実践

 かつて、城内では騎士たちが、剣や槍など、様々な武器の訓練をしていたらしいが……。

 その中には、当然ながらかつての戦場における主力武器――弓やボウガンの訓練も存在した。

 大勇帝国が誇る王城の練兵場に、射撃の訓練場が存在するのは、そういった背景があってのことである。


 最も、マッチロックガンナーが戦場に現れてから一世紀以上も経ち、個人が携行可能な拳銃まで登場している世の中だ。

 自然、弓練場はその姿を変え、現在では、ライフルや拳銃の訓練に活用されていた。

 そんな男たちの聖域へ、なぜか、呼び出されたのがスプラである。


「ん……」


 スプラが見つめる中、ライフルを構えたゲミューセ王子が、短く呼吸を刻む。

 その両目は開いており、しっかりと的を見定めているのが見て取れた。

 人の形をした的までの距離は、およそ――200メートル。


 ――ダーン!


 鋭い銃声が響き、的に穴が開く。

 空いた場所は、正確に胴の中央部である。


「まだだ」


 ――ガシャリ。


 そう言いながらゲミューセ王子がボルトを引き起こすと、弾倉に装填されていた給弾クリップが、銃弾一発分沈み込む。

 連射機構が実現されているのだ。


 ――ダーン!


 ――ダーン!


 ――ダーン!


 ――ダーン!


 初撃と合わせれば、実に五発。

 全弾撃ち終えたゲミューセ王子が、軽く息を吐く。


「次は、そっちだ」


「はい」


 王子に言われ、控えていたリーベン氏が、手にしていたライフルと撃ち終わったライフルを交換した。


「ん……」


 ――ターン!


 今度のそれは、やや間の抜けた発砲音。

 使っている火薬が違うからであると、推察できる。

 そして、射撃したのは一発のみだ。

 スプラの父が私室にも飾っているこのライフルは、単発式であった。


「最初に使ったのが、ヤーハンから仕入れたサンジューと呼ばれる銃。

 そして、次に使ったのが、我が国で広く使われている主力銃――ライフコッドだ」


 あらかじめ用意されていた机の上に、ゲミューセ王子とリーベン氏が、それぞれ手にしたライフルを置く。

 その上で、王子がこう問いかけてきたのである。


「スプラよ。

 実際に、両者を目の前で使ってみたわけだが……どう思う?

 ちなみにだが、有効射程距離は両者共にほぼ同じだ。

 この狭い射撃場では、そこら辺は見せられないがな」


「そう、言われましても……。

 わたしは、銃に関してはまったく詳しくないのですが……」


 おどおどとしながら、そう答えるしかないスプラだ。

 正直な話をすると、発砲音のやかましさに、少しばかり頭痛も覚えていた。

 が、王子の言葉は無情なものである。


「それは、承知の上で聞いている。

 そんなお前の、率直な感想を聞きたいのだ」


「はあ……」


 言われて、ライフルを持とうとし――諦めた。

 いずれの銃も、屈強な男子が使うことを想定した造りなのだ。

 ただでさえ引きこもりがちなスプラが、持てる重量ではない。


 ただ、それでも各部品の具合などを確かめたり、可動部をいじってみたりすることは可能である。

 そういった行為を、両銃に関してひとしきり繰り返し……。

 出した結論は、こうであった。


「もし、こちらの銃……サンジューという名前でしたか?

 これを輸入し、帝国軍の兵に配備しようと検討しているのでしたら、やめた方がよろしいかと」


「ほう、意外だな。

 理由を聞かせてもらおうか?」


 婚約者の言葉に、あごへ手をやる。

 その上で、ひとつひとつ、思い当たった要素を列挙することにした。


「まず、こちらの銃は、戦場で使う武器というよりも芸術品です。

 この工芸力には、驚かされますが……。

 実戦で兵士たちが使用する際は、整備の複雑さが懸念されます」


「だが、たった今見せた通り、こちらの銃は五連射することが可能だ。

 我が国でも、リボルバー拳銃の機構を応用したものは開発していたが、フレーム強度の問題で実用化はできていない。

 それを、実際に実現したところは評価に値するのではないか?

 整備性に関しても、兵の練度を高めることで問題の解決は可能と考えるが?」


 ゲミューセ王子の言葉に、うなずく。


「確かに、連発式を実現したことによる殺傷力の上昇は、目を見張るものがあると思います。

 が、それは撃てればの話です」


「撃てないと?」


「おそらくですが、故障が頻発します」


 半ば断言するような口調で、そう告げた。


「大勇帝国が兵に配備するならば、海を越えた先での劣悪な状況で使用することを配慮せねばなりません。

 例えば、あちこちに密林が存在するマルビを防衛する場合や、砂塵が舞うオウカへ攻め込んでの戦い……。

 そういった環境で使用する場合、ヤーハンが製作したこの銃は、信頼性に欠けるものと考えます」


「ふむ……」


 吐息を漏らしながら、ゲミューセ王子がライフコッド銃を撫でる。

 そして、こう口にした。


「このライフコッド銃は、農民がたやすく使えるようにと想定して設計してある。

 ゆえに、頑丈だ。

 そこが、サンジュー式に勝る利点であると、そう考えるわけだな?」


「仰る通りです。

 命を預ける相棒であるからには、何よりも信頼性が重視されるべきであるかと。

 少なくとも、潜在的な敵対国であるヤーハンに、外貨をもたらしてまで大量購入すべき武器ではないと考えます」


「ふん……」


 銃を撫で終えたゲミューセ王子が、腕を組みながら鼻息を鳴らす。


「そう、はっきり言ってもらえて、せいせいしたぞ。

 実は、ヤーハンが今、この銃を積極的に売り込んできていてな。

 実際、念願だった連発機構が存在するのは、魅力的に映った。

 しかし、その辺りを考慮すれば、輸入は時期尚早であるとミーア将軍たちに進言しておこう」


「いいのですか? わたしなどの言葉で、左右されて……」


「構わん。

 実際に使用しているところを見て、実物も触らせた。

 その上での、合理的な考え方だ。

 それに、俺も同様の懸念は抱えていたしな」


「そうでしたか……」


 要するに、だ。

 この王子は、後押しが欲しくて、わざわざ女子をこんな場所に呼び立てたのである。

 それを、必ず同じ考えに辿り着いてくれるであろうという信頼として捉えるかどうかは、微妙なところであった。


「それと、実際に将軍たちもこの銃に触らせなければな。

 そもそも、導入を急ぐべしという論調になっているのは、連発式が実用化されたという文言へ踊らされているところが大だ。

 どんなものにも言えることだが、まずは、実践して確かめてみなければな」


 己への戒めともしているのだろう、その言葉……。

 王子への伝令がやって来たのは、それを言い終わった時のことであった。


「第一王子殿下に、伝令。

 お手紙が届いております!」


 城に務める兵士が、そう言いながら敬礼してみせる。


「手紙……?

 その程度のことならば、後でまとめてくれればよいのですが」


 眉をひそめたのが、リーベン氏だ。

 今日のような行動が多いため、あまりそういった印象は受けないが、ゲミューセ王子は多忙な身の上であった。

 それを思えば、たかが手紙の一通や二通、後でまとめて提出せよと思うのも当然であろう。


「はっ!

 ですが、もやし工場のレイバ殿から出された手紙でありますので、これは急ぎの方がよかろうと王室事務官が判断いたしました!」


「レイバ君が……?」


「ふむ……手紙は、持ってきているか?」


 王子がそう命じると、兵士がうやうやしく手紙を差し出す。

 安物の便せんに、お世辞にも達筆とは言えない文字は、紛れもなくレイバ本人の直筆であると思えた。


「うむ……」


 ゲミューセ王子は、しばしこれを読み込み……。


「リーベン。今日の予定は、全てキャンセルとする。

 スプラよ。今すぐ、もやし工場へ向かうぞ」


 スプラの都合を聞くこともなく、そう宣言したのである。


「またですか……」


 リーベン氏の嘆く声が、銃声のように耳へ響いた。



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