もやし工場建築計画

「すでに、工場を造る敷地の確保は父様の方で進めてくれています」


 昔ながらの農家といった趣があるレイバの家で、スプラは教鞭を執る教師のように、立ち上がりながらそう言った。


「条件としては、どのようなものを考えているのだ?」


「まずは、相応の面積です。

 最初期は全てを稼働させることもないでしょうが、いずれ……」


 ゲミューセの言葉へ、淀みなく答えられると思ったが……。

 そこで、一瞬、言葉を止める。

 これは、願望めいた将来の展望であった。

 そして、自分たちはこれから、それを実現するために、まい進しなければならないのである。

 その覚悟を秘めて、続く言葉を口に出す。


「……いずれは、少しずつ生産量を上げることになると思います。

 それを踏まえると、相応の拡張性が必要になるかと」


「まあ、最初からある程度の規模を用意しておくのは、有効だな。幸い、原資は十分にあるのだ。

 ここで、最初だからとこぢんまりしたものにしようとしなかったのは、よいと思うぞ」


 腕を組み、膝も組み合わせた状態でゲミューセ王子が言い放つ。

 もし、自分が変に臆する形であったならば……。

 その時は、遠慮なく指摘するつもりであったに違いない。

 この王子が伴侶に求めているのは、自分への献身性などではなく、並んで新しい時代を歩む先見性と積極性なのだ。


「まあ、後から増改築とかしようとすると、どうしたって歪な形になっちゃいますしね。

 おれも、賛成です。

 それと、どうせ大規模な工場にするなら、工場内に井戸を作って欲しいですね。

 今の実験設備は、いちいち外へ水槽を運んで水やりしてますから。

 それと、豆を漬け込む仕込みの部屋に、ボイラーが必要です。

 それで湯を沸かしてやって、ホースから直接……。

 そうですね。栓の付いた樽とかに豆を入れて、注げるようにしてやりたい」


「もちろん、そのつもり」


 実際に、もやし作りを行っているレイバだからこその言葉へ、寸分の間も置かず答える。


「それだけでなく、今は普通の水槽を流用しているけど、もやしを育てるための専用コンテナも特注するつもりだよ。

 蓋付きの鉄製で、キャスターが付いてて……。

 それで、コンテナの一面は、スライドして取り外せるようにしておくの。

 もやしを洗浄するための部屋には、大きな水槽を用意しておいて、一面を取り外した状態から、フォークで放り込めるようにしたいわけだね」


「スライド式となると、密封性が問題となるが……。

 まあ、やってやれないことはあるまい。

 リーベンに頼んで、腕のいい職人を探しておこう」


 本人の知らぬ間に、面倒事を押し付けられることが確定したリーベン氏であるが、おそらく、それが彼の宿命であるのだろう。

 スプラは、構想について語り続けた。


「他の絶対条件に関しては、ただ内部に井戸を設けるだけでなく、そこから潤沢に地下水が汲み出せることです。

 これに関しても、土地と合わせて父様と兄様が選定を進めています。

 製紙工場を造る際に、そのあたりは一度調査していますから、それが活かせる形になるでしょう」


「うむ。

 過去の調査資料が活かせるというのも、話が早くて良い。

 お前の父や兄……いずれは、俺にとっても義父と義兄になるわけか。

 快く引き受けてくれて、ありがたいことだ」


「はは……」


 ゲミューセ王子の言葉には、苦笑いするしかない。

 昨日の夕方……。

 約束もなく押しかけてきた彼は、こう言ったのだ。


 ――王室予算で、もやし工場を造ることにした。


 ――お前たちの領地に建設するゆえ、最大限の協力をせよ。


 ……と。

 それは、世間では命令という。

 しかも、絶対に拒否が許されない類の命令である。

 議会という場で、政治を執り行うようになった大勇帝国であるが、いまだ封建主義的な気風は根強いのだ。


 とはいえ、これでビーンズ伯爵家が全面的に協力してくれるようになったのは、大きな収穫であった。

 今まで、実験農場などは用意してくれたが、それは、どこまでいっても、愛娘が研究するための範囲……。

 いわば、遊びとして許してくれていたに過ぎない。

 やり方がどれだけ強引であろうと、昨日の段階から、もやし生産……ひいては、そのための工場建設が、ビーンズ伯爵家にとって、絶対に遂行しなければならない至上命題へと変じたのである。


 言ってしまえば、王子を通じた自分のわがままで家族を振り回している形であるが、それを悪いとは思わない。

 国にとって必要なことであり、必ずや、家にも利益がある事業であると確信していた。

 そもそも、そうでなければ、あの日にハベストの助力を得ようと行動していなかったのである。


 ゲミューセ王子ほど、強烈にそういう気風を持っているわけではないが……。

 スプラもまた、誰か頼れる者によりかかるだけの人生というものを、良しとしていなかった。

 少なくとも、援助を引き出す際には、それ相応の見返りを用意すべきと心得ているのだ。


「敷地の確保は順調に進む見通し……。

 工場そのものの設計や、必要となる専用器具などについても、既存のそれから流用する形でどうにかなるだろう。

 幸いにも、俺の婚約者殿は、自分で図面を引けるほどの才女であるしな」


「そんな、大したことではないです」


 ゲミューセ王子が言っているのは、もやしの根取りを自動化するために、自分が設計した機械のことだろう。

 スプラとしては、それこそ、既存の工作機械を参考にしただけなため、まったく誇れることではない。

 そのような称賛は、最初に同種の機械を考案した者こそ、受けるべきなのだ。


「と、内側で解決できる問題は、そんなところか」


 出された茶をすすりながら、ゲミューセ王子が結論付ける。


「ならば、残る問題は外に依存する物事……。

 すなわち、もやしの種となる豆をどこから調達するか、になる。

 スプラよ。

 これに関して、考えはあるか?」


「黒豆――ブラックマッペが、よろしいかと思います」


「ええ、緑豆じゃないんですか!?」


 間髪を入れない自分の言葉に、レイバがうろたえた。

 彼としては、自分を通じて緑豆の実験栽培を行っているのだから、当然、それを使うと考えていたに違いない。


「あのね、レイバ君。

 そもそも、緑豆の実験栽培をしてもらったのは、輸入時に品質を保つことが難しいからなの。

 ブラックマッペは、緑豆に比べて温度とかの変化に強いから、より安定して良質な品を大量に輸入できると思う」


「そんなあ……」


 がくりとうなだれるレイバ。

 そんな彼を尻目に、ゲミューセ王子が続く質問を放ってくる。


「なるほど、あの小さな黒い豆か……。

 輸入先は、どこを想定している?」


「はい。

 我が国の植民地――マルビ。

 かの国は、元々大規模に生産してますし、力関係で見ても妥当かと。

 先日、ゲミューセ様に見ていただいたブラックマッペの実物も、あちらから仕入れたものです」


「マルビ、か……」


 その名前に……。

 一瞬、ゲミューセ王子が暗い顔をした。

 だが、それも当然のことだろう。


 ――マルビ共和国。


 この国を支配下へ収めるための戦争で、大勇帝国が出した戦死者は一万人にも上るという。

 その犠牲者には、救護院へ保護された子供の父親も含まれているのだ。

 しかも、かの地を安定統治するため、帝国は、いまだかなりの兵力を割いているのである。


「いや……。

 数多くの犠牲を出して、せっかくにも植民地としたのだ。

 で、あるからには、宗主国のために利用せねばならん。

 それが、世の理だ」


 強者の理論を口にするゲミューセ王子であったが、それが、頭でしか納得していない言葉なのは明らかだった。


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