第2話
自分が魔力持ちだと言われたリタは、家に帰りながら、なんて両親に説明しようか考えていた。
これまで調べた情報から、魔力持ちは希望すれば成人までの間、貴族様に教育と生活を支援してもらえるらしい。
これはいいことだと思う。だが、純粋に喜んでいいものか…。よく言うあれです、タダほど怖い物はない、と。
生活を支援してもらう事で、将来の自由が無くなってしまったりするのだろうか………?
結局答えがでないまま、家に着いた。
「ただいまー」
玄関を開けると、台所で鍋を火にかけ調味液を作るお母さんと、子供用と大人用の狩猟道具を用意しているお父さんがいた。
「おかえりなさい、洗礼式は楽しかった?お友達もみんな綺麗だったでしょう」
「リタ、おかえり。父さん今リタの分の道具も用意しているからもう少し待っていな」
緊張して家に帰ったが、両親の様子は普段と何ら変わらない。リタは少し心配しすぎていたのかもしれない、と思いながら。そんな見慣れた家族の様子に安心した。
そして、ちょっとしたサプライズのような口調で言う。
「お母さん、お父さん。私魔力があるみたいなの、それで神父様と騎士様が両親を連れてきてほしいって………へへっ」
「「……」」
少しの沈黙の後、両親は話し出した。どこか少しうれしくなさそうな、微妙な表情をしている。
「やっぱり、リタは魔力を持っていたのね、なんとなくそう思っていたわ」
「…正直、魔力を持つって感覚が父さんにはよくわからないが、きっとそれはリタに必要な力なんだと思う。だから神様もリタに魔力を与えてくださったのだろうな、おめでとう」
お母さんは、どこか納得した様子で、お父さんは戸惑いながらも私に力があることが嬉しいと言ってくれた。
それから家族でこれからの事を話し合い、とりあえず、神父様と騎士様から話を聞いてみないと決められないという結論に至った。
両親とともに教会に向かった。
教会では、既に神父様と騎士様が長机と椅子を用意し、腰かけて待っていた。机を挟んで3人で反対側に座り、改めて自己紹介をした。
挨拶が終わると早速騎士様から、今後の生活や支援について説明があった。
始めに、保護について。
もし、私が希望するなら、この町を出て領主様の居る領都で生活する事が出来る。両親にもそれ相応の礼金が用意された上、領都での生活は領主様が保証し、将来の就職先まで面倒を見ると提案された。つまり引き取られて生活をすると言う事。
もちろんこれには両親も反対した。
そのため、この村で生活を続ける場合の説明を受けた。
私は10歳になるまでは文字の読み書きや計算を勉強して。10歳以降は魔法について学び。その後、領都にある領立の魔法学園に通うというものだった。
寮制の学園に通う必要があるが、休み期間には村に帰る事が出来るというので、両親もしぶしぶ了承した。
リタに魔力があるという段階で、こうなることは想像できていたのだろう。無理やり連れていかれるというような事にならなかっただけ良かったと思いたい。
この村で生活している間は、教材は定期的に家に届き、教師は希望すれば村に派遣してもらえる。魔法学園にかかる費用もすべて持つというのだから、十分至れり尽くせりな内容だった。
私の家では、お母さんが文字の読み書きや、最低限の計算ができるので、お母さんが私に教えると事になった。あまり貴族様の世話になるようなことは避けたいという意思が伝わってくるようだった。
教材の運搬についても同様に、村に来る行商人に依頼する形で話が進んだ。
話がひと段落したので、疑問に思っていた事を聞いてみた。言葉遣いには、一応気を付けた。
「その、どうして10歳になるまで魔法の勉強をしないの、ですか?」
リタは魔法についてよく知らないが、それは十分に人を助けることの出来る力であり、もし使えるなら早く使いたいと考えていた。
「それはね、魔力は成長と共に増加するから、10歳になるまでは魔力が少なく十分な勉強が出来ない場合が多いからだよ。もっと大きくなってから魔力を使った勉強を始めようね」
リタの質問に騎士様は存外に丁寧に優しい口調で答えてくれた。その様子から少し失礼な思いを抱きながら考える。
(子供が好きなのだろうか、それとも…私?いやいや、それは…ないよね?まぁ、要約すると魔力量が十分にあるなら使ってもいいって事かな?)
「それとね、もし魔法について独学で学ぼうとするのは遠慮してほしいんだ。独学で魔法について学ぼうとすることは、とても危険なことなんだ。わかってくれるかい?」
「…………は、い」
どうやらリタの様子から、独学で学び始めそうだと感じたのだろう。優しい口調ながら、真剣な目で釘を刺された。
リタはしぶしぶ肯いた。
◇
注意事項として、魔力持ちの子供の誘拐が起こる場合があると教えてくれた。子供は魔力が弱く魔法が使えないので、誘拐されやすい。そのため、子供だけで村の外に出さず、村の外では家族が付き添い、常に気を付けて欲しいという話で締めくくられた。
正直こんな小さな、住人がみんな顔見知りの村で誘拐など警戒する必要はないと思ったが、村の外からくる人には警戒をしないといけない。
そんな心配に少し気分が重くなった、そしてそれは両親の方が深刻だった。
「「……」」
この話を聞いたリタの両親は、リタが誘拐されるかもしれないという部分に強く反応を示していた。
だが、リタから見た場合、基本的に今の生活が大きく変わることは無いと考えていた。
教育については、お母さんが担当するため、教材の手配だけでよく、負担が少ない。
お父さんが猟師であり、働き盛りなので、現在の生活のままで問題なく生活できるだろう。
その上、僅かながら生活の支援もある。
(要するに、私が不用意に村の外や人気のない場所へ向かわなければいいんだよね?)
そして、リタの頭では誘拐される危険については重く考えても無駄だと結論が出ていた。
(結局、私はかわいいので誘拐されやすいと思うし。どちらにせよ時間の問題…だよね?)
リタはいっそ、魔力がある方が自衛をしやすいと思っている。たとえ釘を刺されようとも、リタは魔法について諦めるつもりは無かった。
今日初めて知覚した体に流れる力の正体。
それは生まれた時から自分の体に纏わりつく『もやもや』したモノ、それでいて自分以外には見えていない不思議な存在。『ふわふわさん』の周りにも集まっていたソレは『魔力』だったのだ。
リタは思いを新たに決心する。必ずやこの魔力を使いこなして、誰もが憧れる魔法師になるのだと。
◇
リタが頭の中でいろいろ考えている間にも話は進んでいき、教会での話し合いは終わってしまった。
リタは聞いていなかったが、来年以降の洗礼式では騎士様が生活についての不安や要望について相談に乗ると言ってくれた。どうやら騎士様の担当に生まれた魔力持ちはリタが初めてということで、今後の参考にしたいという事だった。
「わかりました。お手数をおかけしますが、リタをよろしくお願いします」
お父さんが、騎士様に頭を下げ、その日は解散となった。
思っていたよりも長くなった一日だったかある意味充実した一日だった。これからの事を考えると両親の雰囲気が少し暗かったが、リタは初めて明確な目標を持つことが出来たので満足している。
もし、不満な点を挙げるとするなら、今日はこのまま家に帰り、家族会議をすることになった事くらいだろう。
仕方がないけれど、本当なら今日はお父さんと一緒に村の外に出て狩りに連れて行ってくれる話になっていたのに…。
内心もやもやしながら、帰宅しそのまま家族会議が始まった。
夕食については、作り置きしていた料理を温め、お祝いのパンなどを中心に質素な夕食を食べた。
お母さんは、文字の読み書きはできるが、計算が少し苦手のため、リタに教えながら復習をすると言っていた。実際、どのくらいの教材が届くのかわからないので、家にあった石板を使い、文字の練習から始める、という事で勉強の基本方針が決まった。
話は本題の誘拐対策について。
既に村中にリタが魔力持ちである事は知られている。この村が出来てから初めての魔力持ちのため、家の外では盛大に盛り上がっていた。
以前よりリタの容姿は異彩を放っていたのが、さらに魔力を持っているとなったのだ。
現状リタが想像しているよりもその影響は大きく、すぐに村の外にも知れ渡る事だろう。その危険性を正確に想像できているのはお父さんくらいのもので、村の住人は目出度い事の様に宣伝して回っている。
そして、お父さんはリタが誘拐されるのではないかと心配し、明日から仕事に行かない、と言い出したので、お母さんと一緒に説得する羽目になったのだ。
最終的に、私が魔法を使えるようになれば、自衛することが出来ると力説し、お父さんより強くなると宣言したのだが………お父さんは翌日からさらに体を鍛えるようになった。
(過保護だ…)
リタは内心、そんなに鍛えてどうするのだ、と思ったが口に出さなかった。そんなお父さんの姿が単純に少しうれしく思えたからだ。
そして似たような存在がもう一つ、『ふわふわさん』だ。
理由はわからないけれど、ヘムロックの話が終わった時から『ふわふわさん』が体にくっ付いて離れない。言葉を交わすことは出来ないけれど、きっと心配してくれているのだと思うことにした。
◇
翌日、お父さんの同伴で初めて村の外に出た。
2人で狩猟道具を持ち、森まで歩いて行った。お父さんは、弓以外にも動物解体用の短剣やナメシタ皮の防具を着こみ厳重な装備を整えていた。
途中、野兎や野鳥を見つけることが出来たが、『ふわふわさん』以外の『ふわふわさん』を見つけることはできなかった。
今までは偶にしか姿を見せなかった『ふわふわさん』は、昨日の洗礼式以降ずっとリタの体にくっついたままだった。
その姿はまるでリタの事を心配している様でもあり、偶然の様でもある。それでもこんなに長い間一緒にいることは珍しくて、少し気になっていた。
話しかけても答えてくれないこの隣人は、結局リタ以外に見えないので自由にさせることにしていたが、気になることは気になっていた。
そもそも『ふわふわさん』とは何なのだろうか。
この生物について、リタが知っていることは少ない。
今まで、リタが困った時に気まぐれに現れては、髪飾りの糸や果物を持ってきてくれる。まだ怖いという感情を覚えるよりも早くからリタの近くにいた何か。ソレはリタが生まれた日からこの村に現れ、常にリタの傍にいる。
リタが、お母さんに「これは何?」と聞いてみたことはあるけれど、何も見えていない様だった。
おそらく人の言葉を理解しているので、『ふわふわさん』と名前を付けた。
(普通に考えたら怖いよね?)
一般的な考えで言えば怖いのだろう。今も右肩から顔を見ているソレを指で優しく触る。
(でも、やっぱり怖いとは思えないんだよね、だって………)
リタからすれば、生まれた時から一緒にいる家族なのだから。
(私の想像では、きっとこの子は私のファンなのだ。そうだといいな…)
「おーーい、大丈夫か?」
気が付けばお父さんより大分後ろの方を歩いていた。心配した様子のお父さんは「疲れていないか?」などを聞いてきてので「問題ない」と不愛想に答えた。「無理はするなよ?」と、どこか楽しそうにゆっくりと隣を歩き出した。
森の中では、お父さんが弓の使い方を教えてくれた。それでも身長や力が足りず。子供用の弓ですら扱えなかった。
お父さんは、笑いながら「これから成長すればいい」と嬉しそうに言っていた。
◇
結局その日の成果として、お父さんが捕まえた野鳥3羽とうさぎが2羽。近くの川で血抜きだけして、村に持ち帰る。
もちろんリタは1匹も捕まえる事は出来なかったが、初めて歩いた森の中は、沢山の生物にあふれていて、歩いているだけで楽しかった。
村に持ち帰った分は、ほとんどを村の住人に分け、家に持ち帰ったのは比較的小さめの野鳥を1羽分。それでも一家族で食べるには十分すぎる量だった。
家に持ち帰った野鳥は、部位ごとに切り分けた後、豪快に焼いた。自分で捕まえたわけではないのに、いつもよりおいしく感じた。
この喜びを分かち合いたくて、こっそり『ふわふわさん』の口だと思う場所に一口分与えてみた。
興味本位の行動で、どうなるのかは考えていなかったが、『ふわふわさん』は躊躇うことなく『パクっ』と一口で食べた。
まさか食べると思わなかったので、変な声が出たがごまかした。
それから数日が経ち、行商人が大きな木箱を持って来た。
領主様の騎士団から、この荷物を家に届けるように依頼されたそうだ。とても驚いたみたいだが、安定した収入になると喜んでいた。
家に届いた木箱を開けてみると、中には石板が2枚と石筆がたくさん。子供用の本が2冊、文字の読み書きの本と計算の教科書が1冊ずつ、それと手紙が入っていた。
とりあえず手紙をお母さんと読んでみると、トゥルダール騎士団のヘムロックという騎士様からだった。内容は、定期的に教科書と石筆を送る事、子供用の本は自分が子供のころに文字を覚えるのに使った本であり、これから勉強を頑張ってほしい、と。空になった木箱は、次の機会に行商人に渡せば回収すると書いてあった。
どうやら、このヘムロックという人物が教材を考えて送ってくれたようだ。とても親切な人のようだが、誰だろうか……。
リタが「ヘムロックさん?」と首をかしげていると、お母さんが洗礼式の時の騎士様だと教えてくれた。
そう、あのリタに見惚れていた(主観)騎士様だ。
洗礼式ごとに自分に会いに来ると言っていたので、きっと間違っていないだろう。うん、きっとそう。
それから、毎日お母さんに勉強を教えてもらい、ごく偶に、お父さんが村の外へ狩りに連れて行ってくれる。
『ふわふわさん』とコミュニケーション?を取ったり、好き嫌いの有無を調べたり、お母さんと料理をして家を燃やしかけたり、そんな生活が続き約4年の月日が流れた。
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