第8話 召喚士、盟約召喚する
僕の声に応えて、白い召喚陣が足元に現れる。
宵闇に包まれた一帯に、光が映える。
「界意承認――ここに、盟約召喚を宣言する」
次の瞬間、召喚陣は青く光り出した。
──〝召喚術〟と一般的に謂われているものは、正確には契約召喚術という。
召喚者と召喚獣の二者で結ばれる契約により成立しているものだ。
対して、僕がこれから行使する召喚術は、似て非なるもの。
〝条件が成った〟
召喚者がそう認め、
召喚獣が応じ、
世界の意思──界意が許した時にのみ、行使できる召喚術。
三者で結んだ〝盟約〟のもと、
世界に役割を与えられた者が、
世界の助力を得て、
世界に強者と認められた者を呼び出す儀式。
それこそが、盟約召喚術。
「盟約を結びし獣よ、我が呼び声に応えよ」
「
バーンの声が響いて聞こえる。
そのバーンの体から光が漏れ出し始めた。
同時に、召喚陣が金色に染まる。
その色は、三者が召喚を認めた証。
絶対の勝利を示す煌めき。
「許す!汝、我が名を呼ぶがいい!」
「……"守護"の召喚士の名のもとに、告げる」
バーンからあふれる光が、バーン自身を繭のように包み込む。
「来たれ──"幻獣帝"」
繭は一気に膨れ上がり、
「バハムート!」
爆ぜた。
闇をも弾くように光が迸り、やがて収まっていく。
そこに現れたのは、黒鱗に覆われた獣。
巨大化したミノタウロスを凌ぐ巨体。
漆黒の翼は巻き起こる暴風を彷彿とさせ、頭にはその力を示すかのように双角が聳える。
それは、この国に住む者なら誰しもが知る獣。
建国記で語られる、英雄の象徴。
「バハムート……本当に、バーンちゃんが……」
「くろくて、ぴかぴか……きれー……」
クリスタたちが、やや放心気味に零す。
「──グオォォォォォォォォ!!」
それに応えるかのような咆哮。
相対するものに畏怖を、守る者に安堵を与える雄叫び。
「バーン、うるさい!」
「おっと。つい、な。赦せ」
それはそれとして、大きな声を出さないで欲しい。
この国に於いてバハムートの姿は有名過ぎる。
できるだけ、目立ちたくはないんだ。
ただでさえ巨大な体は人目に付きやすい。
黒鱗に覆われた体は、周りが暗くなってきた今なら見え辛いかという僕の配慮が、その咆哮で台無しになった
おそらく、既にバーンの姿は学都の人々に見られている。
せめて──すぐに終わらせる。
「グゥッ……!」
ストイルを倒さんと振り回していた腕を止めて、こちらに向き直るミノタウロスだが、明らかな動揺を見せている。
自分より絶対的上位の存在。それを本能的に理解しているのだろう。
それでも逃亡しないのは、狂暴化により冷静な判断ができていないのか、はたまた単純な意地か。
「ブルゥ……」
やおら片足を引き、頭を前方に突き出す。
突進。
ミノタウロス種の代名詞。
単純、故に強力なそれを放たんと態勢を整える。
食らえば、バーンはともかく、すぐ傍にいる僕らはただでは済まないだろう。
「戻りました」
「うん。ご苦労様、ストイル」
ストイルが傍に立つ。
一撃もらったこともあって盾は大きく歪んでいたが、それ以外は問題無さそうだ。
「この場から離れる必要は?」
「無いよ」
「であれば、このまま護衛に移ります」
今まさに放たれようとするものを前に、この場に留まる選択。
普通ならあり得ないことだろう。
クリスタとエリーは、二人で身を寄せ合っている。
普通ならこうなるのだ。これが自然だ。
だが僕は、僕らに被害が及ばないことを知っている。
「大丈夫」
それだけ伝えると、クリスタは戸惑いながらも、頷いてくれた。
僕らを信じてくれた証左だ。
それには報いないと。
「バーン。打ち上げて」
「む?……あぁ、なるほど。心得た」
ここでこれ以上の被害を出すわけにはいかないが、
バーンがここで本気で暴れても、辺りの地形が変わってしまう。
だから、打ち上げる。
「ウゥ……」
ミノタウロスが力を溜めている。
それは弓を引くかの如く。
限界まで引き絞って放たれようとしているのは、矢と比べるべくもないが。
「……」
バーンはそれを止めるでもなく、ただ見据えたまま。
僕もそれ以上の指示はしない。
理由は簡単だ。
不要だから。
「……ガアァァァァ!!!」
砲弾。
そう見紛うほどの勢いでミノタウロスが突っ込んでくる。
触れたものすべてを粉砕する暴力の塊。
それに向けて、バーンが軽く片手を翳す。
「ガッ!?」
ミノタウロスの巨体が、止まった。
受け止めたのではない。
バーンに触れるか否かというところで、突進により撒き散らされた瓦礫ごと、ミノタウロスの体が完全に停止している。
「グッ!グウゥゥ!?!?」
ミノタウロスは身を屈めるような形の態勢のまま、後にも先にも引けずに混乱していた。
「
「ギッ……」
皮肉と傲慢の塊。
その言葉の意味を理解しているかは怪しいが、その声は否応なく畏怖を誘うだろう。
「まぁ、貴様に非は無いやもしれぬ……だとしても、そのような姿になってしまった貴様は、もはや人の住む世には生きられまい。故に」
「グゥ!?」
翳していた手を翻して、上げる。
それに連動して、ミノタウロスの巨体が浮かぶ。
「苦しむこと無きよう、一瞬で消し飛ばしてやろう」
そしてそのまま、空高く飛ばした。
慣性や重力などといった物理法則の完全無視。
引力と斥力の掌握。
それこそが、バハムートであるバーンの権能。
いつ見ても出鱈目だけど、バーンにとってあれぐらいは造作もない。
ミノタウロスの体は、もはや小さな球体にしか見えない。
それに向けてバーンは口を大きく開ける。
人に視認できるほどの魔力が収束し、生成されたのは超高密度の魔力体。
バーンはそれを、轟音と共に空のミノタウロスに解き放った。
閃光が空に延びたと思った次の瞬間。
空にあったはずの小さな丸は、跡形も無く消えていた。
「ふふん!ざっとこんなものよな!」
再び光の繭に包まれ、収縮していく。
光が消えると、スライムに戻ったバーンが誇らしげにしていた。
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