第7話

◇◆


 もうすぐ日付が変わりそうな土曜の夜。今日も今日とてパソコンを立ち上げ、〈タクレジェ〉にログインする。すると数秒も経たず招待の通知が届いてきた。

 ここ一ヶ月、〈君のおばあちゃん〉こと春科玲と俺は毎日ゲームをしている。彼女は俺より先に始めていて、俺が入るとすぐに誘ってくる。

 最初は飼い主が帰ってくるとゴムボールを咥えて寄ってくる子犬のような可愛らしさを覚えていたが、最近は別の感情が芽生えてきた。心配という感情が。


 この子、他に友達がいないのだろうか。

 あの痴漢から助けた日のコンビニで友達がいないみたいな話をしていた気はするが、まさか本当にちょうどゼロだったとは。雑談でも彼女の学校の話はほぼ無いに等しいし、あったとしても「理科準備室の片づけを一緒にやってた人たちが帰って一人で片付けてました。後でお礼を言われて嬉しかったです」とか「体育のソフトボールで一人二組を作れってなったとき、余ったから先生とキャッチボールしました。先生のボールが毎回胸の前に来るの凄かったです」と、どこか引っかかるエピソードで、そういう話題になると毎回素直に笑っていいのか迷ってしまう。うん、この子、友達がいないのかもしれない。


 まあ、それに、ちょっと言い出しづらいんだけど、この頃、彼女の言葉の節々からウェイトを感じるというか、ヘヴィというか……ごめん、正直に言います。彼女の話が重いです。

『時村さんと話してると、嫌なことが飛んでいっちゃうんです』『時村さんからの報告が一番頭に入ってくるんです』『わたし、時村さんとゲームしてる時が今の生きがいなんです』『時村さんとゲームができて幸せです』

 こんなことを毎回言われたら、避けることなんてできないじゃないか。この子、俺がゲームしてあげないと死ぬぞ。

 別に悪い子じゃないんだ。すごい気を配ってくれたり、持ち上げてくれてんな~、と思うことも多々ある。それが逆に恥ずかしさや申し訳なさを覚えるときもあるほどだ。


 そんな感じで、彼女とのゲームライフを断つに断てず、今日もいつも通り俺は春科玲とディスコードで合流した。


『お仕事お疲れ様です。今日はインするの遅かったですね』


 彼女の声からは感情がわかりやすいほど伝わってくる。顔が見えなくても嬉しそうな顔をしているのだと優に想像できる。


「ああ、今日は仕事以外のことで遅くなっちゃったんだけどね」

『へえ、仕事以外のことってなんです?』

「え? あ、いや、仕事終わりに仲いい同僚に飲みに誘われて、それで遅くまで飲んでて」


 なぜか詰問されているような気分になり、愛想笑い混じりに答えてしまう。年下の女の子に気圧されてしまう情けない社会人である。


『へ~、同僚の方は男の人なんですか?』

「え? 男だけど」

『いいですねえ。男同士の友情って感じで。あれ? でもそれだったら帰ってくるの早かったですね。社会人の飲み会って朝まで飲んでいるってイメージでした』

「そういう人もいるかもしれないけど、俺は終電前には解散するようにしてるよ。今日は終電ギリギリだったけど」

『じゃあそんな遅くまで飲んでたんですね~。もうお風呂とか入りました? 寝る準備しないで寝落ちしちゃったら健康によくないですからね』

「うん、寝る準備とか済ましてからインしてるよ。歯も磨いてるよ」

『なるほど、帰ってもうその辺のことは済ました後なんですね。時村さん、偉いです』

「めっちゃ褒めてくれるじゃん」


 さすがに一ヶ月も一緒にゲームしてると会話も流暢なものになっている。彼女の口調も砕けた感じになっていて、謎に成長を感じてしまう。


『じゃあ、今日はそんなにやれないですね~』

「うん、ちょっとお酒がまだ残ってるし、今日は少しやったら落ちようかな」

『了解です!』


 そうだ。もう一つ、彼女の成長が見れる点がある。

 彼女が俺の体調面を気にして遅くまでやらなくなったのだ。

 さすがに早朝までゲームしていた時の俺の死にそうな声に気づいたのか、1時過ぎには切り上げてくれるようになったのだ。これはありがたい。


『じゃあランク始めますね。今日も頑張りましょう!』


 張り切った声が聞こえてくる。「あいよ」と返し、今日も俺たちは戦場へ降り立った。今日は3戦くらいで終わろう。もうすでに若干の眠気もあるし、明日は昼過ぎまで寝てたい。

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