第5話
以前ヘムロックに、私にはどれくらいの価値があるかと聞いたことがある。
彼はその話を私にすることを嫌がっていたが、渋々と教えてくれた。
もし、誰にも知られることなく受け渡すことが出来るのなら、一生遊んで暮らせるだけの金額になる、と。
そして、高い魔力を持つ子供を欲しがる貴族は、いくらでもいると言う事を。
私の魔力は平民出身としては考えられない程に多く。
髪色や容姿、瞳の色など、すべて価値があり整っている。
もし奴隷として売られれば貴族以外からでも法外な値段でも飛ぶように売れるだろう、と。
彼は、自身を守れるだけの実力を身に着けるまで、村の外に出る時は十分に気を付けて過ごすように念を押すように教えてくれた。
リードルの町の入り口が見えてきた時、ふと、その話が蘇った。
「お母さん、麻袋一袋ちょうだい」
「いいけど、何に使うの?」
お母さんはいきなり麻袋を欲しがる私に、すこし疑問を抱きながら麻袋を渡した。
私は、麻袋に慎重に短剣で切れ込みを入れ、頭からすっぽりとかぶった。
肌ざわりが悪く視界も悪い、それに臭う。
「……リタ?何をしているの?」
突然の奇行に言葉の出ないお母さんに、ヘムロックが教えてくれた事を話す。
随分と悩んだ結果、リードルの町での生活が安定するまで、顔を隠した格好でいることの許可が下りた。
しかし、麻袋を被ってはいるものの、二の腕くらいまでしか隠れておらず。小さく華奢な体に、背中に流れる綺麗な銀髪、すらりとした四肢は隠されていない。
顔が見えないだけで特異な雰囲気も合わさり、私の魅力が半分も隠せていない。
隠さないよりは良いという程度だった………かわいくてごめんなさい。
これから、男手のない親娘が町で生活を始めるのだ。
それに母子共に容姿が整っており、世間知らず。
お父さんのいない生活に対する意識を改めた母は、表情が厳しくなった。
リードルの町の入り口に着いた。
町は、ルッカ村よりかなり大きく、行商の馬車が何台も走っている。
周囲を石壁で囲まれ、門番や衛兵の詰所が併設されている様子だった。
門からまっすぐ続く道が大通り、見える範囲では、石と木材を組み合わせた造りの建物が並んでいる。大きい建物は4階ほどの大きさがあった。
本で読んだことはあるが、逆に言えば本の世界でしか見たことのない建物や景色がこの町に広がっている。
入口から見える範囲だけでも露店やお店、宿屋など。どれも初めて見るものばかりだった。
正門に並んでいると自分たちの番が来た。
「…よ、ようこそ、リードルの町へ」
入口の門番は、私とお母さんの服が血まみれな点、麻袋を被った子供。
金属の穂先のついた槍を4本も抱えて現れたお母さんに狼狽えている。
並んでいる段階から周囲の視線を集めていたが、誰も話しかけてくる事は無かった。
しかし入場者として現れたのなら何も聞かないわけにはいかない。
門番はかなり警戒されてしまったが、町に来る途中に賊に襲われ、通りすがりの旅人に助けてもらったと説明した。
そして、この槍は売るために持ってきたと伝えた。
血まみれなのは、返り血であり。子供が麻袋を被っているのは村の風習だと伝えた。
お母さんは嘘をつく事が苦手で、顔に出る事は分かり切っていたので、イトラにリアルタイムで相談しながら回答する。
彼は根が優しいのか、信憑性があると思ってくれた様子で怪しい親子の話を聞いてくれた。
その後、いくつか質問をされたが通常通りの料金で大人1人と子供1人分の入場料、小銀貨3枚を支払い町に入ることが出来た。
ついでとばかりに槍の買い取りできるお店の場所を聞く。
「あぁ、その金属の槍なら『トムの金物店』のじいさんなら買い取ってくれるだろう。このまま大通りを―…」
親切な門番は、もし買い手がつかなかったら、ここで俺らが買い取る、といってくれた。
最後にきちんとお礼を言って後にする。
大通りを汚れた衣服のまま町を歩き、その足で金物屋に向かう。
門番さん曰く、この町は正門から見て右に行くほど治安がよく、役所や教会などは右側に密集しているそうだ。
そして、左側に向かうほど、治安は悪い。
正式な商売証のない売店や危ないお店が並んでいる区画もあるから、近づかないよう注意を受けた。
始めは、古着屋などで衣類を整えたかったが、先に槍を売りに行くことにした。
もう、お母さんの腕は限界だったからだ。ずっと持たせていてごめんなさい。
大通りを途中で右に曲がり、教えてもらった『トムの金物店』についた。
店構えは二階建ての木造、正面は客商売、裏は工房になっている様子。
鍋や包丁、金細工を中心とした雑貨など幅広い品揃えだった。
丁度店内に客の姿は無く、店員のようなおじいちゃんが1人商品を磨いているのが見えた。
「いらっしゃいませ、購入ですか? それとも買い取りですか?」
入店するとおじいちゃんは余裕のある動きて振り返り挨拶をする。
まるで入店するのが分かっていたかのような優雅な動きだった。
4本の槍を店先に立てかけ、入店してきた血まみれの服の親娘(娘は麻袋付き)に一瞬おじいちゃんは驚きながらも、冷静に対応してくれた。
おじいちゃんは恰幅のある優しい雰囲気のある人に見えた。
「あの槍の買い取りをお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんですとも、何やら訳ありのようですな。こちらにおかけください」
お母さんが慣れない口調で語りかけた。
村で生活していたならまず言わないセリフだろう。
おじいさんは、こちらの様子を見ると何かを悟った様に店の奥の古いテーブルに案内した。
そして槍を店の中に運ぶとテーブルの近くの床に置いた。
「お待たせしました。私がこの店の店主、トムリトルと申します。トムじいとでも呼んでください」
やはり余裕がある言動で自己紹介をする。
おじいさん改め、トムじいさんは紅茶と焼き菓子を用意した。
「この店にやってきたと言う事は、おそらく正門の門番に紹介されてきたのでしょう。あの若者は助けたい人や訳ありの人が町の外から来ると、この店を紹介するんですよ」
どうやらこの店を紹介した門番さんとは長い付き合いのようだった。
そして私たちは訳ありに分類されたのだろう。そんな気がした。
「おいしい……」
お母さんは用意してくれた紅茶に一息をつき、続けて焼き菓子も食べる。
気分が落ち着いたのを確認し、トムじいさんが話し始めた。
トムじいさんは、この町に移り住んでから雑貨屋を務める店主で、それなりに長く営んでいるといった。
そして稀に町人の相談を聞いているうち、様々な人から頼られるようになった事。
この店を紹介した門番さんもそのうちの一人である事など、当たり障りのないそんな会話。
しかし話を聞くうちに自然と聞き入ってしまう。不思議な話術を持つ人だった。
自然とお母さんも少しずつ話し始めた。
ルッカ村であった出来事、来る途中に追手に追われ夫を亡くした事。
私の魔法で助かり、槍はその追手の持ち物であること。
この町でリタを守っていく覚悟を決めた事。
口に出しながら、自分に言い聞かせるように話すお母さんの話を、トムじいさんは静かに聞いていた。
「ふむ、そうか。大変な目に合ってきたんだね」
トムじいさんは、こちらをみてそう言った。
それからトムじいさんは、思ってもみなかった提案をした。
「僕は、君たちにこの町にいる間は平穏に過ごしてほしいと思っている。そこで、どうだろうか。この町で安定した職に就くまでの間、もしくは他に移り住むまでの間、この店で雇われてみないかい? この町でなら私の手が及ぶ範囲で手を貸せるし、融通も利くだろう」
素性の知れない親子の面倒を見ると言い出したのだ。
「とんでもないです! こんなに親身になって相談に乗ってくださっているのに、その上さらに迷惑をかけるだなんて…」
お母さんは遠慮するが、これは願ってもみない事だと思う。
この町でお母さんは何の伝手もないのだ。
読み書きや計算ができてもすぐに就職できるかわからない。
少し都合が良すぎるし、何か裏があるような気がすると思うけど、悪い話ではなさそうだった。
(イトラ、この話どう思う?)
(……いつから私は、あなたの相談相手になったのかしら?まぁいいわ。あなたは気づいていないようだけど、このじいさん、魔力持ちね)
(…え?魔力持ちって事は、魔法が使えるって事?)
(えぇ、そうでしょうね。それに、あなたが突然魔法を使ったと知って、それからずっと気を張っているわ)
(…こっちを警戒しているって事?)
(おそらく、目的はあなたの魔法がどれくらい危険なのか、制御できているのか、そういったことを確かめたいんじゃないかしら?)
(…なるほど)
ぜんぜん気が付かなかった。
イトラはどこからそんなに情報を仕入れているんだろうか。
うん、でもよく見てみると、トムじいの体に『もやもや』が見える。
自分以外の魔力持ちを始めて見たから気がつかなかったけど、トムじいさんを観察すると魔力を纏っているのが見えるのだ。
そして、魔法について考えていると、あることに気がついた。
(あれ? でも私、魔法使えないよね? あの時はイトラが全部やってくれたし。あの魔法? 魔法もどき? は人間には使えないって言ってたよね?)
(そうね、人間の魔法とは根本が違うモノだから。今まで同類以外が使っているのを見たことがないわ)
(そもそも、魔法って何なの? 根本が使うってどういうこと?)
(魔法を使う時の、魔力の使い方に違いがあるわ。だから根本が違う。説明がめんどうくさいから、気になることはそのじいさんに聞きなさい)
ぐぬぬ……。
イトラと会話できるようになったのは嬉しいが、ついついなんでも聞きすぎてしまう。
聞きすぎるといけないので、もう少し慣れる必要がある。
イトラは少し素っ気ない。けどいつか、もっと仲良くなれる思うのだ。
密談を終えると、お母さんとトムじいさんの会話も終わるところだった。
「———―それに、リタちゃんの魔法の事もある。この子は既に魔法を独学で使えている状態だ。だが正しい知識を持たずに振るえる力は、意図せず自分や周りを傷つけてしまう。僕も魔法に心得がある、誰かに教わるというのはきっと、リタちゃんにとっていい結果をもたらすはずだ」
「トムじいさんは魔力持ち…なんですね。そう…ですか、その方がリタのためになる……。わかりました。これから生活が安定するまでの間、お世話になります」
そういって頭を下げるお母さん。
お母さんではトムじいさんの論を覆せないだろう。
言葉の節々から知性と説得力がある。それにしても断りにくくなる様な話運びは見事だった。
結局、明日の昼からお母さんがこの店で働き。その間自分は、トムじいさんが先生となり魔力や魔法の勉強をすることになった。
そして、魔法の勉強が終わるまでは不用意に魔法を使わないことを約束させられた。
まぁ使えないんだけれどね。
「ふむ、話が長くなってしまったが。槍の買い取りについて、だ。この槍は状態も良いし、銀貨2枚と生活に必要な雑貨類でどうだろうか?」
「えっ、そんなに貰っていいんですか?」
思っていたより高くつけられた値段にお母さんが反応する。
小銀貨5枚分は相当色を付けてくれたはずだ。そのうえ、生活雑貨を付けるという。
「もちろんだとも、これからこの町で生活するのならお金はいくらあっても足りないだろう。雑貨についてだが、1つちょうどいい物がある。少し待っていてくれるかな」
そういうと、トムじいさんは店の裏から白い布を持ってきた。
表面も裏面も真っ白なミルク色で品が良く、明らかに上質な布を仕立てた物だった。
一目見るだけで高級品だとわかるモノ。
魔力持ちだと知られていなくてもトラブルの元になってしまいそう……。
「これは作り途中の女性用マントの裏地なのだが、リタちゃんにどうだろうか。とてもよく似合うと思うんだが…」
……これだけの品質の布を裏地に当てるなんて。
なんて贅沢な使い方なのだろう。
「いつまでもその恰好では、つらいだろう。この布は『妖精布』といって、魔力を保持して逃がさない性質がある。着ていれば魔力的な面からも周囲から身を隠せるだろう。少々貴重な品だが、これがないととリタちゃんの周りは争いが絶えなくなりそうだからね」
にこやかにトムじいさんは私に渡そうとしている。
明らかに、金貨以上の価値の代物が出てきてしまった。
やっぱり断るべきかな。
「どうだろう、気に入ってもらえるだろうか? もし気に入ってくれるなら、今からローブに仕立てよう」
贈り物が気に入ってもらえるか心配する声がする。
自然と受け取らないといけない気がしてきた。
お母さんを見ると黙って頷いていた。貰うべきと判断したんだと思う。
よし、貰うことにしよう。
早速麻袋を脱ぎ、試しに服の上から羽織る。
麻袋を取るだけで世界が広がったかのように感じられる。
そして、この布は、今まで着てきたどの服よりも肌ざわりが良い。
それに通気性もあり、軽い。麻袋とは大違いだった。
「おぉ…、袋を被っていても可愛らしいとは思っていたが、まさかこれ程とは……やはり渡して正解だったようだ」
トムじいさんに可愛いらしいと絶賛され、気分の良くなった私は、そのままその場でクルクルと回る。
満足いくまでトムじいさんとお母さんの反応を堪能した。
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