短編 初めての休日



 3日目の夜、トムじいの手紙の内容を知ってしまい、早めに宿に帰った日の事。


 フィルと2人で眠ってしまった後、お母さんが宿に帰って来た。

 私の体調を心配していたお母さんは、元気にフィルと同じベッドで寝ていた事に安心した様子だった。

 その姿を見ていたミレーヌさんから「3人で夕食を取ったらどうだい?」と提案があり、フィル1人分としては多すぎる量の夕食を用意してくれた。明らかに3人分を想定して作ってくれたのは明白。ミレーヌさんは豪快に笑いながら食事を部屋に置いていった。


 単純に心配してくれるみんなに心が温かくなった。


 3人で夕食を食べ、フィルと沢山話した後フィルをミレーヌさんに届けた。

 本当は3人で寝られたらよかったのだけど、シングルベッドに3人で眠るのは狭くてお母さんも気を遣う。

 またいつか、とフィルと約束をして別れた。



 翌朝

 私がリードルの町に来て4日目の朝。

 ベッドから起き、少しずつ明るくなっていく室内で意識が覚醒するのを待つ。


 今日、初めての休日となった。

 トムじいが体調を崩した私を心配して、今日1日をお休みにしてくれたのだ。

 なので今日は、夕方のお手伝いまでの間、自由に動くことが出来る。

 生活の中で足りなかった雑貨、衣類などを買いに行くちょうどいい機会だ。

 お母さんが起きたのを確認し、着替える。そしてお気に入りのローブを羽織り整える。


「あ、リタおはよう。今日も早いのね」

「お母さん、おはよう。今日はお休みだからいろいろ買い物をしたいと思ってて、一緒に買い物に行ってもいいよね?」

「もちろんいいけれど、体調は大丈夫? 昨日は本当にびっくりしたんだから…」

「うん! しっかり休んだから、今日はもう大丈夫だよ。それより買い物が楽しみ!」


 お母さんの支度も終わるころには、朝食の準備が出来た時間になっていた。そのまま階段を下りて、食堂に移動する。

 既にミレーヌさんが支度を済ませてゆっくりとしていた。


「「おはようございます」」

「あぁ、おはよう。リタちゃん調子はどうだい?」


ミレーヌさんがフランクに返事をする。


「はい、とてもよくなりました。…その昨日はお手伝いできなくて、すみません。それにフィルちゃんも借りてしまって…」


 冷静になって考えると、さすがに申し訳ないと思っていたのだ。素直に謝る。


「気にしなくていいよ、リタちゃん。まだこの町に来たばかりで疲れてて当然なんだ。いつもっていうわけにはいかないが、休みたい日があったら事前に言ってくれれば相談には乗るから」

「ありがとうございます、夕ご飯もおいしかったです」

「それは良かった、今日はいつもより遅い時間に降りてきたけど、仕事は大丈夫なのかい?」

「えぇ、そうなんです。実はご厚意で今日お休み頂いたので、雑貨類や衣類などを買いに行こうと思っていまして、もしよかったらお勧めのお店などありますか?」


 心配してくれたミレーヌさんにお母さんが事情を説明し、今日買い物に行くお店を事前に調べる。少し割高になってしまうが、治安のいい右側の店をいくつか教えてくれた。


「ありがとうございます、今日はそのお店に行ってみたいと思います」

「あぁ、大丈夫だと思うけど、気を付けて行っておいで」


 朝食を食べた後、銀貨5枚分のお金を持って町へ繰り出した。


 宿を出た私たちは、通りに面した露店で保存の利く野菜や根菜、乾燥肉などを仕入れに向かった。

 こういった露店では午後になると質の悪いものが目立ち、なるべくなら午前中に買いに行くべきだと教えてもらったからだった。そして、購入するときには2つ以上のお店を見て値段や質を確認する事が大事と教わった。


 村での生活が長く、そういった知識のない私たちでは、きっと質の悪い商品を高値で売りつけられてしまうだろうと心配してくれたのだ。そして、目当てだった野菜などを無事購入することが出来た。


 初めての露店の買い物では、この町の人柄がよく感じられる事が多くあった。

 お母さんを「美人なお姉さん」と呼び、そのお店に寄ってみると、言ってもいないのに値引きやサービスしてくれた。

 困惑したお母さんが微笑むと他の店からも声がかかり次々と安値で売ってくれた。


 結局、本来買う予定に無かった商品をいろいろ買ってしまい、最終的な出費は増えたが、2人がかりでも持ち切れない程の量を安値で購入することが出来た。そして親切なお店の人が宿まで一緒に運んでくれると言うので、お願することにした。


「あ、ありがとうございます。助かりました…」

「いえいえ! これもこの町の良い所ですから! ぜひ、また買いに来てください!」


 そんな一間もあり、一度宿でゆっくりとして、お昼にまた出かけることにしたのだ。



 お昼。

 昼食時、お腹がすいてきたので、また町に繰り出すことにした。

 丁度、休憩していたフィルにこの町でお勧めの飲食店を聞いてみた。


「おいしいお店~? フィルが今作ってきてあげようか~?」


 …なにそれ、気になる。が、それはまた次の機会にしようと思う。

 今日はこの町の探検も含めているので、なるべくなら外で食べたいと思ったのだ。


「えぇ~、じゃあ、うーーん、町役場の近くにある。大きな樽が目印のお店かな~。ここに食べにくる人も、あのお店によく食べに行くって言ってる人がいるから~、お勧めかも?」

「わかった、ありがとう」

「お姉ちゃん達、2人で行っちゃうの? フィルも行きた~い!」

「フィルは後でお使いだろう? しっかり仕事はしなさい! 全部終わってからにしなさい」


 途中から食堂に入って来たミレーヌさんが突っ込みを入れる。


「は~~い」


 …というわけで、さっそくお目当てもお店へ向かってみた。

 町役場の場所はわかるが、大きな樽のお店なんてあっただろうか? ほんの少しの心配と期待を胸に町を歩いていく。

 少し前は、町でご飯を食べるなんて想像もしていなかった。心配な事もあるが、今は楽しもう。


 町役場に向かうと、向こう側に大きな樽がいくつも飾ってあるお店が目についた。

 飾ってあると言っても馬の繋がれてない荷車に、大きな樽がいくつも乗っていて、空の樽を運び出すために外に置いているというような感じだった。

 店は2階建てで高さはないが平面に広く、中から香ばしい匂いが漂ってくる。入口は両開きの木製扉になっていて、扉全体の下半分くらいまでしか扉になっていない。私の目線だと店内を見ることは出来なかったが、大人の身長があれば店内を見渡せるのだろう。


 とりあえず中に入ってみる。

 店内はお肉を焼いた煙の臭いと木材か何かの独特な香りが充満しており、ここにいるだけで燻製になれそうだった。

 丁度お昼時でお客さんもたくさんいるが、体格の良い若い男性と少数の女性しか居なかった。少なくとも私達親子は、非常に浮いていた。


「…リタ、別のお店にしない?」

「うん…来るお店間違えたかな?」


 店の雰囲気に圧倒され、腰が引けた。

 家族連れというより、傭兵や冒険者の様な人が食事をするお店のようだった。

 そっと入って来た扉に向かい、帰ろうとするが店内から女性が大声で呼びかけてきた。


「こらぁあ!!支払いしてから帰りなさーい!」

「「…え?」」


 ビクッ、としながら振り返ると、成人した位の年齢の女性が怒り心頭といった表情で向かってきていた。

 お母さんが内心焦りながら対応する。気が付けば、店内の客が私たちに注目し始め視線が集まっていた。


「…私達、まだ何も頼んでないんですけど?」

「じゃあ、どうして帰るのよ! 料理食べに来たんじゃないの?」

「そうなんですけど…ちょっと…思っていたお店と違うと言いますか…」

「このお店の何が問題だっていうのよ! おいしいって評判なんだから!」


 ……客層かな?


「良いから座りなさい! 大人2人で小銀貨4枚!」

「ちょ、ちょっと!」

「払えるわよね! とびっきりおいしいの持ってきてあげるわ!」


 席に座らされてしまった。仕方がないので、それで注文することにした。お母さんと頷き合う。


「…はい、ではそれでお願いします」

「はーーい! 注文はいりました~!!」


 そして、厨房へ向かう女性にむかって複数の客が、「おかわり!」と叫びながら木製の独特な形をしたコップを空に掲げている。その数を数え「ジョッキ追加6入りましたー!」と厨房に伝える。

 あれがきっとこのお店の名物なのだろう。

 外にあった樽も、中身が飲み物なら納得がいく。丁度のども乾いていたので、楽しみだ。


「リタ、あの飲み物、何かしら? このお店特有の物だと思うんだけど」

「わからないけど、大人気みたい。すこし楽しみ」


 しばらくすると、別の女性の給仕が大きなコップを6つ持って出てきた。そして豪快に各々のテーブルに叩きつけると「お待たせしました~」とにこやかに言って帰っていく。

 明らかに中身が零れて1~2割無くなっているが、誰も気にしていない。それどころか上機嫌にその飲み物をあおっている。


 そして、最初に対面した給仕の女性が片手に大皿2枚、反対の手であのコップを2つ持ってくる。

 このテーブルにも叩きつけて置くのかと思って身構えたが、存外に丁寧に置き、1滴も零れていない。しかし白い泡が溢れんばかりに盛ってある。かき混ぜたのだろうか?


 大皿の料理は、お肉を豪快に焼き、香辛料で軽く味を付けただけの物。

 しかし大きさは私の顔よりずっと大きい。備え付けのソースも複数あり、好きにかけて良いらしい。そして、硬めに焼いたパンが飾りの様にちょこんと載せてある。


「お待たせしました。本日のオススメ! ステーキと付け合わせ野菜、エールです! エールのお替りは一杯大銅貨5枚! 気軽に声かけてください!」


 そういうと、元気に帰っていった。どうやらこの飲み物は『エール』というらしい、お母さんも知らない物の様で首をかしげていた。

 今も目の前で焼けるお肉に食欲がそそられる。


「とりあえず………おいしそうよね? いただきましょう?」

「…いただきます」


 のどが渇いていたので、エールから飲んでみる。

 なかなか無くならない泡を無視して、中の液体が口にあたるまで傾けて、液体だけを飲む。


「げほっ! なにこれ! シュワシュワしてる。それに苦い!」

「リタ、大丈夫!?」

「大丈夫…びっくりしただけ。わかっていればそのまま飲めそう」

「ふふっ…リタ、白いおひげが付いているわよ?」


 無言でそっと拭った。

 このエールと言う飲み物は不思議なもので、お肉と交互に口にする事でお肉の脂っこさが無くなり、いくらでも食べれてしまいそうだと錯覚する。

 それにシュワシュワがお腹の中に入ると、無性に味の濃い物を食べたくなる。お肉が半分も無くなったくらいで、エールが無くなり、追加が欲しくなった。

 

 お母さんは、エールが口に合わなかったらしく、一口飲んだ後は飲もうとしない。なので、それが欲しいと思った。


「おかあさん、エールにがてなの?」


 あれ、少し舌足らずな発音になってしまった。それでも問題なく伝わったみたいだ。


「えぇそうみたい。なんだかお水の方がいいみたいだから、さっきお水もらってそれを頂いているわ」


 いつの間にか、エールとは違う形のコップをお母さんが持っていて、中身が水だと言う。じゃあ、エール貰っていいよね?


「おかあさん、エール、おかわり、ほしい」


 今度はしっかりと発音するために単語ごとに区切って言ってみた。かんぺき。


「いいけど、リタ大丈夫? 少し変よ?」

「へん? ううん、エールとってもおいしい。じゃあ、これもらうね?」


 そうして、エールを手に入れ、飲み干す。

 このお店の名物になった理由がよくわかる。でも、これ、冷やして飲んだらもっとおいしいと思う。冷やして飲みたいなぁ。

 私は空のコップを両手で支えながら、お母さんにお願いする。


「おかあさん、もういっぱいだけ、ほしいの。たのんじゃあ、だめ?」


 すこし上目遣いで、懇切丁寧にお願いする。


「うーん…、一杯だけよ?それで満足できる?」


 やった!


「うん!! おねえさーん! おかわりくださーい」


 私はコップを掲げ、元気に呼ぶ。一瞬店内が静まり返る。


「ちょ、ちょっとリタ! そんな大声、はしたないわよ」

「ごめんなさーい」


 複数のテーブルから視線が向けられ、私を見ている気がした。そして「あの子、いくつだ?本当に成人してるのか?」など会話が聞こえてくる。

 成人? してないが? リタ、9歳!


 給仕のお姉さんがエールを持ってくる。それをつかさず受け取り、イトラにお願いする。


(イトラ! イトラ! これ、冷やしてーー?)

(…あんた酒なんて飲んでどうしたのよ?)

(おさけってなーにー? これ! エール! しらないのー?)

(…はぁ、しってるわよ。それで、どうして私がそんな召使みたいな事しないといけないわけ?)

(えぇー、イトラ、できないの~?)

(…話、聞いてた? 私は、そんな事やりたくないって言っているのよ)

(イトラ、わたしのこと…きらい…なんだ。だからこんなにつめたいんだね…。つめたくしてほしいのはエールなのに…うわーーーん!)

(…ジョッキごと凍らせるわよ?)

(イトラ、わたしのこと…きらい…なんだ。だからこんなにつめたいんだね…)

(……)


 私の手元には、キンキンに冷えたエール!! あと少しで泡が凍りそうなほどの絶妙な冷やし具合! それを、飲みます!


 おいしいーー!


 あれ、お手洗い行きたい。


「おかあさん、おてあらいいきたい」

「あー、たくさん飲んだものね? このお店にあるか聞いてみるわね」


 お母さんが、給仕の人を呼んでくれた。


「あの、娘がお手洗い行きたいのですが、ありますか?」

「え、娘さん!? その…失礼ですが、成人されてますか?」


 給仕の人が聞いてくる、最初に私達を引き留めた、あの人だった。お手洗いも引き留めてくるとは…。早く会話を済ませなければ…。


「はいっ! リタ、9さいです! せいじん? はしてません!!! はやく、おてあらいに、いきたいです!」


 静まり返り、一気にざわつく店内。声が大きかっただろうか…。



 その後、お手洗いは無事に借りられた。なぜかまっすぐ歩けないので、イトラに助けてもらい、服もイトラに脱がせてもらった。イトラは、不満げだったけど、「おねがい」って言ったら、しぶしぶ手伝ってくれた。


 店内に戻ると、お母さんがあの女性に謝られていた。なんでも年齢や説明もなく無理やり接客をした事を謝っているみたいだった。

 よくわからないが、料理はおいしかったし、エールとも出会えた。私は満足している。


「おかあさん、いこっか?」

「リタ、大丈夫? 具合悪くない? 歩ける?」

「あるけなーい、おんぶー」


 そうして、お母さんにおんぶされながら、宿へと戻った。

 帰り道、視界に入った細い路地裏に、犬獣人のフィルくらいの年齢の女の子? を見た気がしたが、気のせいだろう。

 宿に戻ったら、フィルにエールのすばらしさを教えなければ…。


 そんな事を考えながら、自然と眠りに落ちた。

 眠気はなかったのに、おかしいね?

 次に意識が戻ったのは、宿の自室、1人でベッドに眠っていた。


(あれ? もう夕方? 夜だ、厨房のお手伝いに行かなきゃ)


 そう思って、ベッドから立ち上がると、クラっとした。

 そのままベッドに尻もちをついて、首をかしげる。

 足が千鳥足? だった。

 そして、枕元のメモを見つけた


 『今日はお母さんがお手伝いに行くから、ゆっくり眠っていてね』


 あぁ、二日連続で休んでしまった。

 明日、明日から頑張る。そう決めて、ベッドに横になる。

 横になって思い出すのは、あの不思議な飲み物、エールの味。謎の解放感と気分の高揚を思い出し、次の休日にまた同じ店に行きたいと思った。

 どうやら私もエールの虜になってしまったみたいだ。


 こうして、私の人生初めての休日は終わりましたとさ。





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