かぐや姫を愛した、おじいさんの話です。

こわき すすむ

「かぐや」

 その赤ん坊は竹から生まれてきた。

女の子だった。

自然から生まれたものだから、美人だった。

もっとも少しつんとしていたが、それがまた美人だった。


 子供は作ろうなんて思っていなかった。

村の女と同じように生きる子をもうけるのは、嫌だった。

そんな子を作るぐらいなら、もっと良く働く馬を飼ったり、他人の子供を世話するぐらいの方が良いのだから。


 この子は竹の中で育ったようだった。

この子を育てたのはきっと土地神様だろう。

 

 土地神様というのは、村人から大切にされている。

みつぎ物など取る気はないのだ。

神様にとってみつぎ物は交渉の取引で自分が取るものとは思っていない。

金は祭りの時におさい銭として差し出されるし、この村を守って下さる。

そしたらこの子は神様から生まれた子に違いない。

まったく初めての事だった。

神様が育ててくれ 願われてさずかった。

 

 赤ん坊は竹の中から生まれたとは思えないほど、つややかな肌で、

村の赤ん坊とは違っていた。

見たところでは、村の子ではなく、宮中のお姫様のようだった。

その子をかぐやと名付けて育てる事にした。


 しかし、かぐやが大きくなって大人になると、黙っている日が多かった。

この子は言葉を無くしてしまったのだろうか。

こちらが何か言っても小さくうなずくだけだったし、

いつも夜遅くまで起きていては、月をながめているだけだった。


 月は天高くまで上がると、かぐやを呼んでいるようだった。


 家には小さな穴の空いた障子戸がいくつもあった。

それを開けてかぐやは月をながめていた。正直な心を持った純心な子だった。


 村人は、このかぐやを知って、声をかけた。

小さくうなずくだけで、黙っているだけだった。

それでも村人は不審に思わなかった。

いつも黙って月をながめている美しい女性。

その姿を見るだけで、誰もこれ以上はしなかった。


「かぐや、きれいな着物だね」

「月が好きなのかい」

「お酒を飲むかい」


みんな、かぐやに親切にして大切にしていた。


 かぐやは酒はいくらでも飲んだ。そのうえ、酔わなかった。

美人で若くてつんとしていて、おしとやか。

村から村へ聞き伝えで、集まってくる客人も出てきた。


 その中には貴族の青年もいた。


「客人の中で誰が好きですか」

「私の事を好きですか」

「こんど宮中のうたげに参りましょう」

「いつにしますか」


 答えないかぐやを制すように言った事があった。

「お客様、ごかんべんをお願い申します」

かぐやは黙っていたし、こう言えばたいてい客人はあきらめてくれる。


 かぐやは時々、こっそり涙を流していた。

ほほを流れるしずくが、客人をもてなすお酒に入る事もあった。

客人も気にしなかった。


 美麗で男もまだいない、よけいなおせじも言わないし、飲んでも乱れない。そんなわけで、ますます世の評判は広まり、立ち寄る者が増えていった。


 その中にひとりの青年貴族がいた。

かぐやに熱をあげ、通いつめていたが、もう少しだという思いが強く、恋心高まっていた。

いつもみつぎ物をさし出していたため、お金に困りだし、とうとう家の金を持ち出そうとして、父親にこっぴどく怒られてしまった。


「もう二度と行くでない、これであきらめるのだぞ」


 彼は最後のみつぎものをしにかぐやに会いに来た。

今晩で終わりと思って、自分でも飲んだし、お別れのしるしといって、かぐやにもたくさん飲ませた。


「もう来られないのです」

「悲しいですか」

「そうは思っていないでしょうね」

「あなたぐらい冷たい女性はいない」

「いっそ殺してあげましょうか」


 かぐやは小さくうなずいた。

彼は、そでの中から薬の包みを出して、器に注いだ。

かぐやの前に押しやって。


「飲みますか」


かぐやは小さくうなずいた。

彼のみつめる前で、かぐやは飲んだ。

彼は「勝手に死んだら良い」と言い、かぐやを背に帰っていった。


 夜はふけていた。

月は天高く上っていた。


 そこへ月の光がかぐやを包みだした。

光のさす方から何人かの使者が車を引き連れて降りて来た。


 使者はかぐやを連れ出そうとしている。

あっけにとられたが、車に乗ろうとするかぐやを止めようと侍たちに弓をひかせた。

しかし、使者はそれをはねのけた。


 みながあきらめた頃かぐやは黙って、車に乗ろうとした。

後ろへ振り返り、微笑んで頭を下げた。

そして使者と共に月へといってしまった。

光は消えた。


 それから何年も経った。

月の光は、いつもと同じだった。

山の方から聴こえてくる鳥の鳴き声もあった。


 昔は客人がおしよせていたこの館も、今は誰もいない。

そのうち鳥も鳴くのをやめた。


 月の見える夜空から、かぐやが「おやすみなさい」と声をかけてくれているようだった。

ずっと私はその子がいつの日か現れてくるのではないか、ずっとそばにいてくれるのではないかと、待ち続けている。




【作成日】[2020.5.7(木)]

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かぐや姫を愛した、おじいさんの話です。 こわき すすむ @kowaki

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