第9話 召喚士、再会を約束する
その後は、エリーをお父さんのところに連れて行った。
娘のことを大層心配していたらしく、僕らは涙ながらに感謝されてしまった。
ある程度の被害は防げたとはいえ、串焼き屋の屋台は守れなかった。
そのことが気がかりで謝罪すると
『命さえありゃあ、屋台なんてどうとでもなりまさぁ!』
と、威勢よく赦してくれた。
自分の店が潰れたんだ。
ショックには違いないはずなのに、強い人だと感心させられた。
クリスタからも
『我が家の商会でも、屋台村の復旧を最大限支援させてもらいますので!』
と、力強い言葉をもらった。
その即決ができる辺り、さすが大商家と感じざるを得ない。
お金持ち強い。
ちなみに、事の顛末は少し誤魔化した。
〝大きな黒い魔獣が急に現れて、ミノタウロスを倒したらすぐいなくなった〟
ということで、口裏を合わせた。
僕がバハムートの召喚士だということを誤魔化すためだけど、本気で誤魔化すには筋書きが雑ではある。
それは承知の上だ。
『できるだけバレるのを遅らせたい』というだけだからね。
仮にバレたとしても仕方がない。
バレるのは時間の問題だと思っているし、何より、まだ幼いエリーに誤魔化しを強要するのは酷だろう。
だからクリスタとエリーには、もし誰かに何か聞かれることがあれば、正直に言っていいと伝えた。
『はい……』と呆けて、まだ信じられないという感じのクリスタと、『おっきいドラゴンさん、かっこよかった!』とはしゃぐエリーは、それぞれ了承してくれた。
クリスタには、色々と聞かれちゃうかなって思ってたけど、特に聞かれなかった。
バハムートを召喚できる理由とか。
どうやら
それならそれで都合がいい。
『おとうさんと、またおみせやるから!またきてね!ぜったいだよ!』
そう言って手を振るエリーと、それを聞いて再び涙する店主と別れたのが、つい先ほど。
今、僕らがいるのは、一時避難所となっていたこの街の象徴。
アカデミーの正門前だ。
日はすっかり落ち、魔光灯が街のあちこちで明かりを齎している。
「エリーと言ったか。あの状況をその目で見てもなお、嘆くのではなく次を考えておった。あの子は大成するぞ」
「じゃあやっぱり、あの串焼きはまた食べに行かないと」
約束もあるからねと、バーンに同意した。
さて、今度はこちらのご令嬢だ。
ようやく夢現な状態から戻ってきたクリスタ。
彼女を送らなければ。
「すっかり遅くなってしまいました。申し訳ありません、クリスタ様」
「謝らないでください。一緒に行かせてくださいとお願いしたのは私なんですから」
「いや、しかし、クリスタ様のご家族がなんと言うか……」
クリスタはこう言うが、貴族令嬢がこの時間帯に男と一緒にいるというのは、どう考えても外聞がよろしくない。
いかに平民を装っていたとしても、後からどうとでも脚色されて根も葉もない噂になり得るのが貴族社会というものだ。
父君であるベント男爵の人となりは存じ上げないが、クリスタの言葉を聞く限りだいぶ子煩悩な人だと感じる。
そういった噂が彼女の父君であるベント男爵の耳に入った時、僕がどうなるか分からない。
はっきり言って、だいぶ怖い。
そんな考えがまた目に出ていたのか、クリスタはくすくすと笑う。
「そんなに怖がらなくても、私からきちんと父に説明しますよ」
「怖がってるのが分かってるなら、笑うことないじゃないですか」
こっちは本当に怖がってるんだけどなぁ。
それでもなおクリスタの笑いは止まらない。
「ふふ……ごめんなさい。でも、さっきまでもっと怖い目にあっていたのを守ってくださっていたのに、それよりも私の父のことを怖がってると思ったら、可笑しくって……ふふふっ」
「魔獣に対処する鍛錬はやってきましたが、貴族令嬢の父親に対処する鍛錬なんて、したことありませんから。対処法が分からない相手ほど怖いものはありません。下手な魔獣よりよっぽど脅威ですよ」
「もうっ!笑わせないでください。ふふっ」
大真面目に話しているつもりなんだが、なぜか笑われた。
ちょっと釈然としないが……まぁ、笑ってくれるならいいか。
「ふぅ……やっと落ち着きました。ごめんなさい、こんなに笑ってしまって。貴族令嬢らしくないって、よく叱られてしまうんです」
「いえ……」
その方がいいです。
そう言いかけて口を噤む。
「改めてお礼を。一度ならず二度までも助けていただきました。この御恩は決して忘れません」
「今度は何を食わせてくれるのだ!?」
「まだまだ美味しいものはたくさんあるので、今度また、バーンちゃんに紹介させてほしいです。今日は……行くところがあるので」
「行くところ?今からですか?」
「はい。と言っても、すぐそこですよ」
言いながらクリスタは横に視線をやる。
その視線は、アカデミーを向いていた。
曇りなく、穏やかに、しっかりと。
あぁ、なるほど。
彼女は、選んだんだな。
「……であれば、急いだほうが宜しいでしょう。もうじきこの門も閉まります」
「ですが、アレクさんへのお礼も大事です。お会いする約束をさせてください!」
「別に要らないですって」
「何度言えば分かるのだ馬鹿者!メシは要るわ!」
「そうです!そうです!」
二対一。
ここに来てバーンとクリスタの意見が一致してきた。
ストイルは我関せずといった体で辺りを警戒中。
分が悪い。
「律儀ですね」
「商人に必要なものの一つですから」
穏やかでいて、中々頑固な方だ。
仕様が無い。
「正直、明日からの予定は僕にも分からないので、今は約束できかねます」
「むぅ」
『むぅ』って。
「心配なさらなくても、そのうち会えますよ。僕、明日からここの学生ですから」
「…………そうなんですか!?」
「はい。ここの編入生なんです、僕」
そう。
僕は元々、このアカデミーに編入するべくやってきたんだ。
編入手続きを終えて早く帰ろうとしていたところに、バーンが駄々をこね始めて今に至る。
本当に、すっかり遅くなってしまった。
「クリスタ様も、明日からアカデミーに来られるのであれば、どこかで会えるかと思います。呼び出してもらっても構いませんし」
「良かったぁ!私も、編入生として招待されたんです!同じだったんですね!」
「え?あ、そうなんですね。てっきりアカデミーが迎えた賓客か何かかと」
同じ編入生だったのか。
僕とはクラスが違うだろうけど、見知った顔が近くにいるのは安心だ。
「学生であれば、普段過ごすのは教育区でしょう。間違いなく会えますね」
「はい!良かったです。本当に……」
嬉しそうにはにかむクリスタに、こっちまで嬉しくなる。
だが、今までの話を総合すると、だいぶ時間が危ないことに気づく。
「なら余計に急がないと。編入手続きの期限、今日までですよ」
「あ!大変!急がなきゃ!」
門に向けて駆け出すクリスタがこちらに手を振る。
「アカデミーで会ったら、絶対またご馳走させてくださいね!目が合ったのに無視とか絶対ダメですよ!」
「しませんから!急いでください!お家から迎えを呼んで、決してお一人で帰らないで!」
「はい!ありがとうございます!じゃあ、きっとまた!」
そう言い残して彼女は、アカデミーの中に消えていった。
辺りに静けさが戻ってくる。
「クリスタは忙しないな。見ていて飽きぬ」
「そうだね。元気な人だ」
「快活な方ですな。それでいて意思の強さもお持ちのようだ。在りし日の大奥様を見ているかのようでございます」
「うん……うん?」
この場で聞こえるはずのない声に振り向く。
そこには執事服に身を包み、背筋をピンと張った男が立っていた。
白髪が多く、決して若くはない風貌。
傍から見れば好々爺にしか穏やかな顔。
対して、薄っすらと開いた眼は見るものを畏怖させる眼光を放っている。
彼はジェイク。
僕に、早く帰ってくるように言っていた家人。
つまり、今、一番会いたくなかった人だ。
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