根取り
根を取り除く工程というものは、レイバの実家へ、収穫可能なもやしを運び込んでの作業となった。
まずは、水槽の中へみしりと詰まっているもやしを、桶や鍋などに入れ、水を張ってやる。
そうすると、豆の皮などごみが浮かび上がってくるので、これは丁寧に取り除いてやる必要があった。
そして、ここからが単純にして面倒な作業……。
もやしに備わったひょろりと長い根……。
これを、茎の最下部に存在する種豆と共に取り除いてやるのである。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
レイバの祖母や、学び舎から帰ってきた妹も加わって、全員が横座りとなり、作業を行う。
ざるからもやしを取り出し、一本、一本、ぶちりと豆を引き抜いてやるのだ。
それを、別のざるに開けてやって、ようやく食べられるもやしが完成するのであった。
それにしても、だ。
このような作業をしていると、時間が無限に引き伸ばされるような、そのような錯覚に陥ってくる。
果たして、五分というのはこんなにも長く、退屈な時間であったか……。
ふと、腕時計を見た時、まだそれほどしか時間が経っていない事実へ、がく然としたものであった。
もし……。
もしも、だ。
これが雇用契約を結んだ労働で、給料が時間当たりで支払われる仕組みだった場合、自分は絶望してしまうかもしれない。
少しずつの進行とはいえ、はっきりと終わりの見えている作業だからこそ、なんとかがんばれているのである。
「これは、こう……。
精神的にくるな。
ひどく疲れる」
黙ったまま作業をすることに疲れ、口を動かす。
「ふっへへ……」
笑って応えたのは、レイバの祖母だ。
「農作業ってのは、こういう地味な仕事の積み重ねです。
ありがてえのは、スプラお嬢様のお慈悲で、こんな仕事でも褒美が貰えているということですよ。
この婆じゃ、もう野良仕事はできねえですから……」
「あたしも、家へお金が入れられるので……。
スプラお姉ちゃんには、本当に感謝しています」
祖母に続いて、レイバの妹がそう答える。
兄の方も礼儀正しい少年であるが、こちらもまた、なかなか立派な言葉遣いだ。
おそらく、そういった気風の家族なのだろう。
「そんなの、当然のことだもの……。
お婆ちゃんたちが協力してくれなければ、研究も進められなかったし……」
答えながら、スプラがもやしの根を取り除く。
「今は、うちの領土も、農家の数がすっかり減ってしまったから。
働き手のレイバ君を出してくれてるだけでもありがたいのに、こうしてお婆ちゃんたちにも手伝ってもらえて、本当に嬉しいの」
「今は、親父やお袋だけでなく、大半の人間が、伯爵様の製紙工場で働いてますからね。
婆ちゃんが若い頃に比べたら、随分と暮らしが楽になったんだっけ?」
「んだ」
レイバの言葉に、彼の祖母がうなずく。
「最初は、働き手である息子たちを学校なんてとこに入れて、こりゃ今の王様はとんでもねえ暗愚だと思ったもんだけど……。
学を与えて、工場なんかもできて、今じゃ、孫たちが着替えの服も持てるようになってる。
あたしが若い頃には、考えられなかった暮らしでよ」
「そういうものか……」
普段の交友関係では得られない、貴重な生の意見……。
それに、暗愚の孫であるところのゲミューセは、関心を示した。
「この辺りは、まだ土が強い方だけんども……。
それでも、山の斜面が邪魔をして、そこまででかい畑が作れるもんでもねえ。
そんなところで細々と農家をやってたんですから、そりゃもう食うや食わずやですわ。
今は、工場でものを作って、それで外国から麦を仕入れているんでしょう?
あなたのお爺ちゃんは、こりゃもう、大した仕組みを作ったもんですわ」
当然ながら、身分やスプラとの関係は明かしているゲミューセであり、そんな自分に、老婆が感謝の意を示してくる。
何かと強引なところがあった祖父の政策であり、話を聞くに、やはり当時は反発も強かったようだが……。
それを、今では受け入れてくれているというのは、孫としてほっとするところだ。
「そう言ってもらえると、俺も嬉しい。
ただ、麦などは輸入で賄えるようになったが……。
野菜は、そういうわけにもいかぬ。
是が非でも、このもやし作りは成功させなくてはな。
と、いうところで、だ」
ぶちりともやしの根を抜きながら、スプラに視線を向けた。
「この根取り作業だが、こう……どうにかならないものか?
せっかく、栽培などがたやすくても、ここに人手を取られてしまうようでは、あまり意味がない」
「婆としては、仕事があって嬉しいんだけどね……」
自分と老婆の視線を受けて、スプラがうんとうなずいてみせる。
「すでに、簡単に根を切れる機械の図面は引いてあります。
コンベアにもやしを並べてやって、回転のこぎりで切断してやる方式ですね。
これなら、一度に大量の根を切ることができますし、もやしを並べる作業なんていうのは、お婆ちゃんみたいな体力の衰えた人にも可能です」
「作業の効率化を図れると共に、働きたくてもその場がない人間を受け入れるわけか。よいではないか」
「そうですね。
動力に関しては、ひとまず構造の単純な足踏み式で設計しています」
自分の言葉に、すらすらと述べるスプラだ。
彼女は、大したことをしていないと思っているようだが……。
参考になる何がしかの資料なりがあったにせよ、一から図面を引いたというのは、驚愕すべきことであった。
少なくとも、ゲミューセにできる芸当ではない。
その機械を使った作業に関しても、女性で可能な軽作業だというのは、ゲミューセにとって無視できぬ要素である。
現在、この大勇帝国においては、いくつもの紡績工場が稼働しており、そこでは、女工たちが大いに活躍していた。
そういった女性の活躍できる職場が増えるというのは、国力を増大させることにも直結するのである。
「はれはれ。
お喋りをしている内に、終わってしまったねえ。
やっぱり、大勢でやると早い早い」
老婆の言葉に、いつの間にか、根を取るべきもやしがなくなっていることへ気づいた。
この作業にのみ頭をやっていると、いかにも時間の流れを遅く感じられたが……。
何か、他のことに頭を使いながらやる分には、丁度よい仕事なのかもしれない。
「結構な量になったな。
キロ数でいくと、果たしていくらくらいか……」
ざるの上へ山積みとなったもやしを見て、苦笑しながらつぶやく。
「40リットルの水槽にぎっしりと詰まっていたので、そのままほぼ40キロと考えてよろしいかと」
「本当に、少ない期間で沢山収穫できるお野菜だねえ。
いつもみたいに、ご近所へお裾分けしようかい?」
メガネをいじりながら答えたスプラに、レイバの祖母がそう提案する。
「なるほど。
これまでは、そのようにして実験栽培したもやしを消費してきたわけか」
「そうなんです。
最初は皆も気味悪がってたけど、尊敬する伯爵家のお嬢様が作ったもんだと知って、食べるようになりましてね。
今では、すっかり受け入れてますよ。
それに、なんだか前よりも元気になったみたいだ」
――前より元気に。
その言葉へ、どこか引っかかりを覚えつつも思案した。
そして、すぐさま結論を下す。
「せっかく、これだけの量があるのだ。
身内だけで消費しては、もったいない。
早速にも帝都へ持ち帰り、辻売りを行うぞ。
現状、我が民がどの程度これを受け入れてくれるか、実際に確かめるのだ」
「辻売り、ですか?」
目を丸くしたスプラに、力強くうなずく。
「辻売りだ。
今から、俺たちはにわかな商人となるぞ」
さて、必要なものは何か……。
いち早く電報で王城に伝えるべき内容を、ゲミューセはひとつひとつ、思い浮かべたのである。
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