第4話




 暗い街道を進み続けた先、街道から隠れるように隠れた木陰。

 いつの間に眠っていた私が目覚めると、少し空が明るみ始めていた。


 私は、木に凭れるようにしながら、寒くないように上着や麻布を体にかけられていた。

 すぐ近くには地面には、倒れ限界まで歩いたと一目でわかるほどにくたびれた両親が寝息を立てていた。


 独特な匂いを感じて周囲を見ると、覆う様に害獣や害虫避けの香がいくつも焚かれいるのが視界に入った。

 過剰なほどの香の数は過保護なお父さんの独断だと思う。


 きっとお父さんはこの場に自分を寝かせた後、お母さんを先に休ませ不寝番をするつもりだったのだろう。

 そして、その途中で香の存在を思い出し焚いた、と。その様子が目に浮かぶようだった。



 周囲を確認し、危険がないことを確かめる。

 2人が眠っている間に、枯れ枝や石、食べられる木の実を探して歩く。


 戻ってきてお母さんの持つ麻袋から、火打石とパン、干し肉を出し、火を起こす。

 朝方は寒さが厳しいから、両親を早めに温めてあげたかった。


 ついでにお腹がすいたので焚火でパンを温め、干し肉を齧って食べた。

 昨晩のあのご馳走を食べられなかったことが未練だった。



 のどの渇きを感じながら周囲の警戒をしているうちに、お母さんが起きた。

 昨日、自分はたくさん心配をかけた事を思い出して、お母さんになるべく元気に挨拶をした。


「おはよう、お母さん」

「リ、リタ! 体は大丈夫? 痛いところがあったらお母さんにいいなさいね?」


 自分の声を聞いたお母さんは驚いたような反応をすると体の心配をしてくれた。

 もう心配いらないことを伝え、今後の移動や生活について相談しているとお父さんも目を覚ました。


「お父さんもおはよう。昨日はずっと背負ってくれてありがとう」


 私を運び続けたお父さんにも心配をかけた。

 だからなるべく明るく声をかけた。その後も体調や怪我などないか詳しく聞かれた後、出発することにした。

 普段なら鬱陶しいと思うお父さんの態度も今だけは嬉しく思えた。




 当初の目的として、このまま街道を東に進み『リードルの町』を目指すことにした。

 ここから少し歩くと綺麗な川があるので、そこで朝食と飲み水を確保したいと話していた。




 そして日が昇り切ったあたりで、目的の川についた。

 街道には十分な幅の橋が架かっており、水量も十分あった。

 下流には小型の商船も見えるので、この川を下った先にはきっと町が都市があるのだろうと感じられた。


「ここで朝食を食べてから、リードルに向かおう。この橋を渡れば午後には町に入れるはずだ」


 川水はとても澄んでいて、このまま飲み水にしても問題なかった。

 川魚も泳いでいたが、取る道具がないため諦めた。


 お母さんは川の水と持参した野菜、干し肉でスープを作り。朝の残りのパンを切り始め、お父さんは即席の焚火を作り、周囲の警戒をしている。


 少し手持ち無沙汰になったので、ズボンの裾をめくり朝から歩いたことで疲れた足を冷たい水にさらし、これからのことを考えた。


 もうあの村には戻れない、これからリードルの町で新しい生活が始まるのだろう。お父さんは若く力持ちなので、日雇いの仕事に就けるだろう。

 自分やお母さんも文字の読み書きや計算が十分できるので、安定するまでは大変かもしれないが、きっとうまくいくはずだ。


 太陽の光を受け輝く水面にそんな未来を思い描いた。

 なるべく明るい未来を想像して、昨日見た光景と村の人達ともう会えないのだという現実から目を反らした。



 そして出来上がった塩気の少ないスープに固いパンを浸しながら食べた。

 干し肉のうま味以外の味が特にしないスープは薄味で、あまりおいしくなかった。

 しかし、よく噛まないといけない分すぐお腹は膨れた。


 

 それからすぐに出発し、目の前の橋を渡っていると。



 ―…風切り音がした。


「っぐぅ…!!」

「きゃぁっ!」


 反射的に振り返ると、お父さんの足を矢が突き抜けていた。

 お母さんは小さな悲鳴を上げ、そのすぐ近くには、狙いを外した矢が3本突き刺さっていた。


 振り返ると、50メートル程後ろに、矢を番えた男達が何人も並び、こちらに弓を向け放っていた。

 風を切り迫る矢を、お父さんが剣ですべて打ち払い、切り落とす。


「お前ら、無事か! んぐっっ!!」


 咄嗟に射線に入り安全を確保しようとしたが、幾度となく放たれる矢に足を射抜かれてしまう。そして耐えきれずお父さんはバランスを崩して倒れてしまった。


「カルナ、リタ、逃げろ! ここは俺が何とかする!」

「でも! お父さんが!」

「早くいけ! 先にリードルの町に向かっていろ!」

「……行きましょう、リタ。私たちがいたら足手まといになるわ…」


 涙をこらえたお母さんは、震える手で私の手を取って走り出した。


 波状的に飛んでくる矢がお父さんの腕を射抜き、剣が落ちた。

 どんなにお父さんが努力しても複数同時に放たれる矢をいなし続けるのは限界だった。


「ぐっ、まだまだ! この橋を通りたければ、俺を―」


 ────さらに放たれた矢はお父さんを容赦なく貫いた。



 …お父さんは、あっけなく死んだ。私はそれを視界の端で見届けた。


 お父さんの声は不自然に途絶え、同時に風切り音も止んだ。

 自分たちは脅威になり得ない、と判断されたのだと理解する。


 反射的に振り返ってしまったお母さんの足も完全に止まって、足を縺れさせ橋の上で転んでしまう。


 お母さんはそのまま小さくなると声にならない音を出し、崩れ落ちた。

 音の聞こえなくなった世界で、私は…今度も、何もできなかった。




「子供の方には傷をつけるなよ! 母親は好きにしろ!」

「「おうっ!!」」


 近づいてきた男達がこちらに聞こえるように大きな声で怒鳴る。

 その声に怯えたお母さんは少しの抵抗もすることもなく、されるがままに掴まれ縛られた。


「こりゃあ、上物だぁ。親子揃えて売ればさらに金になるぞ!」

「いや、この子供だけで十分すぎる金額だ! 売るのはそれで十分だ!」


 ぎゃはははっ!

 恐ろしい会話が聞こえるが、お母さんはびくりとも動かなくなってしまった。


 リタは不快さ故に出た鳥肌を反射的にさする。お父さんが持たせてくれた短剣の柄を擦り、震える体を抑え込もうとした。


(私が何とかしないと……いけないのに……)

 

 震える手は容易く短剣を落とし、醜態をさらす。

 手足に力は入らず、何もできない。


「嫌だっ! 助けて! 助けてっ!! 誰かっ!!」


 唯一できたのは、叫んで助けを乞うだけ。

 抵抗し、暴れた。しかし手足を縛られ、強引に猿ぐわを嚙ませられると何もできなくなった。



(誰か助けて、誰でもいいから……)



 誰でもいい。誰かに助けてほしかった。

 そんな本心とは反対に、自分は助からないのだと諦めていた。




 ———その時、知らない声がした。



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