第8.5話



「これは、リタちゃんの村で起こった争いの原因とも呼べる問題だろう。それだけ今回の争いは、起こるべくして起こったものだともいえる……その原因は貴族だ」


 トムじいさんはそこで一息ついて、ゆっくりと紅茶を飲む。

 まるで、これから話す内容を吟味するかのようだった。



「貴族にとって魔力とは当たり前の資質、つまりステータスだ。権威や権力と言い換えてもいいだろう。しかしその魔力に問題が起こっていてね」


「問題?」


「そう、生まれてくる子供の魔力量や質が低くなる傾向が表れたんだ。魔力の性質は遺伝する。しかし魔力が高い者同士であっても遺伝しない、そんな問題がね」



 貴族は高い魔力を持ちたがるが、それが出来なくなってきているらしい。

 


「……原因はおそらく、貴族同士の血縁が重なりだと言われている。その問題を解決したい一部の貴族が、秘密裏に魔力持ちの平民と集めるようになった。そして平民だからと非人道的に扱われ、裏取引や誘拐が横行した歴史があるんだ」



 ……血縁の重なり。誘拐。


 疑問には思っていた。

 権力者や貴族からしたら魔力持ちは決して珍しい存在ではないはずなのだ。

 この町にだって何人も魔力持ちはいる。それなのになぜ高い金額を払い私を誘拐しようとするのか。


「リタちゃん、続けても大丈夫かい?」


 様子を気にかけるトムじいさんに頷く。

 昨日の私の様子を気にして、配慮してくれたみたいだった。


「貴族同士の内乱騒動まで発展しかけたそれは、国王が命令を出す事により終息した。魔力持ちの平民の子供を、その領地の領主が保護する仕組みを作り、徹底させたからだ。王命はそれだけ重たい意味を持つ。表向きに問題は解決した。しかしそれも表向きだけだ。根底にあった問題は解決していない。裏では今も誘拐などは続いている。……おそらくリタちゃんの村の争いの裏にあったのは、そういう事情だろうね」


 …そんな事情があるなんて今まで知らなかった。

 それに、王命。

 それは国王様の作った強制力の強い決まり、背いたものはとても厳しい罪が下される規律。


「近いうちに騎士団の騎士が迎えにくるだろう。狙われていると知っていたのに、もし誘拐されてしまったら、領主の沽券に関わる問題だ。領主としてリタちゃんを守らないという選択はないだろうからね」


 言葉が重く心に残る。

 トムじいさんやフィル、ミレーヌさん、ダルフさん。

 この町に来てまだ短い間だが、こんなに親切な人が助けてくれた。なるべくなら離れたくない。

 しかし、自分がいることによって、みんなに迷惑や危害が及ぶかもしれない。

 

 それはもっと嫌だった。



 そんな感情が表情に出ていたのだろう。トムじいさんが穏やかな表情で告げる。


「大丈夫だ、ここの領主トゥルダール辺境伯とは知己の仲なんだ。彼は貴族らしい貴族だが、情に厚い面もある。重たい話になってしまったが、もしリタちゃんやカルナさんが望むのならば、落ち着くまでの間この町で生活できるよう手紙を用意しよう。今日出せばまだ間に合うだろうからね」


 そう言うと、今まで書いていた手紙を封筒に入れ蜜蠟で封をして箱に仕舞う。

 私に勉強を続けるように言うと、お母さんに相談するため売り場へ向かい扉を閉めた。



 領主様と知己の仲……。

 トムじいさんはやはり貴族様なのかな。


(あの爺さんを信用するのはオススメしないわ。ああいう人間は、どうにも好きになれそうにないもの)


 イトラ…?


(イトラはトムじいさんの事嫌いなの……?)



 彼女は答えてくれなかったが、いきなり何かが聞こえたように話し出す。


(あぁ、そういうこと、ね。それをあなたに隠そうとしていたの)


(え? どういうこと? イトラには何か聞こえたの?)


(えぇ、とっても面白いことが書いてあるわ。例えば、あの爺さんが調べていたことは、あなたの住んでいたルッカ村についてで、調べてみたら村丸ごと焼き払われていたそうよ)


(…なんで? あの村は移住者達が村を自分達の物にするために占領したんだよね? それなのに焼き払うなんておかしいよ!)


 突然の発言に動揺する。


(焼き払ったのはあの村の住人ではないみたいね、村の中から移住者を含めた大量の死体が見つかった。そして何者かが与えた武器や道具などは、魔法によって徹底的に壊され、証拠になるようなものは何も残っていなかった。またあなたを誘拐しようとする可能性が高いから、領都へ連れて行くよりこの町で囮にした方がいいだろうって書いてあったわ。やっぱりああいうタイプの人間は平気で噓をつくわね。いっそ、清々しい)



 私が……囮? 村を1つ焼き払うような存在を相手に囮?

 だからこの町に残るか聞いてきたの? あんなに優しい笑顔で?


 先ほどまでの優しいやり取りを思い出して、胸が苦しい。

 この感情は、悲しいでも怒っているわけでもなくて恐怖だ。


(……なにもそこまで不安に思う必要はないわ、あの爺さんがあなたを心配してくれているのは本当。それに助けようとしているのも本当。本来ならこの手紙の内容をあなたが知る機会は無く、傷つくことはなかった。知らなければただの優しいおじいさん、そうでしょう?)


 彼女は安心させるような言葉を、どこか嬉しそうに話す。

 自分の予想が的中した事を喜ぶように。


 しかし、声音を変え励ますようにやさしく言う。


(……でも、その笑顔の裏にはどんな思惑があるか考えて過ごした方がいいでしょうね。その手紙を用意し始めたのは、あなたの意思を確認するよりも前で。あなたがこの町に残りたいと、自発的に思うよう誘導されたのだから)



……人が信用できなくなりそうだ。人が怖い。



(イトラは…私を裏切らない? ずっと味方でいてくれる? もし…もしイトラにも……そしたら私は…)


 そんな言葉が自然と漏れ出す。


(大丈夫。私は、あなたを『裏切らないし、見捨てもしない』。けど、他人を信用する方が悪い。そう思って生きなさい。じゃないと、これから先きっと辛いことがあるわよ?)


 またしても急に声音を変え優しく諭すイトラは、魔力で私の頭を撫でてくれた。



 …なんの温かさもない優しい手つきは、どこかイトラに似ていると思った。




===




 お母さんも同じように説明をうけ、この町に残りたいという結論になったそうだった。

 トムじいが笑顔で工房に戻ってきて、私にそう言った。

 その笑顔を見て、少し血の気が引いた。本当にただの好々爺の様な優しい笑顔だったから。


 具合が悪そうに見えたのだろう。トムじいが心配して声をかけてくれる。



「リタちゃん、大丈夫かい? 顔色も悪いし今日は勉強をやめて、宿で早めに休むことにしないかい?」


 とても優しそうな声と笑顔。


「丁度手紙を出しに行こうと思っていたんだ。よかったら一緒に宿まで送ろう」


 トムじいが事情をお母さんに説明し、彼に抱えられ宿屋へ向かった。


 宿に着くと、心配したミレーヌさんが私を抱えて部屋まで運び「きっと疲れが溜まっているのだろう」とベッドに寝かしてくれた。



「今日のお手伝いは大丈夫だから、ゆっくりとお休み? 熱もないし、寝ていればすぐに元気になるさ。後でフィルもそばにいるように言っておくからそのまま夜までじっとしてな」


 確かに疲れていたのかもしれない。まだこの町に来て3日しかたっていない。


「はい…ごめんなさい。ありがとうございます」

「いいよ、ゆっくりお休み」


 ミレーヌさんは静かに部屋を出て行った。








 眠れないまま、しばらく横になっているとフィルがやってきた。


「あー、お姉ちゃんが寝てる~」

「リタちゃんが具合悪そうだから、しっかり見ていてあげるんだよ、わかったかい?」

「わかった~」


 ミレーヌさんが扉を閉めると、裏表のない人懐っこい笑顔でテトテトと近づいてくる。

 そのまま枕元まで来ると、私の髪を撫でて、それから顔を触りだす。


「大丈夫? 元気ないの~?」


 元気はない、それに頭も変に冴えて眠れそうになかった。


「ちょっと疲れが出ちゃったみたい…私が眠るまでお話でもする?」


 少し、誰かと話したい気分だった。


「するー! あ、静かにしないとダメだよね? じゃあお話しよ~」


 フィルが部屋の椅子をベッドの横にもってきて、自然と手が繋がれた。

 ダルフさんと違って白くて可愛らしい手だった。

 手の大きさは私の方が少しだけ大きいけれど、普段から宿屋のお手伝いをしているからだろう。私より少し力がありそうだった。



 そのまま、フィルは自分についていろいろ話し出した。

 この店で普段何を手伝っていたのか、仲良くしてくれる常連さん、失敗した事や成功した事。当たり障りのない内容が流れていく。


 拙い言葉で紡がれる話は内容が浅くて、でも暖かくて……いつの間にか私は眠ってしまっていた。





 目が覚めたのは夕方。扉をノックする音で目が覚めた。


「リタちゃん、入るよ」


 ミレーヌさんだった。

 体を起こそうにも少し体が重く、熱い。本当に熱が出てしまったかのようだった。


「体調はどう? よく休めたかい? 一応粥をつくって来たから、食欲があるなら食べて」


 室内に入って来たミレーヌさんは、私の様子見と食事の用意をしてくれたようだ。


 力を入れて、体を起こそうとすると重たい原因が分かった。

 ベッドの中にフィルが潜り込み、私に覆いかぶさっていたのだ。まだ起きる様子はなく、無防備な寝顔をさらしている。


「休めたみたいだね、顔色も良くなってる。もうすぐ夕方だからフィルを回収しに来たんだけど、一緒に眠っちゃってたか。邪魔だったらこのまま連れていくけど、どうする?」


 この寝顔を壊すのは、気が進まなかった。


「もし宿の手伝いが大丈夫なら、もう少しこのまま一緒にいてもいいですか? 1人だと寂しくて…」


 寂しいのは本当だった。けれど自然と言葉に出たことに驚いた。

 私は、自分で思っている以上に心細かったんだ。


「わかった。そういう事なら、今日はフィルも休んでいいって起きたら伝えておいて」

「はい。ありがとうございます」


 それだけ伝えると、ミレーヌさんは帰っていった。

 フィルを起こさないように横になり、そっと抱き寄せて頭を撫でる。

 この無防備さが私の心の不安を溶かしていく。




 私は、人間関係について少し過敏だったのかもしれない。

 みんながみんな思ったことをそのままに口にしているわけじゃない。

 誤魔化すこともあれば、嘘をつくこともある。きっと大事なのは、そこに悪意があるかどうかで。



 トムじいの事だって、私に対して悪意があったわけじゃないと思う。

 あの判断は別の視点から見れば正解なんだろう、私が知ってしまったのが想定外なだけで。


 ……ただ、私から見ればそれは、裏切りに見えた。それだけの事。

 だから明日からはトムじいの事を許そう。


 ———そう、心を入れ替えようとした。


 でも、一度根差した不安が消えることはない。本で得た情報は知識に変わり、知識が知恵になる。

 同じように、刻まれた記憶は薄れることはなく、一度現れた『魔』が消える事はない。

 それでも。


「イトラは……私を裏切らない、見捨てもしない」


 この言葉を唱えるだけで、私の心は落ち着いていく。今の私に必要なのは、この言葉だった。





 ……ずっと寝たふりをしてたフィルに、私は気づくことはなかった。



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