第5話 召喚士、勇気を説く


「幼い頃からバーンちゃんと契約していたのですよね。それだけでなく、騎士のストイルさんとも契約しているのでしょう?複数の召喚獣と契約できる召喚士は多くないと聞きました」


 契約による召喚術は、召喚士と召喚獣にリンクという魔力の流れを作り出す。


 そのリンクが可能な数は、召喚士の素養に左右される。

 二体の召喚獣と契約できるのは、召喚士が十人いれば、そのうちの一人ぐらい、という割合らしい。


 そして、複数の召喚獣を従えている方が召喚士としての実力が高い、という認識が一般的だ。


「先ほどもストイルさんをいつの間にか召喚されていました……きっと凄腕の召喚士なのでしょう」

「そんなこと無いです。僕なんてまだまだですよ」

「謙遜なさらないでください。少なくとも私達は、アレクさんの召喚術によって助けていただきました。おそらく、とても努力されたんだと思います。それに引き替え、私は……」


 クリスタの顔がさらに曇っていく。

 バーンも少し心配そうに、彼女の様子を見ている。


「……私も、この子と契約して召喚士になりたいのです」

「この卵から生まれてくる魔獣と、ですか?」


 クリスタが頷く。


「この子はある日、父の商会に運び込まれてきたのです。魔獣が跋扈する森の中、卵なんてすぐに食べられてしまうような場所にあって、まるで魔獣を寄せ付けないようにそこに在った。きっと希少な魔獣に違いないと、持ち込んできた冒険者が言っていたそうです。とても価値があるだろう、とも。父もそれに同意して買い上げました」


 こちらに視線を向けるクリスタに頷いてみせて、続きを促す。


「……でも、私がこの子を初めて見た時……まるでこの子が喜んでいるように感じたのです」

「喜んでいた?」

「おかしな話ですよね。卵が喜んでいた、だなんて。自分でも変だと思います。でも、自意識過剰なのかもしれませんが……私に会えて嬉しい、そんな風に言っているような気がして……」


 抱えているカバンを、その中に入っている卵を強く抱く。

 それはまるで、大切な宝物を守るかのように。


「そう思ったらもう気持ちが抑えきれなくなってしまって。この子は私が育ててみせるからと、父にお願いしました。父は私に甘いので、すぐに了承してくれました。でも、どんな魔獣の卵か分からない以上、生まれた子は人を襲うかもしれません。それを避けるためには、召喚士としてこの子を従わせられるようにならなければ、と」


 魔獣といっても多種多様だ。

 人畜無害なものもいれば、ただそこにいるだけで害を為すようなものもいる。


 どの魔獣か分かっていれば、それに応じた対策も取れるだろう。

 だが、どんな魔獣が生まれてくるか分からなければ、取れる対策は限られる。


 その中で一番確実な方法。

 それは召喚士となり、生まれてくる魔獣を、生まれてすぐに契約して従えることだ。


 契約さえできれば、召喚士側で召喚獣の動きをある程度制御できる。


 難しいことではあるが、そういう契約方法が無いわけじゃない。

 生まれた魔獣の親代わりとなることで、強い絆が作られるという利点があるから。


 個人では厳しいだろう。

 しかし、この街であれば。

 アカデミーの補助があるなら、可能だろう。


「私、召喚術を学んで、召喚士になるためにこの街に来たのです。大変かもしれないけど、この子のためにも頑張ってみようって。召喚術の座学もたくさんしてきました。でも……いざとなったら怖くなってしまって」

「契約することが……ですね?」


 僕の確認に、クリスタは小さく頷く。


「魔力の流れが分かる方に見てもらったことがあって。この子、とても魔力が強いらしいんです。並みの召喚士では契約が難しいだろうと……」


 世の中には、魔力の強弱や流れ方が分かる魔獣がいる。

 人には決して分からないが、彼らは感覚的にそれらを見たり感じたりする。


 だが、魔獣に人間の機微を理解させることもまた難しい。


 事実としてそれを伝えられたに過ぎないだろうけど、これから召喚士を志そうとする人にとって、その事実は脅しにも等しかったことだろう。

 もうちょっと伝え方が無かったのかと思わずにはいられないけど。


「不安なんです。私にできるだろうかって。殻を割ってきたこの子との契約に失敗して、誰かをケガさせてしまったらどうしようって。そもそも、この子が喜んでくれたように感じたのだって、私の気のせいかもしれないのに……」


 今にも泣きそうになるクリスタ。


 頑張りたい。

 でも自信が無い。

 そんなジレンマ。


「私、意気地無しです。この子のためにって言いながら、いざという時になって尻込みしているんですから。ウジウジと迷って、悩んで。どうしよう、どうしようって。そうやって考えながら歩いていたら、いつの間にか路地裏に入っていて、先ほどの人たちに絡まれてしまって……一体、私は何してるんだろうって……」


 先ほどの笑顔が思い出される。

 この人には……笑顔が似合っていると思う。


 こんな顔は、させたくない。


「あ……ご、ごめんなさい!こんな話、急にされても困っちゃいますよね!忘れて──」

「クリスタ様は、契約に失敗するかもしれない、その恐れを分かっていながらも、この街を訪れたのですね?」

「……え?」


 今までの話を聞いていれば答えが明確過ぎる問い。

 それでも僕は、彼女に問う。


 当然、クリスタは頷いた。


「であれば、大丈夫です」


「…………え?」


 確信を持って、彼女に告げる。


 なにが大丈夫だというのか。

 そんな呆れも含んだ返事が返ってくるが、僕は続ける。


「本当に意気地が無い者なら、怖いと分かっている時点で諦めて、逃げ出してしまうでしょう。でもクリスタ様は、それを分かっていながら悩み、葛藤し、今、ここに踏みとどまっている。それは、意気地無しにはできないことです」


 僕はクリスタに笑いかけた。


「胸を張ってください。あなたは今、確かに、勇気を持って悩んでいる」

「……!」


 怖いことから逃げることは簡単だ。

 目を逸らし、無かったことにすればいい。

 それは、〝諦める〟という行為に他ならない。


 だが彼女は、まだ諦めきれていない。

 きっと心のどこかで、何かが叫んでいるから。

 『このまま終わりたくない』と。

 『やってみたいんだ』と。

 不安や恐怖でいっぱいな心の中でもなおそう叫ぶ〝何か〟こそが、彼女の中にある勇気でなくてなんだというのか。


「だからどうか。どうか自分を責めないで。あなたの中にある勇気を認めてあげてください。その上で、それと向き合い、後悔の無い選択をしてください」


 踏みとどまっているだけでは物事は進まない。

 選択し、行動することが必要だ。

 それにも勇気は要る。


 どうするべきかは、僕からは言えない。

 言うべきではない。

 それは彼女が考え、選ぶべきだから。


 その選択の結果として、この街を離れるのならそれでいい。

 大切なのは、勇気を持って選択をすることだ。

 だからこそ、はあなたの中に確かにあるのだと教えたかった。


 そこまで言って見れば、クリスタはなんだか呆けている。

 なんだかボーっととしたまま、反応が無い


 大丈夫かな?分かってくれた?

 心なしか、顔が赤く見えるけど……。

 あ、夕日に照らされてるのか。道理で。

 …………夕日!?


 おもむろに立ち上がる。

 日が沈み始めている。

 流石にそろそろ戻らなければならない。

 でも、男爵令嬢をこのまま一人で返すわけにも行かない。


「すっかり遅くなってしまいました。もう日が沈みます。宜しければお住いまでお送り──」

「主、お下がりください」


 向こうにいたはずのストイルが僕らを背にして立つ。

 バーンも、通りの向こうを見ている。


 その視線を追えば──


「見つけたぜ……」


 先ほどクリスタに絡んでいた召喚士が、ニヤニヤと笑っていた。



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