第4話

◇◆


『今日はありがとうございました! すっごく楽しかったです』

「う、うん……俺も楽しかったよ」


 ヘッドセットの向こうから聞こえる少女の爛漫らんまんとした声とは対照的に、俺の声は老い先短い老人のようにげっそりとしていた。もはや気力や集中力は一滴も残ってなかった。


 嘘だろ。「じゃあそろそろ遅いし、負けラスで」と言ってから何時間経った? あの時は確か深夜2時過ぎくらいだったはずだ。それがどうして、窓から爽やかな小鳥のさえずりが聞こえてきて、柔らかい日曜日の朝日が差し込んでくる時間になってしまったのか。

 負けラス――一回試合に負けたら即解散のときは、初回か2回目くらいのマッチで負けるのが常じゃないのか。少なくとも俺の経験則ではここまで連勝した記憶はない。ちょっとした記録じゃないか。


『最後惜しかったですね~。時村さんが3人目倒した時はワンチャンあるかなって思ったけど、体力差もあったし、よりによってスキルを残した相手が残ってたから、リテイクがかなりきつかったですね』


 最後そんな感じだったっけ? もう集中力切れて覚えてないよ。

 しかし本当に何連勝した? いつも通りプレイしたはずなのに、不思議でならない。最初は「なんか勝ってるなー」程度だったけど、8連勝辺りで俺から愉悦が消え、9連勝目で笑顔が消え、10連勝目から血色が失せた。鏡を見なくてもわかる。俺の顔色は土色に染まってゾンビのように生気が霧散しているだろう。


『時村さんとのデュオ、めっちゃやりやすかったです! わたしがテンパって何も言えななった時でもちょうどいいタイミングでスキル投げてくれるしオーダーとか敵の位置把握も的確だったからからめちゃくちゃエントリーしやすかったです!』


 そして何より不思議なのは、一緒にやっていた少女がまるで疲労を感じさせてない事だ。


『あとカバーもしっかりしてて人数差作らせないから安定してラウンドとれてましたし、防衛側でも寄りが早くてそれなのに相手の釣り行動には全然引っかからないし、時村さんってエスパーか何かですか!?』


 春科玲はしゃいだ口調で俺をべた褒めしてくれるが、当の俺は一刻も早くベッドで横になりたかった。


『エイムでゴリ押すって感じじゃなくて立ち回りとスキルで敵を殺していくのが最高にクールって感じで、時村さん上手すぎますよ! 同じランク帯とは思えないです!! プロゲーマーみたいでした!!』


 マラソンで疲れきったところに難しいテストをやらされた後のような気だるさが全身にまとわり付いて、軽い吐き気まで込み上げてきた。歳を取ったというのもあるが、28歳と高校生とでは、こんなにも体力に差があるのか。


『あの、時村さん? 大丈夫です?』

「ん? え、いや……まあ、ちょっとだけ疲れたかな」


 心配そうな声で尋ねられ、咄嗟に本音を口にしてしまった。女子高生に気をつかわれているのに、俺は大人っぽい台詞一つ吐けない。なんとも情けないことか。


『ご、ごめんなさい。わたしだけテンション高くなっちゃいました。わたし、興奮する喋りすぎる癖があるんですよね。直さなきゃって思ってるんですけど……』


 春科玲の声色は徐々に沈んでいて、直接見なくても俯いているのがわかってしまう。

 まあ、オタク特有の早口も、可愛らしい女の子がやれば無邪気で微笑ましいと思えてしまう。なんとも悲しき世の中だが、可愛いは正義というやつだ。


「全然いいんじゃない? 個性ってやつでしょ。喋ってくれた方が雰囲気も良くなってやりやすいしね。自分の気持ちを人に伝えるのって、案外難しいから、そういうところを大切はしていいんじゃない?」


 今度はうまくフォローできた。これが大人の気配りだ。参ったか。

 しかし、春科玲からの返答はなかった。あれ? 地雷踏んだ?

 無言が続き、よくわからないけどとりあえず謝ろっかと思いはじめたとき、ヘッドセットからたどたどしい声が聞こえてきた。


『あの、時村さん。また誘ってもいいですか?』

「え? ああ、いいよ。仕事とか終わった後なら別に」

『わ、わたし――』


 彼女の声は徐々に震え、なぜか泣きそうな声色に変わっていった。



『わたし、時村さんとまたゲームがしたいです』

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