分に、家令が恐る恐るといった様子で尋ねてくる。


「どうもしないさ。

 何しろ、金がない。

 領警察を始めとする公的機関を維持するために、我が家はどんどん蓄えを放出している状態だ。

 それと、あれの維持にね」


「牧場ですか?」


 家令の言葉に、うなずく。

 正直な話として、到着した家畜たちは、さっさと潰して肉にしようかとさえ考えた。

 実際に牧場を訪れ、のん気な顔で餌を食う豚や牛を見た時には、ちょっとした殺意が湧いたものである。

 こやつらを食わせてやるために、今、プーアー伯爵家の家計は、文字通り火の車なのだ。


 だが、それはしない。

 長期間の船舶輸送を経た動物というものは、痩せてしまい、肉からも味気が失せてしまうからであった。

 だから、今は出血しながらも食わせ、肥え太らせる。


「……輸送で痩せた家畜を食わせるために、こっちは必死だ。

 大いに食べさせ、商品価値を取り戻してもらわなければならない」


 皮肉なことだが……。

 この窮状を招く一端となった家畜の購入が、今では、ハベストにとって希望の光となっていた。


「だが、これは投資だ。

 少しでも価値を付与し、高値で家畜を売り払っていくための、な。

 そのために、今は金を惜しむわけにはいかない」


 すでに、伯爵家の自己資金は底を尽きつつあり……。

 銀行からの融資を受けて、各種の運転資金を賄っている状態である。

 さながら、これは――ギャンブル。

 仲間内の小遣いを使ったカードでは得られない、焦燥がハベストの胸を支配していた。


「そのためには、聖供祭へうちの肉で作られた料理を出品し、優勝する必要がある。

 さすれば、肉の価値は否が応でも高まり、高値で売り抜くことができるだろう」


「そうして得られた金を、一連の負債に当てるというわけですか?」


「そうとも」


 家令の言葉にうなずく。


「だから、新聞記者たちが取材に来たりしたら、快く応じてやろうじゃないか。

 今は、投資の期間であると。

 そうだ。抗議活動をしている連中にも、同様の触れを出してやればいい。

 希望があると知れば、少しは大人しくなるだろうさ」


 そうだ。問題はない。

 勝ちさえすれば、何も……。

 実際、プーアー伯爵家は自領の野菜を出品し、過去に何度も優勝した経験があるのである。

 最大の問題は……。


「ですが、勝てるでしょうか……?

 今年は、ゲミューセ王子も出品を表明しています。

 例の、もやしによる料理を出すと」


 家令が、恐る恐るという風に進言した。


「まあ、確かに勝負は水物だ。

 まして、話題をかっさらっている相手となれば、不利は免れないだろう」


 そんな彼の言葉を、ハベストは落ち着いて首肯する。

 そんなことは、百も承知だった。


「だが、同時に勝負とは、相対的なものでもある。

 こちらが不利ならば、向こうに弱まってもらえばいいじゃないか。

 く、くく……」


 ハベストは、笑う。

 かつて、金髪の貴公子と呼ばれた青年の浮かべる笑みは、余人にどう映るだろうか……。


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