第7.5話




 午前は、お母さんの研修がメイン。

 魔力や魔法については午後に進めることとなった。


 お昼時間になると、トムじいさんの店の台所で昼食を作ることになった。

 今日は買いに行く時間がなかったので、食材はある物からより合わせで作ることに。



 お店には意外なことに食材や調味料がそろっており、トムじいさんが普段自炊していることがよく見て取れた。それも扱っている器具や調味料などから、なかなかの腕だと思われる。


 それならなぜ昼食も仕事内容に加えたのか疑問だったが、「自炊が長くなると他人の作る料理が食べたくなる」と遠い目をしながら教えてくれた。

 

 何やら事情がありそうだったので、感謝の気持ちを込めておいしく作ることを心に決めた。




 材料から考えて、穀類を使った炒め物を選択した。

 腸詰した燻製肉と野菜をフライパンで炒め、別皿に。残った油に白ワインと調味料手際よく加え、水を含ませた穀類を炒める。

 火が通り穀類の色が澄んだら、別皿の具を混ぜ塩味で味を調える。

 ブイヨンがないのでうま味が少ないが、調味料で塩味を加えて完成。


 炒飯のようだが、とろけたチーズをかけ、味に変化を持たせることで、飽きさせない工夫を凝らしてみる。


 村では1日2食で生活していたので、昼食は贅沢だった。

 トムじいさんは、わたし達の作る料理名のない料理を、おいしいと食べてくれた。 

 なんだか、それが今とてもうれしく思えた。





 午後の営業を開始する。

 本日の来客は今だ0人だった。このまま店番をお母さんに任せ、トムじいさんに店の裏を案内してもらう。


 店の裏は広めの工房になっていた。

 鋳型や槌など金属を加工する道具があり、金物を細工や加工をする場所だとすぐに分かった。


 ここでは金属を魔法で溶かし、型に流すなどして形を作り加工する、という少し変わった工程を踏むのが特徴なのだという。

 その代わりに鋳型や整形道具の種類が豊富に揃っていた。

 詳しい事は今度教えてくれるというので、今回は楽しみに取っておくことにした。



 工房をある程度掃除して加工台を机代わりにする。

 今日からこの工房が魔法の授業をする教室になるのだという。


 トムじいさんは初めに魔法の基礎となる部分の説明から始めた。



 魔力とは、王族や貴族、一部の平民が生まれながらに持っているもので、基本的に遺伝する。

 そして年齢と共に魔力は増加し、15歳から20歳を迎えたあたりで成長が止まる。

 もちろん、魔力が多ければそれだけ強力な魔法を、より多くの回数使うことが出来る。


 魔法とは、個人の持てる力としてかなり強力で、人ならざる力と言われている。その用途は多く、争いから生活の一助まで幅広い使い道がある。

 魔法には属性があり、『火』『水』『土』『風』の基本の4属性と『光』『闇』の特殊な物まで。

 これは個人によって得手不得手があり、生まれ持った本人の素質によって変化すると言われている。


 基本的に魔法は『呪文』『刻印』『魔道具』よって発動でき、常に多くの研究職の人が新しい魔法の開発・発見に力を注いでいるが、現在でもわからない事ばかりなのだという。



 そして、それぞれの魔法の特性について。



 呪文魔法は、声に魔力を混ぜ、特定の呪文を唱えることで、魔法が発動する。

 適当に唱えるだけでは発動しないだけでなく、十分な訓練をしなければ思いもよらない結果になることもある。

 だが、魔力があり、呪文が唱えられれば、どこでも使うことが出来るという利点がある。



 刻印魔法は、魔力を流しやすい素材をもとに魔法陣などを描き、刻印全体に魔力が行き渡ることで、魔法が発動する。

 呪文のように覚える必要がなく、魔力さえ行き渡れば安全に発動できるため安定性が高い。しかし、手元に刻印がない場合魔法を使うことが出来ない。

 そして、魔法が複雑になる程に刻印が大きくなるので持ち運べる大きさだと使える魔法の種類が限られる。




 魔道具は、刻印に近いが、魔道具と呼ばれる道具に魔力を流すことで魔法が発動する。

 ダンジョンや遺跡などから発掘されることが多く、未だに人間族は複製に成功していないらしい。

 詳細が不明で、大きさや性能がバラバラ、効果も様々。値段も発動する魔法によって青天井。

 一部ではコレクターが高値で取引しており、ダンジョンで一攫千金を目指す花形らしい。

 一部の種族では、魔道具の複製や制作に成功しており。現在では一般的に普及、生活の一部となっている魔道具も存在するのだという。



 現状普及しているのは、この3種類だという。


 ここまで魔法の概要を説明するとトムじいさんは、一息ついた。

 そして私に問いかける。


「リタちゃんはどんな魔法を使えるのかね。見たところ刻印の類はもっていないようだ。呪文か魔道具のどちらかだと思っているんだが、呪文は教師が教えなければ独学でどうにかなる物ではない。しかしまだ10歳に満たないリタちゃんは教師に教わる機会がないんだ。魔道具に関しては、賊をどうにかできるような物は値段もそうだが、希少な物だ。持っているとは考えにくい」



 トムじいさんは優しい雰囲気のままだが、見つめる瞳は真剣だった。

 私はその表情から真面目に答える質問だと理解し、表面上は表情を取り繕う。


 しかし突然の質問に心中は大いに乱れていた。


(ど、どうしようっイトラ! この雰囲気、私魔法使えません…って言いにくいよっ)


(そうねぇ。この爺さん、もし魔法が使えないって言っても信じてくれないでしょうね。魔法に関しての知識もそれなりにあるみたいだし、面倒ね。まぁ、あなたの好きにしたらいいんじゃない?)


(好きにするって、どうすれば!?)


(正直に、体の中に私がいることを話して、無駄だと思うけど理解してもらうか。私の力を、あなたが使ったことにして、この爺さんに説明するか。好きな方を選びなさい。………いや、すこし気が変わったわ。もし私の事を説明しないなら、近いうちにあなたに聖術を教えてあげる)


(ええっ、それって選択肢ないんじゃない…?)


(そうでもないわ、好きな方を選択するのはあなた。私はその結果に口出しはしないわ)


(ん―…えっと、イトラはトムじいに存在を知られたくない理由はあるの?)


(いいえ? ただ単純に、この爺さんが気に入らないってだけね)



 言いくくると、イトラは黙ってしまった。

 仕方がないので、彼女の事は話さずに、私(の体にいるイトラ)が(イトラの魔力を使った)魔法を使った事にして話すことにした。


 真剣な目をしたトムじいさんに、私の嘘が通用するとは思えなかった。

 なので、嘘は言わず、なるべく具体的な説明を抜きにして。


「……私は、呪文もまだ教わっていなくて、魔道具? も持っていません。ただ、お父さんが矢で射抜かれて、お母さんや私も捕まってしまった時……最後まで必死になって助かろうとしたら、追手の人はみんな死んでいました。あれがどんな魔法なのかは私にはわかりません、ただ助かろうと必死だったんです…」


 親切にしてくれるトムじいさんに嘘をついている様で、だんだん涙が出てきた。

 そして、すこしの涙が呼び水となり、あの時の光景を思い出し止まらなくなる。


 そんな表情を見たトムじいさんの目からは真剣さが消え、いつもの好々爺に戻った。そして正面から私をそっと抱き留め頭を撫でてくれた。


「……申し訳ないことを聞いてしまった。昨日大変な目に合ったばかりだというのに配慮が足りていなかった。既に独学で何らかの魔法を使えるようになっていたものだと勘違いしてしまっていた……もし独学で魔法を使っていたなら、その危険性を説明する必要があったんだ。怖い思いをさせてしまった。本当にすまない。そして、ありがとう…つらいのによく話してくれた…よくがんばったんだね…僕は君たちが無事でいることが一番うれしいよ」



 心の底から心配してくれる声。

 優しく撫でられ続ける頭の感触、残っていた昨日からの疲れ。泣いているうちに私の意識は途絶えた。






 目が覚めた時、お母さんの顔が見えた。

 場所は、トムじいさんのお店。

 でも工房ではなくて売り場だった。

 木製の長椅子にお母さんが座り、その足に頭を乗せ仰向けで横になっていた。


「あ、リタ。起きたのね、おはよう」


 リタを膝枕していたお母さんは、穏やかな笑顔で見下ろしていた。


「もうすぐ夕方よ、今日から宿でお手伝いするんだからシャキッとしなさいね?」

「うん、トムじいさんは?」


 この店内に他に人の気配はしなかった。


「何やら用事が出来たらしくて、店番を任せてさっき出かけて行ったわ。それに眠ったリタを抱えて、とっても謝っていたわよ。詳しくは聞いていないけど、不用意に昨日のことを思い出させてしまったと言っていたけど。大丈夫?」


「ん…。大丈夫。ほかのお客さんは?」


「うーん、今日1日で3人しか来ていないみたい。それも雑貨を少し買っていっただけだったわ」



 このお店は本当に利益が出ていないことがひしひしと伝わってくる。


「今日は、トムじいさんが帰ってきたら店終い、終わりにするって言っていたわ。リタは先に帰って宿のお手伝い頑張ってね。私は帰りに買い物をして夕食を作っておくから」


「わかった。お母さん気を付けてね? 人通りが少ない場所に近づいたりしたらダメなんだよ?」



 魔力持ちが目的でない人にとってなら、お母さんは1人で出歩くのは危険だと思うくらい綺麗だから心配だった。

 それに自分にはイトラが居る、けど、お母さんには守ってくれる存在は居ないのだ。


「わかってるわよ、リタも気を付けてね」


「うん、お母さんも本当に気を付けて帰って来てね?」



 最後に念を押すように言って立ち上がり、外に出ると夕日が町を照らしていた。

 

 もう冬の足音が聞こえてくるようだった。






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