第14話




 少女と初めて顔を合わせてから1月半ほどが経っていた。

 人付き合いが苦手なわたしに任された役目を、わたしは上手くこなせているだろうか。



 ベッドに並んで座り、町で購入した茶葉から淹れた紅茶を口に含み一息をついたとき。ふと、思った。


 ……いや、上手く出来ているはずがない。

与えられたその役割すら、たった今放棄し、危険から遠ざけなければならない少女に自身が知っている全てを話してしまったのだから。



 わたしは……何をしているのだろう?







 フランから情報聞いたリタは拍子抜けしつつも、良かったと安堵のため息をついた

 何もわからない、という不安しか残らないような現状を知ったはずなのに、その心は澄み切っている。


 ———あぁ、イトラにお願いしたくてよかった……。


 心底そう思う。

 少し温度の冷えた紅茶に口をつけ、お菓子をつまむ。

 気になる事はたくさんある、けれど騎士団ですら情報を持っていないのなら、私を狙うことを諦めた可能性もある。

 騎士団の騎士やミレーヌさんにダルフさん、トムじいが守っているのを知って、諦めた。なんて十分あり得ることのはずだ。

 町の治安が悪化しているように感じたのも、神経質になっていただけで。いつもと変わらない光景だったのかも?


 脳内で情報を整理して、今後の方針を決めた。

 重く悩んでいた事が解決したような、気分が晴れるような気持だった。


「……そういえばリタさん? 今朝使っていた魔法について聞きたいんですけ、いいですか? 朝は有耶無耶にされてしまいましたし……」


 フランがそんな質問をするまでは……。


 この質問の困ったところは、1度煙に巻いてしまっていて2度目は通用しなさそうなところ。

 そして、たった今この町についてフランが知っている情報を聞いてしまったばかり。断りにくい雰囲気が出来上がってしまっている事。


 さて、どうしよう。


「……ええっと、ね」

「私、こう思っているんです。『答えられない、教えられないことかもしれない。それでも私は知りたいのです。だから、リタさんが知っていることを。私に教えてくれませんか?』って、リタさんはどう思いますか?」


 ついさっき、フランに向けて言った言葉。それに少しアレンジを加えた言葉が放たれる。

 その時の心境的に仕方がなかったとはいえ、改めて口に出されると赤面してしまうほど恥ずかしい。


 めずらしくフランはご満悦で、自然な笑顔を浮かべていた。

 当然、私は白旗を上げるしかなく……。


(………イトラ~、どうしよう)

(まったく、自業自得じゃないかしら。気が抜けてるからこうなるのよ)

(ねぇイトラ、フランには話してあげたい。ダメ……かな?)


 フランは私のことを信じて話してくれた。だから私もそれに応えたい。

 でもそれは、私1人だけで決めていいことじゃない。イトラがダメって言ったなら、しょうがない。

 つまり、そう、私のわがままだから。


 そう思ってダメ元で聞いてみたお願いだったけど。


(別に構わないわよ?)

(え、いいんだ? てっきりダメだと思った)

(ただし、条件が2つあるわ)

(うん? どんなの?)


 イトラが条件付きでも許してくれるとは思わなくて、どんな条件が付くのか気になった。


(そう難しいことじゃないわ。1つ目は、私の名前を教えないこと、そして知られないこと。もう1つは、教えたことを口外しないようにすること)


 つまり。聖術については教えてもいいけれど、イトラの名前は秘密。

そして、フランに秘密にするようにお願いすること?


(イトラの名前だけ秘密? 確かに聖術について話す時イトラのことを話せないと説明が難しいけど、名前さえ隠せば話してもいいってこと?)

(えぇ、その認識で構わないわ)


 随分と緩い条件だった。

 てっきりもっと重たい条件が付くと思ってた。


(…本当にそれだけ?)

(えぇ、それだけでいいわ)

(…………もしもその条件を守れなかったら?)

(そうね、特に考えていなかったけれど。じゃあ、私のお願いを一つ叶えるっていうのでどうかしら?)

(例えば?)

(…そうね、たとえば『1度だけ無条件に私の言ったことを信じる』とかね)

(うん、わかった)


そんなことお願いされなくたって、私はイトラの事を信じてるから、なんの問題もない。






 リタさんはまた虚空を見つめ、ぼうっとしている。

 いや、ぼうっとして、というのは間違いかもしれない。彼女の表情は微かに変化し、いつも楽しそうに笑っているように見える。

まるで誰かとの会話をしているかのように。


 彼女が長時間この状態になるのに、規則性があると発見したのはいつ頃だろう。


 彼女は困ったことや分からないことに直面した時、虚空を見つめることが多い。

 初めは考え事をする時のクセの様なものだと思っていた。しかし長い間共に過ごせば気が付くこともある。


 ───これはそういうものではないと。


 そう確信したとき、心配でカルナさんに相談した。

 それは彼女も心当たりがあったのか、すぐに思い至った様子で。

 しかし私との違いは、その事を心配をしていなかったこと。



 リタさんのこの行動は、カルナさんの知る限りリードルの町に着いてからの事らしかった。

 つまり、村での悲惨な事件から逃れ、この町にたどり着いた頃。

 リタさんたち親子は、大切な人や住処を失い、強いストレスの中にあったはずだ。

 実際、私やヘムロックさん達騎士団の方々が来るまでの間は、厳しい心境だったとカルナさんも語っている。


 ———じゃあ、どうして心配していないのですか?


 そう聞いた私に、カルナさんは答えた。


 ———暗い表情が多くなったリタが、その時嬉しそうに笑ったから、と。



 その笑顔を見て、リタさんに訪れた変化は決して悪いものではない。

そうカルナさんは直感したらしい。

 リタさんは次第に以前の様な明るい姿を見せるようになり、現在の姿に成長したのだ。

 きっとそれは親子という最も親しい関係でなければ判別できない様なものなのだろう。


 だから、私もその判断を信じることにした。


 それから虚空を見つめるリタさんを見かけても、深く気にせずに戻ってくるまで見守るようにしている。

 話しかけても聞こえていないのは問題かもしれないけど、嬉しそうに笑う彼女の笑顔が戻ったのなら、それはきっと……些細な問題でしかないのだから。



 リタさんの顔を見ていると、左手が自然と動いた。

 特に考えることなく、その手を優しく彼女の頬に。


 普段、彼女に振り回される身としては、偶には触れ合ってみたくなった。

そう、ただの気まぐれだった。

 虚空を見つめる彼女は、この程度では意識を戻さない。


 いつもなら気軽に触れることのない彼女の顔は、見惚れるほど綺麗だった。しかし友達として見るのなら、もう少しふくよかさがあった方が健康的かも? なんて考えてしまう。


 いつにもなく長い間放置され、飽きてしまったのかもしれない。

 だから、思考は脈絡のないおかしなことも考える。


(もしかしたら今、頭の中の誰かと、あの魔法について教えてもいいか話し合っているのかな?)


 そんなイメージが頭をよぎる。

 なぜなら、あの魔法について教えてほしいと言った途端、“困った様な顔”をして虚空を見つめてしまったのだから。


 どんな答えが返ってくるのだろう。なんて考えながら、フランはもう少し待つことにした。左手はそえるだけ、摘まむわけでも撫でるわけでもない。ただ彼女の頬が、自分の体温と交わるように。









(うん、わかった。でもそんなお願いしなくたってイトラのこと信じるよ?)

(そう)



 私はイトラに頼ってばかり。

 だから、もしイトラがそれを願ったのなら、お願いされなくたって叶えてあげたいと思ってる。

 そんな気持ちを込めて、イトラに少しでも伝わればいいな。


(あなたが、そう決めたのなら構わないわ)


 イトラがどんな心境でこんなお願いをしたのかはわからない。

 その声に、微かな動揺が滲んでいることにも気が付かない。


 ———今は、何も気が付かないままでいい。







 フランに視線を向ければ、視界は横に。

 いつの間にか体は倒され、フランに膝枕されていた。

 そして、優しく髪を梳かれている。


 …なぜ???



 横になったまま向きを変え、上を向く。


「……あ、リタさん」


 視線が合う。

 肌に触れていた手が力なく下され行き場を無くす。


 これほど正面から堂々と触れておきながら、目が合った途端に気まずそうに隠そうとする。

 まさか気が付いていないとでも?


(あなた、全然気が付いていなかったじゃない)


 ………そうだけど。


「…随分と悩んでいるみたいでしたけど、大丈夫ですか?」


 フランの申し訳なさそうな声を聞いて、私が何をしようとしていたのか思い出した。

 そのためにはまず、しっかり口止めをするところから。


「フラン、聞いてほしいことがあるの、聞いてくれる?」


 こうしてリタは、1人の協力者を仲間にした。








「……そんなにたくさん秘密があったんですか」


 フランは少し呆れたように一言漏らす。


 話せる範囲ですべて話したと思う。

 質問は後でまとめて答えると言って、今まで言えなかった事や言わなかったこと。いろいろと。

 その間フランは静かに、それでいて表情は豊かに、聞き届けてくれた。


 魔力が見える事を伝えた時や、自分にしか聞こえない声で話す“魔法の先生”のことを伝えた時の、半信半疑と心配を混ぜ合わせたような表情は、真剣に話を聞いてくれた証だと思っておく。


「うん、あとは実際に見せるくらいかな?」


 聖術の発動がわかりやすいように手をかざし、ティーポットに残った紅茶を温めなおす。

 味や風味は落ちてしまうが、ぬるくなった紅茶を沸騰させた。

 紅茶は熱い方が好みなので。


「こんな感じなんだけど…………どう?」

「……本当に詠唱や刻印を必要としないんですね」


 しみじみと観察し、フランが呟いた。

 その声に含まれた感情は、複雑なものが含まれているように感じた。


(…あぁ、そっか)


 フランから見れば、ただ手をかざしただけで魔法が発動しているように見えたはずだ。

 もしそうなら、その異常性と実用性を魔法師ならだれもが理解するだろう。


 実際には、空中に複雑な構成を組み、そこに魔力を満たす。という段階を踏むことで、初めて聖術は魔法として成立する。

 しかし、その工程を見ることができないフランからすれば、羨望の。そして労力と結果のつり合いが取れていない、言い換えるなら破綻している魔法として映ることだろう。


「うん、詠唱とか刻印は必要としない。代わりに魔法を発動させる毎に、その構成を作らないといけない。構成を雑に作ると魔法が正しく成立しなかったり、必要な魔力が多くなったりして安定性がなくなっちゃうの」

「……今の魔法は、どのくらい魔力を消費したんですか?」


 どのくらい……かぁ。


「中級の呪文魔法2回分くらい……かな? たぶん」

「中級……案外消耗は大きいんですね」

「そこは構成の組み方しだい。今回は紅茶だけを一瞬で沸騰させて、ポットは熱くならないようにするのに魔力を使ったの。そこを簡略化すれば、たとえばポットごと時間をかけて温めればもっと少ない魔力でも魔法が使えるの」

「…つまり、魔法そのものを作る事が可能なんですか?」


 そうしてフランからの質問に次々答えていく。

 けれども夜は深くなり、真夜中といってもいい時間に。



「フラン。もう寝よっか?」

「……あ、もうこんな時間ですか」

「うん」


 我が物顔でフランのベッドで横になる、当然枕も半分以上占領する。

 今回は壁側を取り、フランに背中を向けるようにして、寝たふりで出迎える。

 あとから入ってきたフランは困ったようにしつつも、背中から包み込むように。


「おやすみなさい、リタさん」

「……うん」


 少しだけ距離が近づいたような気がした。









 朝はいつもと変わらない。1つ変わったことがあるとするなら、フランの前で聖術を隠さなくて良くなった所くらい。

 寝返りを打って暖かい腕の中から抜け出す。

 冷えた室内を魔法で温めてからフランを起こす。これが今朝の流れ。

 当然のように感じていた、誰かを起こし起こされる、というのもそれが家族以外だと存外楽しい。


「朝だよフラン、起きて」

「……ん、ん~あ、リタさんおはよう、ございます」


 昨晩は遅くまで起きていたからかフランがゆっくりと起床した。

 お揃いの寝間着を着替えれば、片方はすっかりフランの所有物になっているような気がした。けど、まぁいっか。


「こうやってお泊りするの、たのしいね」

「…そうですね、最初はすこし抵抗がありましたけど、リタさんは遠慮がなくて」

「遠慮はしてる」

「紅茶にクッキー、枕と毛布も自由にしていう言葉じゃないですよ?」

「いやだった?」

「いいえ、嫌じゃないですよ。むしろ変に気を使わなくていいので、楽かもしれません」

「うん、しってる」


 身支度がおわり扉の前に立った。


「フラン、昨日話したことは2人だけの秘密。わかった?」

「はい、秘密です。…1人で解決しようとしたらダメ、ですからね?」

「うん、わかってる」


 ———じゃあ行こう。そう言ってフランを連れて部屋を後にした。








 トムじいの店・工房


「では、フランちゃんは昨日の復習をしようか。リタちゃんは実習をしてみよう」


いつものように工房で、しかし今日は様々な道具が用意されていた。鉱物や布生地、魔石などが見て取れるように並べられている。


「これらは刻印と相性のいい素材たちだ、この中から作りたい刻印に合う物を選んで作るんだ。何か気にいるようなものはあったかい?」


トムじいに促されるまま素材を触ってみる。

特に何かある訳でもない、ただの材料のようだった。ここから魔法の道具を作れるイメージから湧かなくて、手に取ったのは布生地だった。


「…これがいいかも?」


それを手に取ったのは、今も羽織っているローブに刻印が施されていて、何となく。

それを見たトムじいは微笑んだ。


「やっぱりリタちゃんも女の子だね。服や髪飾りを作れるほうが楽しいだろう」


実際、かわいい小物とかは好きなのだ。

どこか釈然としないものを感じつつ、今回は簡単にハンカチを作ることが決まった。


「リタちゃんは刺繍なんかは得意かい?」

「うん、出来なくはない」


村にいた頃は家の中で出来ることをたくさん覚えた。その中の一つが刺繍だった。


「しっかりしているんだね。じゃあ今回は刺繍でやってみようか」


そう言ってトムじいが刺繍用の細い糸を用意した。


「この糸は魔力を通しやすいよう作られた物なんだ。普通の糸じゃあ意味がないからね」


これはトムじいの趣味なのだろう、複数の糸を吟味し選ぶ姿は老後を謳歌する老人のようだった。


「準備はいいかい? この紙に描いた形を再現するんだ。期限は特に設けないから、持って帰って宿にいる時も進めても構わないよ」


渡された紙に描かれたのは、安定や固定を意味する文字たち。

すなわちこの効果は──


「形状の硬質化」

「本当にリタちゃんは賢いね、もう少し簡単な物の方がよかったかな?」

「ううん、これで良い」


用意された布や針に糸、上質な刺繍枠。

それらを手に取って布を枠に固定した。刺繍した糸が表面で途切れなく繋がっていればいいとなことなので、特に躊躇うことなく刺繍を始める。



静かな時間。フランが自習をして、トムじいが定期的に様子を見にくる。

私は嫌いじゃないこの時間、しかしそんな時間をイトラはお気に召さなかったようで。


(何をそんなチマチマしたことをしているのよ。それにハンカチを硬くして何がしたいのかしら)


『退屈』という感情を乗せた、乗せすぎた声が脳裏に響いた。

イトラの言うことに感じることはある。今はただ懐かしむように刺繍をしているけど、この練習で身につくことは特にないのだ。


(たしかに、そうだよね。じゃあイトラだったらどんな刻印を刺繍する?)


興味本位。

彼女の考える構成は、どんな力を持つのだろう、と。独自の法則を見出した、自身の想像のつかない物。未知に対するただの興味。


その答えは、あっさりと返ってきた。


(たとえば、こんなものはどうかしら?)


瞬間、目前に浮かび上がる構成。

複数の円環、それらを繋ぐ不規則に見えて、規則的に存在する記号たち。その全てに意味を持たせる最小限の無駄のない構成。


初めてイトラの聖術を見た時のような感動が、美しさがそこにはあった。


(……すごく綺麗、だね)

(えぇ、無駄が無いものには美しさが宿るものよ)


彼女はそう言うと自慢げに、この構成の効果を説明する。


(この刻印には汎用的な力を持たせているの。『循環』『認識阻害』『形状修復』の3つの効果を再現させたわ)


そう彼女がいうと、浮かぶ構成が変化し3つの構成に別れた。

個別にすれば見やすいという配慮なのだろうけれど、まだ聖術ですら習っていない構成、それを刻印の形で再現した魔力線を見て理解できるかと言ったら、無理なのだ。


(緻密なのはわかるんだけど、解読はまだできないね)

(そのうち解るようになるわよ。それで、これでは不満かしら?)


イトラは構成を1つに戻しながら問いかけてきた。


(不満って……まさかそれを刺繍しようっていうの?)

(なによ、まさかまだハンカチを硬くするつもりなの?)


イトラに呆れたように言われると、無条件でこちらが間違っているような気がしてくる。

でもこれは課題だから、やらないといけないし。あの緻密な構成を、この小さなハンカチに刺繍できる気がしない。


(イトラ、ちょっとそれをハンカチに刺繍するのは無理かも……)


手に持っていたハンカチを広げ、イトラに見せるように持つ。

たとえ大きな布に刺繍したとしても、年単位で掛かりそうな物をこの大きさで作れる気がしなかった。


(それもそうね。それに素体がただの布切れっていうのも、あまり効率的じゃないわ)


イトラは少し考えるようにして、唐突に言う。


(じゃああの寝衣に刺繍すればいいじゃない。糸は持って帰れるのでしょう? それに刺繍するよりずっといい経験になるわ)


イトラの言うことは最もで、正しい事を言っているように見えるけど、少し違和感? 何か別の目的があるように感じられた。

でもその正体がわからない。


(別にそれは良いんだけど……イトラ、何か隠し事してない?)

(してないわよ?)


少し硬い声質に聞こえた。

微かな違和感が拭えなくて、追求しようとしたけど。それは耳元から囁かれた声に中断された。


「リタさん、大丈夫ですか? 体調が悪かったりしませんか?」


長い間手を止めていたから心配させてしまったようだ。私に配慮して小さな声で話しかけるフランに返事をしながら、イトラに言う。


(寝間着に刺繍するの、手伝ってよね?)

(えぇ、かまわないわよ)


そう答える声は、少し嬉しそうに聞こえた。







その日はそのまま刺繍をしたり、フランに構成の意味を覚えるコツを教えたりして過ごした。

結局イトラが何を思ったのかわからないまま、トムじいの店を後にする。


刺繍道具は好きな物を持っていっていいと言うので、追加で糸を何色か貰ってきた。ハンカチの刺繍は半分は程終わり、明日中には完成することだろう。


「リタちゃん、時間はあるんだからゆっくりやりなさい。夜はきちんと休むんだよ」

「わかった、そうする」


心配するようなトムじいに挨拶して帰る。

今日だけでも沢山の物を貰った、私はこれから先、トムじいに何かを返すことはできるのかな。


「いつか、2人で返せばいいんですよ。1人で返そうとしたらダメ、ですからね?」


隣を歩くフランが、なんとなしに口にする。おかしいな、言葉にしてないのに。


「なんとなくですけどね、リタさんがそんな事を考えている気がして。間違ってました?」

「ううん、合ってる」


良かったです、そう言って笑うフランは、いつもより柔らかい笑顔だった。







(ちょっとイトラ!?)

(刺繍したことないなら、言ってくれれば……)

(いやいや、やめてほしいなんて言ってないよ。ただ…その、自信ありそうだったから少し驚いただけ)

(いやいや、待って待って待って、何その太いの。針? え…本当に針? )


(えーっとね、イトラ。針はこのくらい細くないと布に大きな穴が開くんだよ? 見て、ほら向かう側が…)




(…でも意外。イトラが刺繍に興味持つなんて)

(ううん、嬉しいかも。イトラと一緒に何か作るのって初めてな気がするし)

(これから練習すればすぐに上手くなれるよ。ここのまっすぐな所お願いね)



(じゃあ、今日はここまでにしよう。イトラだって寝ないと明日ずっと寝ちゃうじゃない?)

(ほら、毎日少しずつ進めていくのも刺繍の楽しみ方だよ?)

(おやすみイトラ、また明日)










































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