第2話
魔力持ちだと判明した帰り道、両親になんて説明しようかと迷っていた。
これまでの情報から、魔力持ちとは希望すれば成人するまでの間生活を支援してもらえるらしい。
これはいいことだと思う。でも、本当に喜んでいいのかな…。
よく言うあれです、タダほど怖い物はない、と。
生活を支援してもらう事で、将来の自由が無くなってしまったりするのかな……。
結局答えがでないまま、家に着いた。
「ただいまー」
玄関を開けると、台所で料理をするお母さんと、狩猟道具の手入れをしているお父さんがいた。
「おかえりなさい、洗礼式は楽しかった? お友達もみんな綺麗だったでしょう」
「今リタの分の道具も用意しているからもう少し待っていな」
緊張して帰宅したけれど、両親の様子は普段と何ら変わらなかった。
少し心配しすぎていたのかもしれない。
「お母さん、お父さん。私、魔力があるみたいなの。それで神父様と騎士様が家族を連れてきてほしいって………」
少しの沈黙の後、両親はどこか微妙な表情をしていた。
予想が当たってしまったような、そんな表情だった。
「そう、やっぱりリタは魔力を持っていたのね、なんとなくそう思っていたわ。でも──」
「正直な、魔力を持つ感覚が父さんにはよくわからないが、きっとそれはリタに必要な物なんだろう。大丈夫だ、何があったも父さんが何とかしてやる」
お母さんの言葉に被せるように、お父さんが言った。
それから両親は戸惑いながらも、私に魔力があることを嬉しいと言って、心配することなんてないと、頭を撫でてくれた。
そうして、私たち全員で神父様と騎士様の話を聞きに行くことになった。
教会では、既に神父様と騎士様が長机と椅子を用意し、腰かけて待っていた。
彼らと机を挟んで座り、改めて自己紹介をする。
挨拶が終わると早速とばかりに騎士様から今後の生活や支援について説明があった。
始めに、保護について。
もし、私が希望するなら、この町を出て領主様の居る領都で生活する事が出来る。
両親にもそれ相応の礼金が用意された上、領都での生活は領主様が保証し、将来の就職先まで面倒を見ると提案された。
つまり引き取られて別々で生活をすると言う事。
これは両親も反対した。
そのため、この村で生活を続ける場合の説明を受けた。
私は10歳になるまで文字の読み書きや計算を勉強して、10歳以降は魔法について学び。
その後は領都にある領立の魔法学園に通うというものだった。
寮制の学園に通う必要があるが、休み期間には村に帰る事が出来るというので、両親はしぶしぶ了承した。
私に魔力があるという判明した時から、こうなることは想像できていたのだろう。
無理やり連れていかれるというような事にならなかっただけ良かったと思いたい。
この村で生活している間は、教材は定期的に家に届き、教師は希望すれば村に派遣してもらえる。
魔法学園にかかる費用もすべて持つというのだから、十分至れり尽くせりな内容だった。
家では、お母さんが文字の読み書きや、最低限の計算ができるので、お母さんが私に教えると事になった。
あまり貴族様の世話になるようなことは避けたいという意思があるように感じられた。教材の運搬については、村に来る行商人に依頼する形で話が進んだ。
話がひと段落したので、疑問に思っていた事を聞いてみた。言葉遣いには、一応気を付けた。
「その、どうして10歳になるまで魔法の勉強をしないの、ですか?」
魔法についてよく知らないが、それは十分に人を助けることの出来る力であり、もし使えるなら早く使いたいと思っていた。
その質問に答えたのは神父様だった。
「それはね、魔力は成長と共に増加するから、10歳になるまでは魔力が少なく十分な勉強が出来ない場合が多いんだよ。だから、もっと大きくなってから魔力を使った勉強を始めることになっているんだ」
それから神父様は私と両親を見ながら続ける。
「それとね、魔法について独学で学ぼうとするのは遠慮してほしいんだ。独学で魔法について学ぶことは、とても危険なことなんだ。わかってくれるかい?」
「…………は、い」
どうやら私の様子から、独学で学び始めそうだと感じたのだろう。
優しい口調ながら、真剣な目で釘を刺された。
注意事項として、魔力持ちの子供の誘拐が起こる場合があると教えてくれた。
子供は魔力が弱く魔法が使えないので、誘拐されやすい。
そのため、子供だけで村の外に出さず、村の外では家族が付き添い、常に気を付けて欲しいという話で締めくくられた。
正直こんな小さな、住人がみんな顔見知りの村で誘拐など警戒する必要はないと思ったが、村の外からくる人には警戒をしないといけない。
そんな心配に少し気分が重くなった、そしてそれは両親の方が深刻だった。
「「……」」
この話を聞いた両親は、私が誘拐されるかもしれないという部分に強く反応を示していた。
家で心配していたのは、この事だったのかもしれない。
教育については、お母さんが担当するため、教材の手配だけでよく、負担が少ない。お父さんが猟師であり、働き盛りなので、現在の生活のままで問題なく生活できるだろう。
その上、僅かながら生活の支援もある。
(要するに、私が不用意に村の外や人気のない場所へ向かわなければいいんだよね?)
そして、頭の中では誘拐される危険については重く考えても無駄だと結論が出ていた。
(結局、私は可愛いので誘拐されやすいと思うし。どちらにせよ時間の問題…?)
いっそ、魔力がある方が自衛をしやすいと思っている。たとえ釘を刺されようとも、魔法について諦めるつもりは無かった。
今日初めて知覚した体に流れる力の正体。
それは生まれた時から自分の体に纏わりつく『もやもや』したモノ。
それでいて自分以外には見えていない不思議な存在『ふわふわさん』の周りにも集まっていた物も『魔力』だったのだ。
◇
頭の中で魔力や魔法、いろいろ考えている間にも話は進んでいき、教会での話し合いは終わってしまった。
私は聞いていなかったが、来年以降の洗礼式では騎士様が生活についての不安や要望について相談に乗ると言ってくれた。
どうやら騎士様の担当地域に生まれた魔力持ちは私が初めてということで、今後の参考にしたいという事だった。
「わかりました。お手数をおかけしますが、リタをよろしくお願いします」
お父さんが、騎士様に頭を下げ、その日は解散となった。
思っていたよりも長くなった一日だったが、ある意味充実した一日だった。
これからの事を考えると家族の雰囲気が少し暗かったが、私は初めて明確な目標を持つことが出来たので満足している。
そう、私は魔力という不思議な力について知りたい。
そのために努力したい。そう思った。
不満な点を挙げるとするなら、今日はこのまま家に帰り、家族会議をすることになった事くらいだろう。
仕方がないけれど、本当なら今日はお父さんと一緒に村の外に出て狩りに連れて行ってくれる話になっていたのに…。
会議の議題は誘拐対策について。
既に村中に魔力持ちである事は知られている。
この村が出来て以来、初の魔力持ちのため、外では盛り上がっていた。
以前より私の容姿は注目を集めていたが、さらに魔力持ちとなったのだ。
その影響は想像しているよりも大きく、すぐに村の外にも知れ渡る事だろう。
その危険性を正確に想像できているのはお父さんくらいのもので、村の住人は祝い事の様に宣伝して回っている。
お父さんは私のために出来ることはないか、村全体をまとめようと画策している。
(過保護だよね?)
でもそんな両親の姿が、嬉しい。
そして似たような存在がもう一つ、『ふわふわさん』。
理由はわからないけれど、ヘムロックの話が終わった時から『ふわふわさん』が体にくっ付いて離れない。
言葉を交わすことは出来ないけれど、きっと心配してくれているのだと思うことにした。
◇
翌日、お父さんの同伴で初めて村の外に出た。
2人で狩猟道具を持ち、森まで歩いて行った。
お父さんは、弓以外にも動物解体用の短剣やナメシタ皮の防具を着こみ厳重な装備を整えていた。
途中、野兎や野鳥を見つけることが出来たが、『ふわふわさん』以外の『ふわふわさん』を見つけることはできなかった。
今までは偶にしか姿を見せなかった『ふわふわさん』は、昨日の洗礼式以降ずっと体にくっついたままだった。
その姿はまるで心配している様でもあり、偶然の様でもある。
それでもこんなに長い間一緒にいることは珍しくて、少し気になっていた。
話しかけても答えてくれない隣人。
結局、私以外に見えないので自由にさせているが、そもそも『ふわふわさん』とは何なのだろうか。
この生物について、知っていることは少ない。
今まで、私が困った時に気まぐれに現れては、髪飾りの糸や果物を持ってきてくれる。
まだ怖いという感情を覚えるよりも早くから近くにいた何か。
『ふわふわさん』はきっと、私が生まれた時には村に現れ、常に私の傍にいたのだ。
お母さんに「これは何?」と聞いてみたけれど、答えは返ってこなかった。見えていないのだ。
おそらく人の言葉を理解しているので『ふわふわさん』と名前を付けた。
(普通に考えたら怖いよね?)
一般的な考えで言えば怖いのだろう。
今も右肩から顔を見ているソレを指で優しく触る。
(でも、やっぱり怖いとは思えないんだよね、だって………)
私からすれば、生まれた時から一緒にいる家族なのだから。
(私の想像では、きっとこの子は私のファンなのだ。そうだといいな…)
「おーーい、大丈夫か?」
気が付けばお父さんより大分後ろの方を歩いていた。
心配した様子のお父さんは「疲れていないか?」などを聞いてきてので「問題ない」と不愛想に答えた。「無理はするなよ?」と、どこか楽しそうにゆっくりと隣を歩き出した。
森の中では、お父さんが弓の使い方を教えてくれた。それでも身長や力が足りず。子供用の弓ですら扱えなかった。
お父さんは、笑いながら「これから成長すればいい」と嬉しそうに言っていた。
結局その日の成果として、お父さんが捕まえた野鳥3羽とうさぎが2羽。
近くの川で血抜きだけして、村に持ち帰る。
私は1匹も捕まえる事は出来なかったが、初めて歩いた森の中は、沢山の生物にあふれていて、歩いているだけで楽しかった。
村に持ち帰った分は、ほとんどを村の住人に分け、持ち帰ったのは比較的小さめの野鳥を1羽分。
それでも一家族で食べるには十分すぎる量だった。
家に持ち帰った野鳥は、部位ごとに切り分けた後、豪快に焼いた。
自分で捕まえたわけではないのに、いつもよりおいしく感じる。
この喜びを分かち合いたくて、こっそり『ふわふわさん』の口だと思う場所に一口分与えてみた。
興味本位の行動で、どうなるのかは考えていなかったが『ふわふわさん』は躊躇うことなく『パクっ』と一口で食べた。
まさか食べると思わなかったので、変な声が出たがごまかした。
それから数日が経ち、行商人が大きな木箱を持って来た。
領主様の騎士団から、この荷物を家に届けるように依頼されたそうだ。
とても驚いたみたいだが、安定した収入になると喜んでいた。
家に届いた木箱を開けてみると、中には石板が2枚と石筆がたくさん。
子供用の本が2冊、文字の読み書きの本と計算の教科書が1冊ずつ、それと手紙が入っていた。
とりあえず手紙をお母さんと読んでみると、騎士のヘムロックからだった。
内容は、定期的に教科書と石筆を送る事、子供用の本は自分が子供のころに文字を覚えるのに使った本であり、これから勉強を頑張ってほしい、と。空になった木箱は、次の機会に行商人に渡せば回収すると書いてあった。
それから、毎日お母さんに勉強を教えてもらい、稀に、お父さんが村の外へ狩りに連れて行ってくれる。
『ふわふわさん』とコミュニケーション?を取ったり、魔力について調べたり、お母さんと料理をして家を燃やしかけたり、そんな生活が続き約4年の月日が流れた。
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