第10話

 ◇◆


 5階建てビルのエレベータで4階まで上がって受付を済ませ、5階に上がっていく。


「ここって……」


 そこに広がる景色を前に、春科玲は小さく呟いた。

 全体的に薄暗い印象だが、通常の照明に加えて紫や緑の電飾で照らされたフロアは非日常感が演出されており、その中にゲーミングPCとゲーミングチェアがずらっと並んでいる。どのモニターもこの施設を象徴するロゴが映し出されていて、別で壁や天井に吊るされている大型のディスプレイにはスポンサーのCMがループで流されていた。


「最近できたばかりなんだったね。俺もこういうところは初めて来たけど、知らない世界に迷い込んだみたいだ」


 行先について俺は何も言わず、春科玲も何も聞かずに子犬のようについてきて、行き着いた先は、いわゆるEスポーツカフェという場所だった。近場にこんな場所があるなんて、幸運以外のなにものでもない。


 オープン当初からそれなりに話題になっていたようで、今も結構なにぎわいを見せている。俺たちより先に利用している客で席の半分以上は埋まっている。時折、小規模ながらも大会も開いているらしい。


「SNS映えしそうな場所よりも、春科さんならこういうところのほうがいいかなって思ったんだよね」まるで入念な下調べをしてきたかの如く、俺は流暢に話していく。「デバイス持ち込みOKなところだから本当ならマウスとか持ってきてもらったほうがよかったけど、まあ、こういうところはいいデバイス揃えてるから大丈夫だと思うし、何より春科さんを驚かせたくてね」


 自分でも感心するほど滑らかに嘘が出てくる。慌ててさっき調べただけとは到底思うまい。


「時村さん」

「ん? なに?」

「時村さんは、エスパーか何かですか?」

「……え?」

「わたし、こういう場所に行ってみたいってずっと思ってたんですけど、一人で行く勇気がなくて……。まさか時村さんが連れてってくれるなんて、夢みたいです!」


 春科玲の目の奥から放たれるキラキラが俺に降りかかる。純粋の語源のような真っすぐな瞳に、俺は自然と視線を逸らす。


「それは、何よりだよ」

「あ! あのキーボードって予約半年待ちの最新モデルじゃないですか! マウスも海外の有名選手が使ってるやつですよ! これでわたしたちもプロゲーマーになれますよ!」


 あまりの感激に少女のテンションは振り切れていた。ゲーム中にボルテージが上がりきったときの彼女が、すでに出来上がっていた。

 その騒々しさに先に利用している客が迷惑そうにこちらを見てくるが、可愛い女の子だと分かるとドキリした表情を見せて視線を戻していた。顔がいいってずるい。


「ちゃんとエナドリも置いてありますね。別料金ですけど。ゲーミングって感じで最高ですね」


 ふんすふんすと鼻息を荒くする少女をなだめながら座席に案内する。ちゃんとハイスペック席を頼んでいる。それでも6時間で2000円程度なのだから、安いものなのだが。


「こ、こんな神スペックPCと最強デバイスで〈タクレジェ〉ができるなんて」春科玲は高性能のヘッドセットを取り付けながら感無量といった声を出す。「グラフィック設定最高に設定してやってみます」

「キャラの見え方とか変わるから気をつけないとね。あと定点の目印とかも」


 〈タクレジェ〉を起動して、俺も折角だしと設定を高品質にしてみる。俺もこういう場所は初めてで、何だかんだで楽しいのだ。

 『うきうき』という擬音が肉眼で見えてくるほどに上機嫌な春科玲は気づいていないが、他の客が彼女のことをチラチラと見ている。

 やはりこういう場に整った容姿の異性が放り込まれると、周囲は気が気ではないのだろう。ゲームの中でも現実世界でもそれは変わらない。

 どうか春科玲の気分を損ねるような事が起きませんように。心の中で、俺はそう祈っていた。

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