第10話 召喚士、家に帰る

「えぇっと……ジェイク……なんでここに?」


 普段から色々な意味で敵わないが、今日に関しては心配をかけているだろうなという罪悪感から、余計にしどろもどろな言い方になってしまう。


「あれだけ『用向きが済んだら早くにお帰りを』と申し上げたにも関わらず、アレク様のお帰りが遅かったため、何かあったのではと探しておりました。そうしましたら、幾度か聞いたことのある咆哮の後、幾度か見た光が空に延びているではありませんか。駆けつけてみたところ、アレク様が女性と一緒におられたため、しばらく後をつけておりました。急に現れて女性を怖がらせてもいけませんので」


 周辺を警戒してくれていたはずのストイルに視線を送ると、とても申し訳なさそうにしている。


 ジェイクが本気になると、気配がほとんど分からない。

 夜の闇に紛れられたら尚更だ。

 ストイルが気づかなくても無理はない。


「さ、さすがジェイク。迅速な状況判断だね……」

「ありがとうございます、アレク様。ところで、バーン殿」

「おう……」


「ご令嬢は、美味しいものを紹介したい、ということでしたな?私の申し出を放って、何をどこでどうして食べることになったのか。詳しくお聞きしても?」


 会話までしっかり聞かれている。

 この時点で、もう言い訳のしようもない。


「そ、それはだな……」


「二度も助けてもらった、とも申しておりましたな。バーン様が顕現されたのは屋台村の方角でございました。大方、助けたお礼に屋台村でご馳走になったのでは?」


「うぐぅ……」


 ほら。既に聞く気が無い。


「……メシのところへの案内を願ったのは、アレクだぞ」

「あ!そうやって人のせいにするのやめてよ!」


 俺を巻き込まないで!

 もう確定している説教の材料を増やさないで!


「アレクも美味いといって食っておったではないか!同罪である!同罪!」

「お礼は受け取るものだって言って、聞かなかったのはバーンじゃないか!そもそも僕は最初しっかり断って……」

「黙らっしゃい!!」

「「はいぃっ!」」


 不毛な罪の擦り付け合いに、しっかり喝を入れられてしまった。

 一息の後、ジェイクは続ける。


「バーン殿。あなたの力が必要な状況となったこと、それにより救われたものがあったであろうことは疑いませぬ。ただし!あれほど言ったのですから、すぐに帰らねばならぬことは理解はできているはず。あれこれと言いつつアレク様はあなたに甘いのですから、少しは我慢をしてくだされ」

「うむ……」


「アレク様もアレク様です。あなたはバーン殿の主。誰よりもあなたがバーン殿を律しなければいけないのです。召喚士たる自覚を厳になさいませ」

「はい……」


「騎士ストイル。あなたが最後の砦なのです。そのあなたがお二人を止めなくてどうするのですか」

「面目ございません……」


「まだ言いたいことはありますが、ここではこれ以上言いますまい。続きは家に帰ってからとします」

「「「……」」」

「返事」

「「「はい……」」」


 さあ帰りますよ、というジェイクの声で僕らは帰路に就く。

 果たして僕は今日、満足に寝れるだろうかと憂いながら、ふとアカデミーに振り返る。


か。どんな所かな」


 そんな呟きが自然と漏れ出た。

 それは、自分が編入されるクラスに寄せた期待の吐露か。

 はたまた、これから説教タイムであるという事実からの逃避か。


 両方だろうな苦笑しつつ、僕は先を行く者たちを追いかけた。




 ── クリスタ視点 ──



 アカデミーに走る。受付が閉まる前に行かなきゃいけない。


 ……まだ、胸がドキドキしている。

 心臓が飛び出ちゃうんじゃないかってくらい。



 怖かった。


 エリーを助けるため、無我夢中で飛び込んだ。

 結果的には助けられたけど、一歩間違えば死んでいたという確信がある。


 召喚獣同士の戦いを、初めて間近で見た。


 ミノタウロスの怪腕と騎士の剣が舞う戦場。

 まるで演劇のような立ち合い。

 けれど間違いなく演劇とは異なる殺意の応酬。


 そんな、自分の行動を振り返っての恐怖と、戦場に身を置いた恐怖が今になって押し寄せている。

 なんてことをしていたんだろうって。

 そんな恐怖が、ドキドキの半分くらい。



 ドキドキのもう半分は……なんて言うんだろう?

 自分でもよく分からないけど……高揚、っていうのかな?


 勇気を出して戦場に駆けた。

 私でも、誰かを助けられると信じて走った。

 考え無しではあっただろうけど、確かに助けられた。


 家族や商会のみんなに褒められるのとは違った達成感。

 ほんのちょっと前の私では絶対にやらなかった、絶対に感じ得なかった嬉しさ。


 ……そっか。

 嬉しいんだ、私。


 意気地なしだと思っていた私にもできることがあるって分かって、どうしようもなく嬉しい。


『胸を張ってください。あなたは今、確かに、勇気を持って悩んでいる』


 私にも勇気があるって教えてくれたあの人に、少しでも報いることができて嬉しい。


『僕は少しだけ怒っています』


 怒らせてちゃったのは、すごく申し訳なかったけど。


『本当にありがとう。勇気を振り絞って、戻ってきてくれて』


 でも、感謝されて嬉しかった。

 すごく……嬉しかった。


『僕が、守ってみせるから』


 ふと、そう言って私たちを守ってくれた彼の姿を思い出して、胸がきゅうっとなる。


『だからどうか。どうか自分を責めないで。あなたの中にある勇気を認めてあげてください。その上で、それと向き合い、後悔の無い選択をしてください』


 無表情な人だなぁって思っていたのに、優しく微笑みながら諭してくれた彼を思い返して、また顔が熱くなる。


 ドキドキしているのには、まだ違う理由があるみたいだ。

 自分がこんなにちょろいだなんて思わなかった。


 彼のことが気になる。

 なんでバハムートを召喚できるのか、とかもそうだけど……そもそも、彼は何者なんだろう。


 最初は夢みたいな状況で何が何だかって感じだったから、聞くどころじゃなかった。

 その後もエリーがいる手前、聞きづらかった。


 でも……それとは関係無しに、もっとお話したいな。

 アカデミーで会えるかな。


 ……ダメダメ。これ以上は考えないでおこう。今だけは。


 閉まろうとしていたアカデミーの受付に駆け込む。


「遅くに失礼します!クリスタ・ベントと申します!フランツ先生にお取次ぎ願えますか?」


 後悔しないために選ぶんだ。

 怖いけど、やれることをやってみようと思ったから。


 帰ろうとしていた受付担当が顔を顰めているけど、構わない。

 ……いや、やっぱり心の中でだけごめんなさいをする。


 勢いでいかないと、気持ちが鈍ってしまうから、本当に心の中でだけ。

 すぅっと息を入れて、はっきりと告げる。


「先生にお伝えください!お話いただいていたへの編入手続きに参りましたと!」



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