第3話 9歳編
私は9歳になった。
身長が少し伸び、ほんの少しだけ女性らしさのある丸みを帯びた始めた輪郭になった。血色の良さと陶器の様な白さを併せ持つ素肌。
伸ばし始めた銀髪は腰のあたりまであり、まだ成長途中といえるが、幼さが残るからこその可愛らしさと美しさを兼ね備えている。
(一言でいうと…今日も私は可愛い)
しかし困ったこともある。
ここ数年で起きた村の変化についてだ。
もともと、この村に住む住人の多くは他の土地から移住し、開拓してきた者たちだ。
そのため、村の人たちは移住に寛容で、親切な傾向があった。
移住する際には村長に挨拶し、住む土地をもらい、村のみんなで住居などを用意する。住居を建てる間に交流があり、その期間でこの村のルールやマナーを学び、村の一員となっていく。
この村ではよくあることだった。
しかし、この4年間でルッカ村に移住してきた人は異様に多く、とても住居や資源が賄えなくなっていった。
そして明らかにただの移住者ではないような人達が村に移り住むようになった。
それはどこかの役人の様であったり、賊のように気性の荒々しい人物であったりと様々だったが、この小さな村に移り住むにはどこか不格好で、不自然だった。
そんな彼らを村長は拒もうとしたが、何者かによって勝手に住居を与えられ住み着いてしまった。
移住者が多くなるにつれ森の開拓は進んだが、治安は急速に悪くなった。
増えた人口に対して、食料や物資が足りないからだ。
そして、私やお母さん、村の若い女性たちを嫌な目線で見る人も多くなり、実際に被害を受ける人が出始めたのだ。
ここ最近は、お父さんも村の外へ連れて行ってくれなくなって、もう村の中も安全とは言えない、と家でこぼす事がある。
直接言われた事はないが、変な移住者が増えた原因は私にあると、被害を受けた人たちから言外に伝えられた。
その度に胸が苦しかった、そして自然と家の中で過ごす時間が多くなっていった。
◇
この状況を重く見た村長は一時的に移住者を受け入れない方針を示した。
そして、お父さんを代表とした自警団をつくり、違反者を厳しく取り締まったが、一向に状況は良くならなかった。
その原因は、この村を訪れた移住者はこの村のルールを守ろうとせず、自分たちのルールで生活をしているからだった。
彼らの主張はこの村の在り方とは反していた。
今まで住んでいた場所では、森の植物は取った人の物であり、畑の作物は均等に配られるものだから、自分たちの分をもらっていった。
女性への被害は、同じ村の仲間として仲良くしようとしただけで悪意はない、と言う。
そして、この村の規則にそった生活を送るつもりはなく、こちら側のルールを変えるように求めてきた。
移住者の態度や問題の数々から村の住人との溝は深まっていった。
しばらくすると、移住者達は自らの集団から新たに村長選び、村の自治権を主張し始めた。
争いに発展しかけたが、この小さな村で争うことの危険さから、賛同してくれる人が多く集まらなかった。だが、食料や水、資材の取り合いから、小さな衝突は日常的に起こるようになっていた。
そうして9歳の夏。
洗礼式のため村に訪れた騎士・ヘムロックに現在の村の状況を相談する事になった。
本来であれば、小さな村の雑事に騎士団の騎士様に相談するなど恐れ多い事らしいが、長年の交流と私の身に危険が迫るかもしれないという理由から一度だけ話をすることが決まった。
ヘムロックが教会に到着した頃を見計らい、声をかけた。
突然話しかけられたヘムロックは幾ばくか動揺した様子だったが、あっさりと教会の控室で時間もらえることになった。
今回の相談会は、私と村長と自警団の代表のお父さんが参加した。
ヘムロックという人物は、お人好しで親身になってくれる人物なのだが、そう思っているのは私だけのようで、間違っても本人に言っていけないよ、と注意された。
そして相談会が始まり、この村の現状をヘムロックに相談してみた。
しかし、あまり反応が良くない。
個人的には手を貸したいが、騎士団の一員として村人同士の行政に介入する事が出来ない。だが、魔力持ちの私に被害が出るのはよろしくない。とそんな具合でいろいろと考えてくれた。
ヘムロックは逡巡した後、言葉を選ぶように話し出した。
「正直、魔力持ちのリタさんだけならすぐに村から引き取ることは出来ます。そして、その家族も無理を通せば保護できるでしょう。しかし村の人たちまでは助けられません」
今のヘムロックに出来る最大限はそれくらいだった。
そして悩んだ末の代替案として、自警団の訓練方法の見直し。お父さんに自分の予備の剣を、私に革の鞘に入った短剣を渡すと言ってくれた。
ヘムロックはそれ以上の助力は出来ないというが、その提案は身銭を切る様な判断だという事に気が付いた。
騎士団の騎士が持つ予備の剣や短剣は、決して安いものではない。
安物の剣と打ち合えば相手の剣ごと叩き切れる様な代物で、この村にあるどんな刃物よりも優れた物だろう。
それに護身用に渡してくれた短剣も厚みがあり、丈夫。しかも私が持つならば長さもちょうどよかった。
そして自警団の訓練方法や備えについての助言も、お父さんはとても真剣に聞き、質問を繰り返していた。そしてヘムロックも丁寧に何度も説明をした。
内容は難しかったが、実際に運用しているお父さんにとっては、とても有意義な物だったのだろう。
初めてお父さんをかっこいいと思いました。うん。初めて。
ヘムロックは今できる最大限の助言をしてくれた。
相談会が終わる頃にはすっかりと雰囲気は和やかなものとなり、ヘムロックという人物について警戒が解けたようだった。
そろそろ解散し帰路に就こうという時、ヘムロックが声をかけてきた。
何事かと話を聞きに行くと、先ほど渡した短剣の鞘の底に仕掛けがあり、金貨が1枚仕込んであるそうだ。
一瞬、金貨を回収しようとしているのかと思い見損なったが、話を聞くと金貨を含めてくれるのだという。
本当に困った時にその金貨を使いなさい、って伝えたかったらしい。
そして、その年の洗礼式も無事に終わり、結局魔力持ちは私だけだったようだ。
ヘムロックは、また様子を見に村に来るとあいさつして帰っていった。
◇
夏の洗礼式の後、収穫などもあり一時騒ぎは収まったが、秋も終わりに近づき始めたころには、また移住者の集落が騒がしくなってきていた。
人口の増加に住居の建築が間に合っていない、簡易の物置などを住居にしていた住民達が冷たくなった気温に耐えられなくなってきたのだろう。
ただでさえ資材が足りていない状況なのに人口ばかり増えた村には秩序がなく、淀んだ空気が立ち込めていた。
そう、村の自治機能が破綻し始めたのだ。
その影響は村の住人にも強く表れ、村長やお父さんの表情も最近は特に厳しいものとなった。
しかし、簡単に解決策があるような問題ではない、大きな事件が起こらないことを祈り、冬に備えるしかなかった。
さらに数日が経った。
もらった短剣に慣れようと、短剣を包丁の代わりに使い料理をすることにした。
そんな姿を見かけたお父さんは慌てて止めに来た。
なんでも包丁と短剣では切れ方が違うらしい、思っていた通りに刃が進まないとか? 片刃だから、などと言っていた。
もちろん不慣れな短剣を使うなら手を深く切ってしまうかもしれない。けれど覚悟の上だった。それは別に自分が刃物で手を切るのが怖くないというわけじゃない。
ただ怪我をすれば『ふわふわさん』が現れて傷を治してくれるのが分かっているからだ。
怪我をしても直ぐに治る、しかし痛いものは痛い。
しかし継続した痛みを感じたことの無い私にとって、痛みとは短い時間しか感じることの出来ない特別な感覚であり、生物なら自然と学習する痛みに対する忌避感を持ち合わせていなかった。
(う~ん、家の包丁より切れ味もいいし丈夫だから包丁にちょうどいいと思ったのに……)
もちろんそんな事情を知らないお父さんは、こまめに包丁を研ぎ。私が短剣を使い怪我をする未来を防ごうとするべく、家の台所事情が少し改善された。
しかしながら、短剣を持っていても使えなければ意味がない、というのはお父さんも考えていたことの様で、以前から日常的に教えてくれていた護身術に、短剣の模擬刀を使った訓練も始まった。
短剣を模した木製の短剣を作り、相手の不意を突いて相手の足などを刺す訓練など、案外実用的な部分を重点的に教えてくれた。
正直、人を相手に刃物を振るうのは怖い、苦手だ。
でもいざという時に何もできないのでは短剣をくれたヘムロックに申し訳ない。
練習だけでもしっかりしなければ………と心を鬼にする。
「ぐはっ!」
そうして今日もお父さんのお腹に木製の短剣を突き刺した。
ここ数年の勉強の成果として、私は文字の読み書きと計算ができるようになった。
定期的に送られてくる教材も、既に難しい歴史の本や最近話題の英雄譚など子供向けの本ではなくなっていた。
きっと難しい歴史の本が本来の教材で、英雄譚や物語などの本はヘムロックからの物だと思う。
家の中で過ごす時間が増えたことを知った彼なりの配慮だろう。正直すごくありがたかった。
そして肝心の魔法について。
4年前の洗礼式以降私の体にくっついた『ふわふわさん』はあれから一度も離れていない。
姿は偶にしか見せないが、目を閉じて感覚を鋭くすると『ふわふわさん』が体内にいるのが分かる。どういう意図があって自分の体内にいるのかわからないが、住み着いていた。
(そんなにも居心地がいいのかな……?)
いつかコミュニケーションが実を結んだら聞いてみたい。
この子はいったい何を考えているのか長年の謎だった。
まぁ、呼んだら出てきてくれるようにお願いして、顔を見せてくれるようになったので、これも関係性の進歩といえるだろう。
『ふわふわさん』の食事は、食べ物や料理なら基本なんでも食べる、あと私の魔力もよく食べた。
洗礼式の水晶玉に魔力を流すように『ふわふわさん』に魔力を流したら嬉しそうに吸い取るので、それ以降定期的に与えている。
大きさなどに変化はないが、感じる存在感は少しずつ大きくなっている気がする。
来年の洗礼式が終わったら、魔法師の教師が来てくれる予定なのでそこで詳しく聞いてみるつもりだ。もしかしたら、正式名称があるかもしれないし。ずっと謎だったこの子についてわかるかも…と淡い期待も抱いていた。
最近は勉強がひと段落ついたので、家で料理の練習をしながら過ごしている。
偶にお父さんが大きな鹿や猪の肉を持ち帰るので冬場用の燻製肉を作ったり、塩を塗り込み漬ける塩漬け肉を作ったりなど、保存性と味を追求することも意外と楽しい。
毎日夕食を作り、調味料などの工夫を重ねるうちに手際もよくなり、お母さんよりも料理が上手になった。
そして、この村の何気ない日常はこれからも続いていくものだと思っていた。そんなはずないのにね。
移住者との問題は、時間をかけてゆっくりと改善されていくと楽観視していた。
だから想像もしていなかった。
世の中には、自身の利益のために他人を顧みない、厭わない人間がいるのだと言う事。
この村は偶然によって滅んだわけじゃないのだから。
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