第1.5話

------ヘムロックの視点------




 俺の名前はヘムロック。


 タリア王国の辺境。トゥルダール辺境伯の騎士団の一員だ。


 この国では、毎年夏になるとすべての集落を回り、魔力の測定を行う事になっていた。




 どうしてわざわざ騎士団がこの仕事を持ち回るのかというと、測定に使う水晶玉『魔力水晶』がかなり貴重なものであるというのと、魔力持ちの子供を不正なく保護するためだ。




 この魔力水晶は魔力に反応して光る不思議な水晶だ。


 実際、盗難や紛失は過去には何件もあった。


 この水晶があれば、村や町で生まれた子供達から魔力持ちを選定し、秘密裏に誘拐することが簡単になってしまうからだ。




 市民の中から魔力持ちが生まれることは稀だがないわけではない。


 魔力持ちの子供を発見し、保護をする。




 とある事件が起こった後、この国ではその決まりを徹底する事になっていた。


 そのためには騎士団が自ら動く必要がある。


 つまり、これは大事な仕事だ。そう自分に言い聞かせた。




 正直言えば、俺の持ち回りは人口の少ない外れ、ルッカ村含め3つの村を回るだけだ。


 あまり騎士団の中で嬉しい仕事ではないのかもしれない。


 しかし、村の人たちからすれば年に一度来る客、それも領主直属の騎士団の騎士様。彼らをあまり失望させないよう俺も努力した。




 初めのうちは全身に金属の鎧を纏い、いかにも騎士の格好をしていた。


 しかし、こんな外れの村まで重装備で移動する人はいないと教えてもらった。


 それからは簡単な皮と金属を使った略式の鎧で向かうようになったのは、今ではいい笑い話だ。




 そんなことを繰り返すうちに村の人々との交流が深まり、受け入れてもらえるようになった。


 今ではこの仕事を案外悪くない物だと思うようになっていた。






 そんなある日、ルッカ村である噂を聞いた。


 なんでも村一番の美人と猟師頭が結婚し、子供が生まれたらしい。




 子供の名前は……そう、リタといったはずだ。


 そのリタって子供が、生まれながらに美しい銀髪に青い瞳をしているとかで、貴族様の先祖返りかもしれないと噂だった。




 両親とは似ても似つかぬ色調に、幼いながら聡明な少女。


 もしかしたら、本当に魔力持ちかもしれないと心の中で考えていた。





 それから毎年洗礼式に様子を見ているうちに5年がたった。


 そう。今年はあの少女、リタの洗礼式である。


 おそらく魔力持ちであることは間違いないだろう。


 無用な混乱を避けるため、彼女の魔力測定の順番は最後にした。





 毎年使いまわしの祝辞を述べ、簡単な魔力についての説明を聞いた。


 一体この説明を聞いて、5歳の子供にどこまで理解できるか甚だ疑問だが、一応説明する決まりだ。


 やはり、村の子供達ではよくわからないらしく、早く魔力測定をしたくて落ち着きがない様子だった、彼女を除いて。





 彼女は、思案気な表情で話を聞いている。


 既にこの話を理解できる思考力が備わっているようだった。その姿にどこか末恐ろしい物を感じた。




 順番に子供達の魔力を測定するが、すんなりと終わってしまう。


 やはり今回も魔力を持つ子は居ない様だった。




 そして、とうとう彼女の順番になった。


 彼女は、自然体で壇上までまっすぐ歩いている。


 その背中に沢山の視線を集めているが、ものともしない。


 珍しい銀髪の少女、その整い過ぎた容姿は、そこにあるだけで視線を集めてしまう。




 しかし振り向くこともせず、動揺する事もない。


 自分が子供の頃を思い出したとしても、こんな子供は周りに居なかっただろう。




 壇上に上がったリタはゆっくりと、こちらを見上げ───


 


 その瞳と目が合った。




「ッ…」




 咄嗟に声を抑え、動揺を抑え込んだ。


 間近で見た彼女の瞳は…異質だった。




 その小さく華奢な体の内面は、およそ人間の持つべきではないモノが詰まっているのだろう。


 彼女を見て、その存在を認識した瞬間、悪寒がした。




 恐ろしいのは、その瞳を直接見るまではその異常性を認識できなかった事。


 これほどの異物をなぜ感じられなかったのか理解できなかった。





 どうにか動揺を抑え込み神父に合図をして、進行を促した。


 彼女は、魔力水晶に小さな右手を乗せ、舌足らずながら鈴の音のような綺麗な声で言った。




「わたしはリタ。リョウシのいえのこ。ようせいたちよ、わがちからをしめしなさい」




 魔力水晶が爆発すると思った。


 魔力水晶が光るだろうとは想像していたが、激しい現実に戸惑ってしまった。




 自らの体で爆発を抑え込む覚悟をし、水晶を抑え込もうとするが。その瞬間、彼女は何事もなかったかのように魔力を霧散させ、光を収めた。




 不格好な姿勢で見つめた瞳は、冷静に回りを『観察』していた。




 俺は、この小さな存在に恐怖を感じたのだと、理解した。


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