第7話 召喚士、ミノタウロスと戦う

 ストイルが駆け出す。


 迎撃すべく繰り出されたミノタウロスの拳を紙一重で避け、そのまま一閃。

 肘から先を切り飛ばした。


 これで攻撃能力は大幅に減る。

 ストイルの強さなら、後は消化試合。


 と、なるはずだった。


「ッ!」


 切り飛ばしたはずの腕が生えてくるまでは。

 何事も無かったかのように攻勢に出てくるミノタウロスを、今度はストイルが迎え撃った。


 力任せに繰り出される攻撃。

 単調なそれを避けることはストイルからすれば造作もない。

 しかし、隙を見て斬りつけた傍から傷が再生していく。


「見間違いであってほしかったけど、どう見ても再生しているね……」

「ミノタウロス自身にあのような再生能力は無い。それに、再生が早すぎる。何かあるな」


 暴走召喚による強化は尋常ならざるものだが、それはあくまで元からある能力に対してだ。


 その種に本来無いはずの能力が、異常な出力で発現する。

 そんなことが起こったなんて話は聞いたことが無い。


 であれば、事前に何かされたと考えるのが自然だ。


 ミノタウロスの召喚士にできるとは思えない。

 召喚術の基礎すら不確かなようだったから。

 他の要因があるはずだ。


「グルアァァァ!!」


 そんな思考が、ミノタウロスの咆哮によって中断された。

 見れば、更なる変化が起きていた。


「……あのミノタウロス、大きくなってる?」

「我の目がおかしくなったかと思ったが、杞憂のようだな」


 ミノタウロスは先ほどより二回りほど大きくなっていた。

 巨大化。

 それはもはや人間が扱える魔術の域を遥かに超えている。

 確実に、魔獣が操る魔法によるものだ。


 ただし、相変わらず攻撃は単調。

 体が大きくなった分、むしろ動作は重くなっている。


 繰り出された腕を駆け上がり、ストイルの剣がその首を捉えた。


「せぇあっ!」


 ミノタウロスの首と胴が分かたれる。

 どう見ても致命傷。

 だが。


「……ここまで来ると、いよいよ生きているのか疑わしくなってきますね……!」


 絶命必死の傷口より、首から上が再生した。

 堪らずストイルが悪態をつく。


 さらに言えば、現在進行形で巨大化している。

 もはやその大きさは、二階建ての家屋に届いてしまいそうだ。


 もはやあれは暴走召喚ではない。彼に何が起きているかは分からない。

 しかし、彼を倒しきるにはその再生を上回るほどの火力が要るということだけは分かった。

 そしてその火力は、今の僕たちには出せない。


「ぐっ!?」


 屋台を巻き込みながら振り回されたミノタウロスの腕。

 飛んでくる瓦礫を捌くのに気を取られたストイルを、その腕が捉えた。

 盾で防いだものの大きく吹き飛ばされ、屋台の一角に突っ込んだ。


 あれでやられるような騎士ではない。そこは問題ではない。

 問題は、このままでは事態が好転しないことだ。

 悔しいが、ジリ貧というやつだ。


 ただ、周りを見ると人の気配は無さそうだ。

 そうであれば、殿としての役目は果たせたと言える。

 僕らも一度撤退し、体制を立て直す。

 衛兵の召喚士たちと共闘すれば、倒し切れるだろう。


 ストイルに撤退を指示しようとした、その時。


「おとうさん、どこぉ……?」

「!?」


 ミノタウロスを挟んで向こう側。半壊した屋台の陰に女の子が見えた。

 串焼き屋にいたエリーだ。


「走れアレク!」

「分かってる!」


 そして、彼女の声にミノタウロスは反応した。

 ただでさえ狂気に塗れた顔に、歪んだ笑みが混じる。


「ひっ……」


 エリーは怯えて、動けなくなってしまった。

 ミノタウロスの巨腕が、振り上げられる。

 注意をこちらに逸らさなければ。


 外套に仕込んでいたナイフを投擲する。

 対魔獣用に製造されたものであり、革鎧程度なら貫通する代物だ。

 だが、その巨体にはもはや刺さることなどなく、無情にも弾かれてしまった。


「くそっ……!」


 当然、それで気を引くことなどできるわけもなく。


「やめろおぉぉぉ!!!」

「ガアァァァァァ!!!」


 その拳は振り下ろされた。



 轟音が耳が劈く。

 土煙が視界を塞ぐ。



 しかし、その後に知覚した声に耳を疑った。


「……大丈夫?」

「……っ!おねえちゃん!」

「クリスタ様!?」


 拳が振るわれた場所には誰もいない。

 クリスタがエリーを抱き上げて避けてくれていた。

 なぜ彼女がいるのかは分からないが、本当に助かった。


 だが、ミノタウロスの拳は止まらない。

 続けて横薙ぎに振るわれようとしている。


「っ!」


 もはや回避することはできない。

 エリーを一際強く抱いて、クリスタは目を瞑った。



「くらえ!鮮烈のぉ!バーン・アターック!!」

「ギッ!」


 ぺちん、という音とともに、ミノタウロスの目元にバーンの体当たりが決まる。


 ほとんど効いていない。

 だが、振るわれようとした腕はたまらず目を押さえる。


「こっちだ!デカブツ!」

「アアアアア!!」

「ほっ!よっ!当たらんなぁ!」


 もう一方の腕ががむしゃらに振り回されるが、バーンはそれを跳んで跳ねて避けている。


 その隙に、僕はクリスタたちと合流できた。

 クリスタたちを背に守るようにして立つ。


「クリスタ様!無事ですか!?」

「はい!アレクさんも、お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫です。それよりも、なぜあなたが……」


 避難したのになぜ、という疑問を投げかけずにはいられなかった。


「エリーのお父様が、娘とはぐれてしまったと混乱されていて……もしかしたら、店の方に戻ってしまっているかも、と……」

「かといって、ここに来るのは危険すぎます!」

「危険は承知の上です!!」


 あまりの語気に、思わず振り返る。


「娘がいないという叫びを聞いた時。この子が戦いに巻き込まれていたらどうしようって思ったら、恐ろしくて堪らなかった。でも……」


 クリスタの瞳に宿っていたのは、恐れでも怯えでもない、強い意志。


「でも……私は、自分の中の勇気を教えてもらいました」

「……!」

「私の中にも、それは確かにあるのだと。本当に私にもあるのなら……この子を探しに行きたい。危険な目にあっているなら、怖いけど、助けたい。そうせずにこの子が傷つくことがあったら……きっと後悔するから!」

「──……」

「あ……ごめんなさい。足手まとい、ですよね……」


 その言葉には応えず、再び戦域の方を向く。


「遅れました!」


 ストイルが復帰し、ミノタウロスの両足を斬りつけていた。

 足の腱を断ったのだ。再生力が異常だろうと、一瞬でも腱が切られればどうしても態勢は崩れる。

 耐えきれず、ミノタウロスは倒れこんだ。


「遅いぞストイル!」

「すみませんバーン殿。瓦礫を退けるのに手間取りました」

「言い訳はいい!交代せよ!」

「せっかくの機会です。もう少し前衛を楽しんでは?」

「お主が前衛!我はアレクの護衛!それが基本戦術であろうが!」


 あの二人はいつも通りだ。まだ余裕がある。

 それを確認してから、クリスタの言葉に応える。


「無謀だと思います」

「っ……」

「状況によってはあなた自身に危険が及ぶ。その対策も何もないまま、逃げろと言った僕の言葉を無視してここに戻ってきた。僕たちが避難のために戦っているのに、です。正直に言いますと、僕は少しだけ怒っています」

「ご、ごめ……」

「ですが」


 改めて、クリスタを横目に見る。


「あなたの無謀さのおかげで、この子が救われた」

「!」

「あなたがいなければ、エリーが死んでいたかもしれない。だから……本当にありがとう。勇気を振り絞って、戻ってきてくれて」


 後先を考えない行動。

 それが咎められることはあるだろう。

 だが、その行動が良い方向に導くことがあるのも事実。

 要は……


「結果が良ければそれで良いのだ!」


 前衛を交代したバーンが戻ってきた。


「そなたの行動によって救われた命がある。その時点で称賛されるべきなのだ!無謀!大いに結構ではないか!動かずして成せることなど無い!そやつが無謀ならば、周りの者が支えればよい!支えられるに足る者であれば、支えてくれる者はいるものだ!そして今!そなたはそれを示した!胸を張れ!そなたの胆力は大したものだ!我はそなたが気に入ったぞ、!」


「っ……はい……はいっ!」


 咎められると思ったのだろう。クリスタはバーンの言葉に安心したようだ。


「それに……元はと言えば、あなたを焚きつけたのは僕みたいなものですから。その責任は取らなきゃ、ですね」

「え……?」


 バーンが彼女を名前を呼んだ。

 こいつが名を呼ぶのは、気に入った者だけ。

 それは即ち、彼女のために力を振るってもよい考えているということ。

 だから。


「あなたのその勇気に、最大限の敬意を」


 

 ちょうど、火力が要るところだった。


「あなたのおかげで、あいつを討伐できます」


 大っぴらに人に見せるものではないけど、ここにいるのはこの人たちだけ。

 回避に徹しているストイルを狙って、ミノタウロスがいっそう暴れている。

 おかげで土煙が酷い。

 僕の姿は、この人たち以外には見えていないだろう。


「ここから先は……見ていてください」


 後で小言を言われるかもしれないけど、その時には全力で謝ろう。

 今は――


「あなたたちは──僕が、守ってみせるから」


 "守護"を司るものとして、やるべきことをやらなければ。


「召儀、請願」



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