第3話

◇◆


『お、お疲れ様です』


 入室音と同時に、ヘッドセット越しに少女の神妙な声が聞こえてきた。ちょうど〈タクレジェ〉を起動したタイミングだ。


『キョ、今日はヨヨよよよよよろしくお願いしみゃしゅ』


 めっちゃ緊張してるじゃん。噛んでるし、声も壊れかけのおもちゃみたいに変に裏返ってるし。

 今通話している少女――春科玲に昨日、「ゲーム友達になってくれ」と言われ、何も考えずにイエスを返し、次の日にはこうして〈タクレジェ〉で落ち合っているというスピーディさに驚いているのと同時に、女子高生とゲームをするという事実に、あまり現実味が湧いてこなかった。実はやっぱりドッキリか何かじゃないのだろうかとさえ思ってしまう。


「調子悪いなら、また今度に」『大丈夫です!!』


 すごく食い気味だ。この必死さはドッキリじゃない気がしてきた。


『で、では招待送りますね……あ、そうだ。アカ名とID教えないと。……これです』


 キーボードのタイピング音が少し聞こえ、ボイスチャットツール――ディスコードを使用している――のチャット欄に春科玲のアカウント名と4桁のIDが貼られた。俺はそれをゲーム内のフレンド検索に打ち込んでヒットしたアカウントに友人申請を送り、すぐに承認が返ってきた。春科玲のアカウント名は〈君のおばあちゃん〉だった。


『と、時村さんのプレイヤーネームの、〈時の築村ちくむらDX〉とは、ど、どうしてそのような名前なんでしょうか』


 少しどもってはいるが、まるで会社の面接官のように質問された。あらかじめ質問することを考えていたのだろうか。


「俺の名前、時村ときむら築人ちくとっていうから、色々組み合わせて、後はその時のノリで」

『な、なんか有名人みたいで面白いですね……ふへへ』

「春科さんのその名前は何か由来とかあるの?」

『わ、わたしは……』


 一瞬、春科玲が言い淀んだのがわかった。後ろめたいとかではなく、羞恥心からくる類の言い淀みだ。


『わたしは、この名前だったら味方の人も優しくしてくれるからと思ったからです。実際は怒られてばっかですけど……』

「そ、そっか……」

『ふ、ふへへ……』


 春科玲の笑い声はわかりやすく乾いていて、彼女のこれまでに味わったネットゲームの苦渋という苦渋がわかりやすく含まれていた。

 まあ確かに、味方にキレられて、勇気を出したら変な野良プレイヤーに粘着された日には、誰だってメンタルがおかしくなるだろう。それに追い打ちかけられて痴漢なんてされた日には、もはやどんな心境だったのか想像すらできない。


『で、ではやりますか。あ、一回エイム合わせにデスマ行きます?』


 だから、こうしてめげないでゲームを続けられるのは、彼女の深いゲーム愛とメンタルの強さあってこそなんだろう。


『ヒ、人と通話しながらやるのなんて初めてなので、き、きき緊張で手が震えて……弾が全然当たらないです……』

「いやそんな緊張しなくても大丈夫だけど……」


 もうすでに悲壮感のある声を漂わせている少女の緊張を和らげながらアップを済ませ、俺たちは戦場という名のランクマッチにおもむいた。


『お、お願いします』

「お願いします」


 5人チームの中で、俺と春科玲はパーティを組んだ状態でスタートしたから、残りの3人の味方はランクが近しい野良のらプレイヤーとなる。もっとも、野良も野良で俺たち同様にパーティを組んでいるかもしれないが、そんなこと俺たちにはわかり得ない。


 キャラを選択し、マップに入ったらボイスチャットで挨拶をし、ゲームはスタート。

 俺が使うキャラは索敵系能力を持つキャラで、敵陣エリアに侵入する時や敵がいるかもしれないエリアに索敵スキルを使い、自分たちのエリアを広げたり敵陣に入る際の手助けをするのが主な役割だ。一方で春科玲の選択したキャラは攻撃性能に特化しており、移動系アビリティで味方の先陣を切って敵陣地に入り、敵の目線を集めたり攪乱かくらんすることができるキャラだ。

 普段は大人しいけど攻撃的なキャラを使うんだな、と少し意外に感じたが、まあ好きなキャラを使えばいいんじゃね? と思ったし、「リアルだと暗い感じなのにゲームだとそういうキャラ使うんだね」と口にするのはなんだかデリカシーが無いような気がして、特に話題には出さなかった。


「できるだけ合わせるけど、スキル欲しい時は遠慮なく言ってくれていいからね」

『ハ、はイ!!』


 完全に裏返った声が聞こえてくる。まあ、やってるうちに打ち解けるでしょ。

 現在土曜の夜の九時。昨日の今日で、痴漢から助けた女子高生とゲームをすることになって、今こうしてボイスチャットを繋いで同じ戦場に立っている。なんだこれは。

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