孤星の楽園
@rinon1007
第1話 5歳編
◇
「ん…」
目を開けると、そこに広がっていたのは青空だった。
人の手の届いた痕跡の無い深い森の中。私は、仰向けに倒れていた。
微かな土の匂いが鼻孔をくすぐる。
「…ここは、どこだろう」
思った言葉は、自然とこぼれ落ちた。
目に映る光景は、やはり知らない森の中……知ってる森ってなんだろう?
寝起きの、モヤのかかった頭で考える。
自分の名前は…思い出せる。
どうしてこんな場所で眠っていたのか……それは思い出せなかった。
ふと、あたりを見渡し、何かないか調べようと閃いた。
ここがどんな場所であれ、このままでは近いうちに空腹で動けなくなってしまいそうだったから。
そして、強く風が吹いた。
散らばっていた落ち葉のカサカサという音。
落ち葉が舞い上がり今まで隠れていた地面があらわになる。
地面には、深く刻み込むように文字が書かれていた。
『必ず迎えは来るから、待ってて───□□□より』
そこにあった名前は、私を無条件に従わせるには十分だった。
不思議と懐かしいような、それでいて心が痛くなるような切ない感情が浮かぶ。
「迎えに来てくれるんだ……じゃあ…まとう…」
これを書き残した人は、私のとっても大切な人。
彼女が迎えに来ることを夢見て、私はまた深い眠りにつく。
『あなたはいつか、すべてを思い出す』
───これはそんな物語
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タリア王国・トゥルダール領
その北西にはルッカ村という小さな村があった。
人口は200人程度、近隣に大きな都市はなく閑静な村。
開拓によって生まれたその村は強い団結力があり、互いを助けあう事で小さな平和が築かれていた。
村では村人同士の物々交換によって生活が行われており。たまに来る行商、農作や狩猟、採集によって日々の食を支え、生活をしていた。
そんな村に、1人の女児が生まれた。
両親はその少女に『リタ』と名前を付けた。
若く武勇に優れ猟師として生計を立てる父と、麗しく家庭的な母。
絵に描いた様な幸せな夫婦の間に生まれた少女は、小さな村の中で穏やかな一生を迎えるはずだった。
◇
リタが生まれてから、ルッカ村に5度目の冬が訪れた。
深い積雪に覆われた村の一軒家でリタは誕生日が祝われていた。
質素ながら工夫の凝らした料理の品々。
冬ごもりの最中でありながら特別に用意されたそれは、両親の深い愛情を感じさせるもの。
机の隅に居座ったソレは、手づかみで料理の味に満足げに舌鼓を打つ。
小さな匙で料理を口に運ぶリタは、自分以外には見えない『モヤモヤ』したソレをいつもの光景だと無視を決め込んだ。
肩まで伸びた銀の髪に、長い睫毛に縁どられた瞳は空色。すらりと通った鼻筋、桜色の唇。
誕生日に贈られた麻でできた質素なシャツとズボンに飾りはないが、都市部から離れたこの村では一般的な物。
しかし、彼女が着れば質素であるからこそ、彼女の無垢さがよく表されていた。
暖かい春を迎えたルッカ村の猟師の家、小さな木造の平屋。
部屋の隅の台所と素朴で頑丈な造りの机。中央に囲炉裏のある、この村では平均よりも少し上質な家。
その家の一人娘のリタは、洗礼式を明日に控え、自分用の髪飾りづくりに励んでいた。
この冬の間から作り始めていた髪飾りも、もう一息で完成というところだった。
そして最後の糸を通し、形を整える。
数か月の激闘の末、リタは用意した糸をすべて使い髪飾りを完成させた。
「できた!お母さん、できたよ!」
「よく頑張ったわね、リタ。少し見せてみなさい」
そう答えたのは、台所で料理をしていた女性。
この地域の一般的な色合いの茶髪に黒い瞳。整った容姿と優しそうな雰囲気を持つ彼女は、この村で一番の美人といわれるリタの母『カルナ』。
夕食を作る手を止めて、髪飾りを見た。
リタの作る髪飾りは、青色の大輪の花をイメージし、作り方をカルナが自ら教えた物だった。
その出来栄えはカルナのイメージ通り作れており、十分過ぎるほどによく出来ていた。
「すごいわねリタ。もう少し形を整えればお店でだって大人気になれるわ。お父さんが帰ってきたら見せてあげましょう。きっと、たくさん褒めてくれるわよ」
カルナは、娘が作ったにしてはうまく出来過ぎた髪飾り。
与えた糸より上質な品質の糸で編まれたそれを、深く考えないようにしながらリタを褒めた。
その原因をなんとなく理解していても、リタが元気に育ち、嬉しそうに笑っていてくれるならそれでいいと思っていた。
そんなカルナの内心を知りもしないリタは、完成した嬉しさを噛みしめた。
リタ自身も糸の出所や材料などは知らない。
だから聞かれたら困ってしまうのだ。この糸は『ふわふわさん』が作ってくれた物だったから。
机の隅にちょこんと座っている影の様な何か、『ふわふわさん』
周りをモヤモヤしたもので覆われた何かが、今もリタを見ている。
リタは自分の作った髪飾りを誇らしげに『ふわふわさん』に見せると満面の笑みを浮かべた。
翌朝、洗礼式の日。
リタは、日が昇ると同時に桶に張ったお湯と香油で身なりを整えられた。
そして、カルナお手製の綿で出来た白いワンピースに身を包んでいた。
それは誕生日の贈り物より上品で、控えめであるが飾りを入れた心が籠った一品。
リタは、麻の服と比べると肌触りの良い服を身につけ、何度も自分の姿を確認する。
(いつも私はかわいいけど、このワンピースを着た私はとってもかわいい)
◇
洗礼式までの時間を潰すように洗礼式について考えていた。
洗礼式とは子供が5歳になると、教会で領地を周る騎士様と顔を合わせるらしい。
目的は、子供達の中から【魔力】を持つ子供がいるか調べるため。
魔力を持った人は珍しいから領主様が教育と生活の支援をしてくれるという。
家族や村の人たちに聞いてわかったことはそれくらいだった。
この小さな村からは一度も魔力持ちが出たことがないから、村の人達も詳しいことなど知らなかったのだ。
彼らにとって洗礼式とは、村の子供達の成長を祝う節目であり。1年に一度のお祝いという意味合いが強い。
考えごとを終え伸びをすると、今日は休日のお父さんが話しかけてきた。
「リタ、洗礼式が終わったら父さんと一緒に村の外に野鳥を取りに行こうか、ずっと村の外に出たがっていただろう?」
お父さんは嬉しさを隠せない様子で私に話しかけてきた。
普段の落ち着いた雰囲気はなりを潜めて、嬉しいという感情を出すお父さんは珍しかった。
村では5歳の洗礼式が終わるまで、特別な理由がなければ子供達は村の外に出られない。
そのため、お父さんは私と一緒に出掛けられるようになる事がずっと楽しみにしていたのだ。
そしてそれは私も同じ。
「本当っ!? 嘘じゃない? 私、村の外にでてもいいの!?」
本当はずっと外に出てみたかった。
この村の外に。きっとたくさんの『ふわふわさん』がいる外へ。
「あぁ、本当だ。うんと大きな鳥を捕まえて、今夜はたくさんお肉を食べよう。約束だ」
「じゃあ、今夜は腕によりをかけて夕食を用意しますからね、楽しみにしていますよ」
お母さんもとっても嬉しそう。私は、お母さんのために、たくさんの鳥を捕まえて来ようと心の中で決意した。
洗礼式 村の外れの教会
普段はあまり住人が寄る事のない教会の中。
村の子供達と隣町の神父様、領地を回る騎士様が集まっていた。
それぞれ格好は洗礼式のため着飾っており、厳正な教会内の雰囲気も合わさり非日常的な空間へと変化していた。
そして他の子供達も同様に感じている様子で、どこか落ち着きがなかった。
はしゃいでいる子は、家族の用意した衣装に、自作の髪飾りや首飾りを誇らしげに自慢し合い。そんな子供達を紺色のローブを羽織った神父様は、にこやかに眺めている。
きっと毎年の事なのだろう。
その表情からはどこか好々爺然とした印象を受けた。それは騎士様も同様で。すでに慣れた様子で子供達を眺め、頃合いを見計らうように立ち上がった。
騎士様は覇気のある堂々とした声で開会を宣言した。
すっかりと静かになった教会の中、神父様から魔力について説明が始まった。
要約すると、魔力とは、この世界に満ちている目に見えない力であるという。
その魔力を体内にとどめ、呪文や道具などを用いてこの世界に干渉する方法が【魔法】と呼ばれるもの。
魔力を持ち、魔法を操れる者は平民にはとても希である事。
魔力持ちとは基本的に遺伝するが、突然魔力を持った子供が生まれてくることがある事。
小さいうちに魔力について正しい知識を身に着けるため、洗礼式で子供達の魔力の有無を調べている事。
そして、魔力を持つ子供に正しい知識を身につけさせる事が目的だと言う。
(うん、たしかに。何の知識のない子供が無茶苦茶に魔法を使ったりしたら、危ないよね?)
神父様の話す難しい説明を、自分の理解できる範囲の内容に砕いて解釈し、まとめてみた。
実際、この説明は洗礼式の中で形式として残っているだけの説明であり、子供達が理解できるような説明をしていない。
他の子供たちは雰囲気に呑まれ静かに聞き流している中、真剣に話に聞き入っていた私は、1つの疑問にたどり着いた。
(あれ? それでも、騎士団の騎士様がこんな小さな村まで周るのって変じゃない?)
そこに何か他の意味があるのではないか、と考えたがそれ以上先にはたどり着けなかった。
(うーーん、魔力持ちは貴重だって話だから、恩を売って成人したら自分のもとで働いてもらいたいとか?)
幼い頭でそう考えた。
説明の終わった神父様が下がり、騎士様に交代する。
騎士様は大柄で、頑丈な革の鎧を身に纏っていた。
その手に透明な水晶玉も持ち、子供達に見せながら言った。
「では、これより魔力の有無を調べる。君たちには───」
検査の流れは非常に簡単だった。
まず水晶玉を台に置き、子供達を一人ずつ呼んでいく。名前を呼ばれた子供が前に出て、神父様が名前を確認したら水晶玉に手をかざし「妖精たちよ、わが力を示しなさい」と言う。以上。
その呪文が最も単純で簡単な呪文のため、魔力があるなら水晶玉に魔力が流れ、光るのだという。
順番に子供達が試し、そして反応することなく元の席に戻っていく。
私も初めは緊張し、集中して見ていたが、何度も繰り返されるうちに飽きてしまった。
そうしているうちに私の名前が呼ばれた、どうやら一番後だったようだ。
ゆっくりと深呼吸をして、落ち着いてから壇上の上に向かう。
そして騎士様の前に立った。
変わった事はしていないはずなのに、たくさんの目線が自分に見られている気がして緊張した。
しかし、おかしな行動をしたのは、騎士様だった。
「ッ…」
「?」
騎士様は、私の姿を見て反射的に息をのんだ。
まるで目の前に魔獣が飛び出てきたというような反応だった。
私は自分の銀髪や青い瞳が珍しい事を知っていたし、自分の容姿が周りの子供達と比べて珍しいことも理解していた。
(うーん…きっと、間近で私の姿を見て驚いたのだろう、今日の私はかわいいし)
すこし疑問に思ったが、私は自分の容姿に自信があるので気にしない事にした。
気を取り直して、水晶玉に右手を乗せ名乗った。
「私は、リタ。猟師の家の子」
神父様が名前を確認し、視線で続きを促したので続ける。
「妖精たちよ、わが力を示しなさい」
妖精たちとはどのようなものかを想像しながら唱えてみた。
その脳裏には気まぐれに助けてくれる『ふわふわさん』がイメージされた。
あのもやもやとした体に、褒めて欲しそうな雰囲気を出す不思議な生物。
(ふふっ、かわいい…)
その瞬間、自分の右手を通して何かが溢れ出るような感覚があり、水晶玉が明るく輝き始めた。
そのまま光は目が開けられない程に、教会の中を光が埋め尽くした。
反射的に反らした視界の端で、騎士様が慌てながらも素早く動き水晶玉を私から遠ざけようと動き出していた。
…でも間に合いそうにない。
このままなら水晶玉が破裂するのが先だろう。
(どうしよう。あの水晶玉は明かに高価な品だ。もしそれを壊してしまったら………)
両親に多額の金銭が請求されるイメージが浮かぶ。
私は『ふわふわさん』のイメージを消し、流れを止める様に力を制御し霧散させた。
あと少し遅かったら私から流れ出した力は水晶玉を割ってしまっていただろう。
それほどに強い光だった。
そして、光の収まった水晶玉に傷がないことに安堵し周りを観察する。
まず、騎士様は無事だ。水晶玉を両手で掴んだ体勢で止まっている。少し間抜けだ。
神父様も驚いた顔をしているが、どこか納得したような表情にも見えた。
もしかしたら何かが起こると思っていたのかもしれない。
ざわざわと騒ぐ子供たちを見渡し、混乱を鎮めるような芝居がかった口調で神父様が言った。
「目出度い事に、猟師の娘・リタに魔力があることが分かった。それもかなり強力な魔力だろう。これもきっと神のお導きによるものだろう、みな盛大な拍手を」
言い終わると同時に神父様が拍手をし、子供達も釣られて拍手をする。
私はこの時やっと自分の流した力が魔力であることを理解した。
そして、視界の端で「してやったり」と得意げな顔をしている様に見える『ふわふわさん』が視界に映った。
(…こんなはずじゃなかったのに)
どこか肩の力が抜けてげんなりする。
そんな私を騎士様は何か得体の知れないモノを見るかのような目で見ていたが、それに気が付くことはない。
私の頭はこれからどうなるのだろう、という思考と、水晶玉に傷が無くて良かった、という事しかないのだから。
それから教会の洗礼式は何事もなかったかの様に終了した。
私も家に帰ろうかと支度をしていると、神父様が声をかけてきた。
「リタさん、少しご両親と騎士様を交えて、話合いをしたいので、教会に呼んできていただけますかな」
「…わかりました、神父様」
(やっぱり簡単には返してくれないよね…)
私は、両親を呼びに家へ向かう事になった……。
何事もなければよかったのに。
すべての元凶は、この生物だ。
ねぇ、『ふわふわさん』?
(くすくす、クスクス)
「笑っ…た……??」
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