第13話
結局、フランから何も聞きだすことが出来なかった。
でも後悔はしていない。もっと大切なことを知れたのだから。
目が覚めれば当然のように朝になっていて、室内に入り込む冷気が毛布の中と外を明確に分かる。
その境界を曖昧にするべく、冷めた空気を温めることにした。
横になったまま手を掲げて構成を組み、干渉する。
ここまでが朝起きてからのルーティン。
ふぅ、と一息ついて輾転と寝返りすると。
「あっ……」
(おバカ)
“目が合った”。
「…おはよう、フラン。いい朝だね」
「はい、おはようございます。…ところで今、呪文……詠唱しませんでしたよね?」
「……んー」
魔法に興味津々なフランを何とか誤魔化して、起床する。
正確には誤魔化されてくれた、と言うのが正しい。彼女は冷たい空気とは違い、境界を曖昧にすることを好むのだった。
話題を変えるため、彼女の意識はお揃いの寝間着へと向いた。
「…そういえばこの服とても着心地がよかったです。ありがとうございました、綺麗にして返しますね」
「あ、うん」
フランがそう言って脱いだ妖精布の服を畳む。
それを見て思い出した、その服をフランに着せることになったきっかけを。
(イトラ、そういえば今日の夜もフランにあの服を着せないといけないんだよね? ほら、昨日結局寝ちゃったから……)
(いいえ、もういいわ。面倒だから、直接聞いて教えてくれなかったら魔法で吐かせましょう)
(ええぇ? 大丈夫なの、後遺症とか……)
(少しの間記憶が曖昧になるくらいで、問題ないわ)
(わかった。なら、そうしよう)
イトラの言葉に相槌を打ち、感嘆。
まぁ、それはそれとして。
「ねぇフラン。その服、これからも着てみたくない?」
お揃いというのは良いものだ。
◇
食堂に降りて朝食を3人で食べた。
フィルは昨日の事なんて無かったかのように自然体で、見ているだけで癒される可愛い笑顔で挨拶していた。
聞きたいことはいくつもあったけど、今度時間が合った時まで後回しにする。決して怖がってなんかいない。
そして、そのままトムじいの店に向かった。
「「「おはようございます」」」
「ああ、おはよう。今日もよろしく頼むよ」
そのまま店内へ入る。
護衛のヘムロック達が一言いって戻ろうとしたところに声がかかる。
「すまない、ヘムロックくんとエドくんは少し時間を貰えるかな。2階の突き当りの部屋で待機してほしい」
「「はっ、承知しました」」
珍しいことだった。
今までトムじいが彼らを呼び止めた事はなかったはずだ。何かあったのだろうか?
それに。
「……あの、私は大丈夫なんですか?」
関係者なら、フランが呼ばれないのもおかしい気がする。
「あぁ、フランちゃんはリタちゃんと一緒に工房で復習を頼むよ。準備ができたら向かうからね」
「はい、わかりました」
「…ん」
お母さんはもはや慣れた様子でカウンターへ向かい開店の準備を始めていた。
なので私たちも工房へ。
「ねぇフラン。呼ばれない事ってたまにあるの? 騎士団の人だけ、とか?」
「…いえ、なかったと思います。基本的に声をかけてくださいましたから……」
「少し気になるよね、何かあったのかな?」
「きっと宿に戻ったら共有してくれると思うので、今は魔法の復習をしましょうか」
フランと復習していると、案外すぐにトムじいはやってきた。
少し気になるのでさりげなく聞いてみた。
「トムじいさん、ヘムロックさん達と何を話していたの?」
てっきり秘密にして教えてくれないかと思っていたが、トムじいは顎に手を当て言葉を選ぶようにして話し出した。
「そうだね、リタちゃんも、もしかしたら会ってしまうかもしれないから先に教えてしまおうか」
…会ってしまう?
「実はね、リタちゃんを守るために、この町に僕の知人のご子女が来ているんだ。ただ少し恥ずかしがり屋でね。陰ながらこっそりと守るつもりみたいなんだ。だからヘムロックくん達が困らないように伝えておく必要があったんだよ」
10歳の女の子(私)を陰ながら守る? 不審者なのでは??
フランに目配せすると、困ったように苦笑いしていた。
どうやら私と同じ気持ちなのかもしれない。
唯一安心できるのは、ご子女であることだけだった。もしご子息だったら、イトラに相談してしまうところだった。
それでも一つ心配なことがあるとすれば。
「…そのご令嬢に、身の危険はないのですか?」
私を守りに来て、被害にあってしまったら可哀そうだ。トムじいの友達のご子女なら、できれば無事であってほしい。
「ほっほっほ。いやいや、申し訳ない。彼女の実力なら問題ないと断言しよう」
トムじいが失笑した。
珍しいこともあるものだ。
そして、フランを呼ばなかったのは、私と常に行動を共にしているから会う可能性が低いだろうと判断したとフランのことをサポートした。
まさか騎士団の騎士にしか話せないような秘密があるわけでもあるまいに。
弛緩した雰囲気を打ち消すように、うぉっほん、とトムじいが咳払いして場を整えた。
「では始めようか。今日からは『刻印』魔法の勉強に入る。前にも説明したと思うが、刻印魔法は魔力を流すだけで発動する代わりに、刻印が手元になければ使えない、という欠点がある魔法だ」
ここまではいいかね? と確認を取られたので、フランと一緒に頷く。
「そして刻印とは言ってしまえば魔力が流れる素材で描いてしまえば、何に描いてもいいんだ。たとえば、魔石の粉末などの魔力が流れやすい物を持っているなら、扉や窓など、一般的なものから、服や地面でもなんにでも魔法を仕込むことができる。身の回りの物すべてが魔法の道具へと変わるんだ」
…たしかに興味深い。
今聞いただけでも、魔力持ちにしか開けられない扉や窓。服に仕込めば咄嗟に壁を作り防御する魔法。地面なら、罠として使うこともできる。
おそらく主流な使い方はそういったものになるだろう。
これは使い方次第でいくらでも“化ける”魔法だ。
「そして、君たちに覚えてほしいのは、刻印に使われる特別な文字や記号だ。それらを覚え、組み合わせるだけで刻印魔法というのは組み上げることができるんだ」
そしてトムじいは様々な形の文字や記号を板書し始めた。
日常的に使わない変な形をした文字・記号の羅列にフランは目を輝かせながら書き取っている。
しかし私の目に映るソレは、“既に使い慣れた、馴染み深い言語”で。
(イトラ、これって……)
そう、『聖術』を構成する言語と同一の言語だった。
イトラに質問しようとした瞬間気がつき喫驚する。
体内にあった彼女の魔力が、乱れ、吹き荒れていた。
そしてその激情を注ぎ込んだような音が中から響いた。
(…忌々しい。人間ごときが、彼女を、模倣していたなんて)
今まで聞いたことがない、怒りと怨嗟を散りばめた声。
聞く者全てを震え上がらせる声が、「やはり滅ぼしておくべきだった」と後悔や懺悔をするように囁いた。
そこに込められた感情、執着は今までイトラから感じたことのない強さで。私の言葉では到底納められないのだと、本能的に理解させられた。
わずかに感じた胸の痛みを考えないようにしながら祈る。
どうか刻印魔法の授業が終わるまで、この町が平和でありますように……。
◇
イトラは先ほどの感情の吐露に何かを思ったのか静かになった。眠ったのかもしれない。
そのため覚悟をしていたよりずっとすんなりと授業を受けることができた。
トムじいが板書した文字・記号の一覧は、私が知っているより、かなり少ないので、もしかしたら、まだ未発見なのかもしれない。
そして刻印の性質上、完成形は平面である。
つまり平面で動作する様に、聖術と比べ制限が多い中、様々な工夫によって魔法を発動させている。
……逆に立体的でないからこそ、手探りで発展させられたのかもしれない。なんて考える。
教えてくれる存在がいない中で、聖術を1から構成出来る者がいたら、それは天才ですらない、恐ろしい何かだ。
文字・記号の意味も、イトラから習う内容と差異があったり、意味の解釈が似ているが異なっていたり、なんて物が多々あることに気がつく。
もしこれを指摘してトムじいに教えたら、今度こそイトラが暴走しそうなので、黙っている。
それにしても、『彼女』って誰のことだったんだろう?
イトラの怒り方からして、大切な人? でも、たぶん人間族ではなかったんだろうな。
なんて、つい授業内容が簡単だと思考が脱線してしまう。
意味を覚えるところを飛ばして、実際の組み方についてなら独特な工夫があって新鮮そうなんだけど……。
「おや、リタちゃん。もう覚えたのかい? ここのニュアンスが少し間違っているところがあるが、十分合格だろう。よくがんばっているね」
「………えぇ!? リタさん、覚えるの早すぎです…」
「あはは……」
トムじい、やめて!?
ニュアンスが間違っているって言った瞬間、魔力が乱れたから! 何かしようとして、咄嗟に抑えた感じだから!
(ねぇ、あなた?)
あ………怒ってる。
(どうしたの?)
(やっぱり、人間———)
(だめだよ?)
(…じゃあ、このじじぃ———)
(やめて……?)
どうしよう……やっぱり持つ気がしない。
◇
初日の授業は、程よいところで終了した。
終始イトラが刻印のダメ出しをして、修正した物を作り上げていたので、とても参考になった。
そこで分かったことは、刻印にも複数の法則があって、同じ結果をもたらす構成であっても組み方は無数にある、ということだった。
特にイトラは、刻印の法則をいくつも発見し、より効率よく、低魔力で欲しい結果を実現させていた。
彼女はつまらなそうに「まるでパズルのように簡単だった」と冷めた声で言った。
今日初めて知ったはずの刻印という人族の技術は、既にイトラの方が詳しくなっており「人間が教えるくらいなら、私が教えるわ」なんて言っている。
きっとイトラには思うところがあるのだ。この『刻印』という物に対して。
「それでは今日もご苦労だったね。明日の勉強は、フランちゃんは今日の続きで意味を覚えるところから。リタちゃんは実際に刻印魔法の媒体を作ってみようか」
「……ん」
「…はい、頑張って覚えるので、リタさんも早く終わったら私に教えてくださいね?」
「…ん」
「では、迎え呼びますので少し待っていてください」
「ん」
少し待つと、ヘムロック達が来た。
「お待たせしました、それでは宿へ向かいましょう」
「…はい、宜しくお願いします」
フランがいつものように丁寧にお礼を言って店の外に出る。
そこで、ふと思い出す。
「そういえばヘムロックさん、変な……じゃない。新しく来たご令嬢には会った?」
ヘムロックは一瞬表情を強張らせたように見えた。
「……リタさん、その話はトムリトル殿から?」
「うん、トムじいさんから聞いた。随分と大変な人が来たんだよね?」
「……なるほど、であれば話しても問題ないでしょう。フランも同じ話を聞いたって事でいいんですよね?」
「……は、はい! リタさんと一緒に…」
慎重に確認しているけど、そんな重要な話だったかな?
「そうですね、件のご令嬢とはまだ面識はないです。もしかしたら顔を合わせる機会は無いのかもしれません。リストレア家の者であれば姿を見せる事すら嫌うのではないかと」
聞いたことのない家名が出てきて驚いた。フランを見ても首をかしげているので、知らないのだろう。
とりあえず。
(イトラ、リストリア家ってしらない?)
(……わたしが人間の名前を、いちいち憶えていると思っているのかしら?)
(そっかー)
まだ少し機嫌の悪いイトラは置いておいて、もう素直にヘムロックに聞いてしまおう。
「リストリア家の人は姿を見られるのが嫌いなの?」
「えぇ、国の暗部として、名前だけ囁かれる家系ですから———って、リタさん、もしかしてトムリトル殿から説明されていないんですか!?」
「え? 聞いたよ、陰ながら見守ってくる変なご令嬢が来たから気にしないようにって」
「……それだけですか?」
「うん、大体は。リストリア家については初めて聞いた」
それを聞いたヘムロックは急に血色が悪くなり、冷や汗を流し始める。
「リタさん、フラン。どうか私が発言したことは、他言無用でお願いします」
「はぁ、わかりましたけど、聞いてしまったことは忘れられませんよ?」
「……頑張って忘れます」
「お願いします! リタさん!」
「わかりました。短剣をくれたり、親切にしてくれたりしたので、黙っています」
「ありがとうございます!」
「ところで、甘いもの食べたくないですか?」
「ええ、用意します!」
うーん。暗部、リストリア家。
どうしてそんな人物がわざわざ私のところへ?
そしてトムじいには暗部の家系に知人がいる、と。
これから先、面倒なことにならなければいいけど。
楽しい会話をしているうちに宿に着いた。
「ヘムロックさん、ありがとうございます」
「では自分はここで失礼しますね。部屋にはおりますから、もし外出する場合は———」
いつもの注意文句を聞き流して、頷く。護衛の仕事は大変だね。
そして、フランに目配せする。今日もフランの部屋に泊まるのだ。一応断らなければ。
あとは……今日こそ、フィルにバレないようにしないと……。
「じゃあフラン、また夜部屋に向かうから眠らないで起きていてね?」
「…え? 本当に今日も泊まるんですか……? 聞きたいこと、本当にあるんですよね?」
「うん、あるよ。だから秘密ね? 誰にも話しちゃだめだよ? ほら、約束」
軽い調子でしっかりと念を押す。ついでに指切りもする。
この国では根付いていない行為にフランは首を傾げているが、意味が伝わったのだからいいだろう。「そんなことしなくても、誰にも言いませんよ?」って困ったように笑っていた。
宿に入れば、ミレーヌさんとフィルが椅子に座って話していて、私たちをみて挨拶する。いつもの光景だ。
そのままフランとも別れ、厨房へ。
手慣れてきた下準備と盛り付け・配膳を丁寧に済ませれば、おいしい賄い飯。
部屋に戻れば、お母さんとフランが席に座って待っていて、夕食に貰った食事を広げる。
お母さんとフランは、関係も良好で、フランは良くお母さんに好いている。
これは憶測で、ただの想像だけど、フランは家族というものに強い憧れを抱いているように感じる時がある。
きっとそれはお母さんも感じていて、フランのことを本当の家族のように接しているのだ。
初めは騎士様と平民という距離のあった2人だが、楽しそうな会話を聞いていると、だいぶ昔のことのようだった。
(楽しいね、イトラ)
(……あなたが楽しいなら、いいわ)
(ねぇ、名前を呼んで?)
(……………)
(…いつか、呼んでくれる?)
(……えぇ、いつか必ず、ね)
たくさんの秘密を持っているイトラ。
けれど、約束を破ることも、噓をついたこともない。だから、心の底から言える。
(うん、楽しみにしてる)
◇
夕食が終わり、フランは先に部屋へ戻っていった。
今日も泊まりに行く許可は出ているので、今は時間が過ぎるのを待っている。
イトラと刻印魔法の媒体に刻む構成を考えていると、イトラが少し嫌そうに言った。
(一点だけ、刻印魔法にも優れている点があるわ)
……本当に嫌そうな声だった。
そうなら言わなくても良いのに、と思った。
けど、イトラが言うべき、と判断するくらいには優れているのだろう。
(この刻印という物は、物理的に聖術の構成を再現して、魔力を注げば魔法が発動するっていう単純な仕組みなのだけど。その魔力源は、自然に流れ出ている魔力でも良いという事)
あぁ、イトラが言いたいことが、なんとなくわかった。
(トムじいがくれた『妖精のローブ』も、着ているだけで存在感を薄くする程度の効果があるって言っていたよね。そういうこと?)
(えぇ。そしてそれは、構成の魔力必要量と構成の組み換えで、もっと色々な事に応用することができるわ。たとえば———)
彼女の声音は次第に、新たな魔法の活用法への興奮に変わっていた。
その聞きなれた声は、普段と比べれば少し幼く聞こえ。この素直な姿も、イトラの一面なのだと教えてくれる。
(イトラ、少し嬉しそうだよね? それに楽しそう)
私が「珍しいものを見た」と言いたげに言えば。
(……別に、そんなことないわ)
イトラはバツが悪そうに、いつもの落ち着いた態度に戻る。
まるで素の姿を見せてしまった事が恥ずかしい、と言う様だった。
「■■■、■■■■■■」
その在り方は、少しずつ、しかし着実に、自らの定めた壁を壊していく。
彼女の被らなければならない仮面には、無数の罅が入っていた。
気を引き締める。
失敗は許されない。
◇
「リタ? もう遅い時間だけど、まだ行かなくて大丈夫なの?」
イトラと勉強をしていると、お母さんの声が聞こえた。
既に時刻は遅くなり、十分に夜が更けていた。このくらい遅い時間なら問題ないだろう。
そう結論付けて、荷物を纏めた麻袋を手に立ち上がった。
「ん、じゃあ、そろそろ行ってくる」
「あまりフランちゃんに迷惑かけないようにするのよ?」
お母さんもすっかりフランと仲良くなった様子で、泊まりに行かせることに反対されることはなかった。
隣の部屋なので忘れ物を心配する必要もない。そのまま部屋を出た。
(ねぇ、イトラ。今日はフランを着替えさせる必要はある?)
(いいえ、朝決めた通りでいいでしょう。普通に聞いて、教えてくれなかったら簡単に魔法で、ね)
(…うん)
魔法で聞き出すのが簡単なら、どうして昨日はフランを着替えさせたのか……、なんて考えてしまうが、
“気にしない”。
廊下を歩いて、進む。
食堂が営業していない宿は、とても静かだった。———振り返る。
今日は、誰もいない。
扉の前に立ち、コンコン、とノックした。
室内から間の抜けたフランの声がして、扉が開く。
「こんばんは、リタさん。廊下、寒いですよね……? どうかしたんですか?」
いつもの寝間着を着たフランが、階段を見つめる私を見て、聞く。
「ううん、なんでもない。早く入れて」
「は、はい! 寒かったんですよね! どうぞ」
純粋な善意が伝わる、無防備な笑顔で招き入れられる。
私たちはこれから、この町で今起こっている事について、正直に聞いて。教えてくれなかったら、無理やりにでも聞き出す計画を立てている。
私はそれを記憶に残らないからという理由で是とした。
それが終わったとき、私とフランの関係は、今のままで居られるのかな?
(その娘に記憶が残ることはないから、心配いらないわよ)
(ありがとう、イトラ)
イトラが心を読んだ様に、励ましてくれる。
でもね、そうじゃないんだ。
———わたしは、フランのことを対等な存在(ともだち)として思っていられるのかな?
◇
「…それで、相談ってなんですか?」
フランのベッドに腰掛け、部屋で見つけたクッキーを強請り、いい香りのお茶を淹れてもらった。
適温に保たれた室内に、2人分のお茶とクッキー。
「フラン、ミルクない?」
「……あると思いますか?」
新鮮な乳は存外に希少性が高い。
本で読んだ優雅なティータイムは、少しハードルが高いみたいだった。
お茶を飲み、一息つく。
冗談はこのくらいにして、本題に入ることにした。雰囲気を切り替え、まっすぐにフランを見つめた。
「フラン、聞きたいことがあるの」
「…はい、なんですか?」
柔らかな空間が、緊張をはらむ。
「この町で、何が起こっているの? 私は今も狙われているの?」
目を逸らさないで言い切る。
ひと月前、私についての噂の出所を調べていた騎士が数名、消息不明になった。
しかし、それだけの戦力があるのに襲撃されることはなかった。
それでも知らなければならない。
これ以上犠牲を増やさないために。
「答えられない、教えられない事かもしれない。それでも私は知らないといけないの。だから、フランが知っていることを、私に教えて」
これでダメなら、どうしようか。
イトラに頼ることになる、のかな。そしたらフランとの関係は、変わってしまうのかな。
……それは、いやだ。
それでも、この町に住む人達が危険にさらされる事態は、避けないといけないから。
「……リタさん、それは私が教えられることでは———」
「お願いフラン。フランが知っていることだけでいいの。手がかりさえあれば———あとは私が何とかする」
フランの口は堅い。
それはわかりきっていたことだ。
このままなら、彼女は何も話してくれない。
(私がさっさと吐かせてもいいわよ?)
(ううん、もう少し任せて)
「ねぇ、フラン———」
「1人で背負うのはダメです。何かあったときに、私を同行させるのなら……話します」
———リタさんに任せたら大変なことになりそうですから。
彼女はそう言って、可笑しそうに。
「でも、私が話しちゃったことは。他言無用、ですよ?」
そして、秘密を企む子供のように笑った。
◇
「———それで、騎士団側としても新しい情報が何もないんです。相手がいつ、どんな行動をするのかが分からない。だから、護衛を強固にして守ることになったんです」
並んでベッドに腰掛けながら、フランが知っている情報をスラスラと話していく。
その中には、この町に来てから、今日の夕方共有された情報までの全てが含まれていた。
「……じゃあ、相手の人数とか拠点、背後にいる権力者も、わからないってこと?」
そうなりますね、とフランは困ったように苦笑いする。
騎士が消息不明になった段階で、トゥルダール辺境伯は王都へ陳情を出し、消息不明となった騎士の捜索と護衛のみに専念した。
調査に自らは関わらず、すべて暗部に任せる方針を示したという。
潔い、対応のように思えるが。
私が攫われる前に暗部を巻き込んでおき、暗部が介入出来るまでの間、私を守り通す。そうすることで自身の正当性を確立させている。
そんな立ち振る舞いを見ると、まるでトいの様だと感じた。そういえばここの領主様はトムじいの友人だったっけ。
そして、驚いたことに『リストリア家』に対して、手配の要望を出していたのは、トムじいであったそうだ。
彼は、トゥルダール辺境伯へ手紙を出すと同時に、リストリア家にも手紙を出していた。
つまり、初めからこの事態を想定していたのではないだろうか?
彼は、私を『囮』として扱うことを立案し、根回しをしていた。
———この状況になる事を待っていた?
そうだと仮定するなら、なおさら気がかりなのは。
「それで、国が派遣したのが例のご令嬢たった1人?」
騎士団に犠牲が出るような勢力を相手に、派遣されてきたのは、ただ1人の令嬢。
彼女はいったい、何者なのだろうか。
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