第6話 召喚士、巻き込まれる

「それ以上近づくな。近づけば、敵意ありとみなして対処する」


 怯えるクリスタを背に隠す。

 周りの人々は異様な雰囲気を察してか、僕らから離れていく。


 ストイルの警告に男は立ち止まるが、なおも滲み出る殺気を隠そうとはしない。

 その視線は、明らかに僕に向けられていた。


「散々探させやがって……やっと見つけたと思ったら仲良く屋台デートとは、いいご身分だなぁオイ!」


 なんかすごい怒ってる。

 どこで何をしてようとこっちの勝手だ。

 あと、デートじゃない。

 クリスタに失礼だろう。


 ……そういえば、取り巻きのような男がいたはずだけど。

 一緒じゃないのか。


「わざわざ我らを探していたのか?よほど暇なのだな」

「うるせぇ!コケにされたままで終われるかよ!」


 不必要に煽らないで。

 こんな往来でやりあうつもりは無いんだけど。


 ……と、バーンを止めようとしたが、やめておく。


「こちらは逃げただけだ。それをコケにされたなどとは。なかなかに被害妄想が激しいではないか」

「黙れよスライム風情が!ぶっ殺されてぇのか!」

「殺せるか試してみてもよいが……いいのか?この往来で。貴様がただ恥をかくだけだぞ?」


 言外に『勝てないぞ』と言われ、男の顔が怒りに歪む。


「…………やってやろうじゃねぇか!」


 驚くほど簡単に、挑発に乗ってきた。

 怒りのままに、男は手をかざす。

 召喚はさせないよ。


「ストイル!」

「承知!」


 ストイルが即座に反応してくれた。

 男に近づき、力任せに引き倒す。


「ガハッ……」

「こんな往来で召喚獣を暴れさせようってのは、流石に看過できない。悪いけど、しばらく拘束させてもらうよ」


 こちらに敵意があるのは明確だった。

 大事になる前に取り押さえたかったけど、それにも大義名分が要る。

 正当防衛でなければただの暴力だ。

 だから、バーンに煽らせ、向こうから仕掛けさせた。

 ストイルなら、すぐに対応してくれるしね。


 ……単純に、バーンは思ってることを言っていただけなんだけど。


 カバンから縄を取り出してストイルに渡し、そのまま手足を拘束してもらう。


「クソがぁっ!放せよ!」

「主。この者、どうしますか?」


 男の声など意にも介さず、ストイルが拘束を完了してくれた。

 ただでさえ混雑している場所だ。ここでの戦闘は相当な被害が出てしまう。

 その前に拘束できてよかった。


 衛兵を呼びたいが、僕が離れるわけにはいかない。

 ストイルにこのまま連れて行ってもらおうか。


 そんなことを考えていた時。


「──えっ?」


 突然召喚陣が展開した。

 赤黒い……召喚陣?!


「逃げろぉ!!」


 ありったけの空気をかき集めて、周りに叫ぶ。


だ!呼ばれた召喚獣がここで暴れ出すぞ!みんな逃げろ!早くっ!!」

「「「──」」」


 一瞬の静寂の後。


「……うわぁぁぁ!!」

「いやぁぁ!」

「早く行け!!おい、押すなよ!」


 屋台村の人々が一斉に逃げ出した。


 店の者も、客も、ごった返す中での避難。

 混乱は避けるべきだった。

 しかし、事は急を要する。

 現にもう、召喚術が発動している。

 そう時間がかからずに召喚獣が現れてしまう。

 あの呼びかけが、今できる最善策だった。


「なんだ?なんだありゃあ?!俺は召喚してねぇ!俺はやってねぇよ!?」


 ストイルが男を抱えて退避してきた。

 乱暴に降ろされた彼の胸倉を掴む。


「お前!自分の召喚獣に何をした!?」

「は?何って……」

「あれは暴走召喚!召喚士との契約が履行されなかった時、召喚獣が行使できる手段だ!召喚獣は異常な強化を得る代わりに狂暴化して、召喚士を殺すために暴れる殺戮兵器になる!あぁなったらもう止められない!」

「そ、そんな……」


 途端に男の顔から血の気が引いていく。


「ししし死にたくねぇ!殺されたくなんてねぇよぉ!」

「殺されたくなかったら正直に言え!召喚獣に何をしたんだ!」

「し、知らねぇ!あいつとは二、三日前に契約したばっかりなんだ!斡旋所で紹介されて……俺に召喚士の素質があるのが分かったのだって、つい最近なんだ!暴走がどうのこうのって言われたって分かんねぇよ!」

「ッ……!」


 自ら契約する魔獣を探せないような召喚士見習い向けに、比較的安全な魔獣の斡旋所がある。王国公認のものだ。

 そこでは、召喚士見習いへの講義やフォローが義務化されている。

 暴走召喚の危険性は、召喚術が持つ危険性として一番最初に説明されるものだ。


 それが無かったということは、裏ルートでの斡旋。

 その運営は違法であり、利用することも処罰の対象だ。

 法で裁かれる必要がある以上、こいつをここで殺させるわけにはいかない。


「……帰ったらなんて言おうかなぁ……」


 早く帰って来いと言っていた家人の顔を思い浮かべながら、独り言ちる。

 逃げ惑う人々の喧騒により、それが周りに聞こえることはない。


 そんな喧騒の中でちょうど、屈強な男たちが僕らの横を通りかかった。

 魔牛の丸焼きをしていた人たちだ。


「すいません!こいつを衛兵の詰め所まで連れて行ってください!手足は縛ってありますから安心して!引きずっていっても構いませんが、決して危害は加えないで!」


 そう言って、困惑している男を押し付けた。


「待ってくれよ!見逃してくれよぉ!」

「お前は、自分がやったことをしっかりと教えてもらえ。安心しろ。召喚獣に殺されるよりはよっぽどマシな処罰だと思うよ」


 呑気に助けを求める男を一蹴し、身振りで連れて行くよう促すと、そのまま担がれていった。

 それを見送ると同時に、赤黒い光が一際強く光った。


「――ブモオォォォ!!」


 召喚されたのはミノタウロス。

 その目に光は無く、咆哮と共に周りの屋台を破壊し始めた。

 明らかに正気を失っている。


 幸いにも、周りから人の気配は少なくなりつつある。

 あいつがこちらを気にしている素振りも無い。


「クリスタ様もお逃げください。ここは危険です」

「な、なら!アレクさんも一緒に!」

「僕はここに残らなければいけません。巻き込まれた形ではありますが……あいつを放っておけば、避難した人たちに危害が及ぶかもしれません。僕があいつを止めなければ。この状況となった原因の一端は僕にもあると思いますし」

「そんなこと……!」


 クリスタは否定しようとするが、僕は首を横に振る。


 あの召喚士は仕返しのために僕を探し、この屋台村にたどり着いた。

 経緯はどうあれ、当事者の一人であることは間違いない。


 こう話している間にも、屋台が荒らされている。

 少しでも被害を抑えなければ。


「貴族令嬢を巻き込み傷つけたとあれば、僕は怒られてしまいます。それはもう怒られることでしょう。僕を助けると思って、どうか逃げていただけませんか?」

「美味いものを馳走になった。礼は十分に受け取った。感謝するぞ、娘。なればこそ、おぬしを巻き込むのは忍びないというものだ。疾く逃げよ」


 その時、破壊音が止んだ。

 見れば、狂気に満ちた瞳がこちらを向いていた。


 「ブルグァアア!!!」

 「走って!」

 「っ!どうか、ご無事で……!」


 僕の声を受けてクリスタが駆け出す。

 ミノタウロスが追わんとするが、その前に僕の騎士が立ちはだかる。

 夕日に照らされて、その紅の鎧はより赤く輝く。

 それはまさに、燃える闘志の如く。


「――」


 抜き放った剣が、ミノタウロスに向けられた。


「ガルアァァァ!!」


 その咆哮がミノタウロスらしからぬものなってきた。

 狂暴化が進んでいるんだろう。


 一度暴走した召喚獣を元に戻す術は見つかっていない。

 契約した召喚士であっても送還できない。

 そんな召喚獣を止める方法は、ただ一つ。


「……対召喚獣戦闘!討伐指令!目標、ミノタウロス!」

「承知!」


 召喚獣の命を、奪うことだ。



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