編入

第11話 召喚士、再会する


── アレク視点 ──


アカデミーは、王国において長い歴史を持つ場所の一つだ。


石造りの建物からは重厚さを感じるが、決して重苦しいわけではない。

そこかしこの装飾や絵画などが調和を取っている。


日の差し込みもしっかり計算されているんだろう。

朝の廊下はとても明るい。


「アレクも災難だったよねぇ」


召喚士特別クラスの教室に向かっていると、連れ立って移動する隣の男性が言う。


銀色の長髪にローブを着て、胡散臭そうにヘラヘラと笑っているこの人はフランツ先生。

アカデミーに所属する教師であり、僕に召喚士特別クラスへの編入の話を持ってきた人。


特別クラスの担任だ。


「ミノタウロスの暴走と、異常な強化。それを止めるべく屋台村の真っ只中で大暴れ。まさか編入前にそんなことに巻き込まれるとはねぇ。ホント、おつかれさまー」

「ヘラヘラしながら言われても、労われてる感が皆無ですけど」

「酷いなぁ!聞いたかいウィンディ!一時とはいえ、昔の教え子への真心込めた労いが分からないってさぁ!私はショックだよぉ」


オーバーにリアクションしたと思ったら、よよよと手で顔を覆う。

いい年したおじさんが中々に痛いことをする。

反応に困り、視線を斜め下から斜め上に移す。


フランツ先生のを押す、長身の女性。

腰までかかるほど薄緑の髪を靡かせているのはウィンディさん。

先生の召喚獣として契約している、風の大精霊だ。



「労えているかはさておき……フランツがアレクさんのことを心配していたのは本当です。危険な目に合っていなければいいけど、と。どちらかというとアレクさんは、自らそういう騒ぎに首を突っ込もうとしますしね。本当に突っ込んでいたのは流石、と言えば宜しいですか?」

「あ、アハハ……」


すぐに帰るように言いましたよね?という、批判の色を含んだ視線から目を逸らす。

普段からクールだからか、ウィンディさんに睨まれるとやはり怖い。


許してください。もう十分反省しております……。


あの後、帰宅後にもジェイクのは続いた。

忠告を無視したことを叱られ、主と従者の心構えを説かれ、昔のやらかしを穿り返され……。

結果、お話は深夜まで続いた。


普段は勝手に出てくるバーンですら『もう本当無理。しばらく寝かせよ……メシの時だけ起こせ……』と言って、ここ数日は基本的に送還されている。

バハムートとしての顕現によって魔力を大量に消費したというのもあるけどね。


「まぁまぁ、ウィンディもそう言わないであげてよぉ。聞く限り、バーンがまた我儘を言った結果として首を突っ込まざるを得なかったんでしょ?不可抗力ってやつじゃないかなぁ」


しょげていると、フランツ先生がフォローに入ってくれた。

自然と首を縦にぶんぶん振ってしまう。


「フランツ、ですが……」

「アレクはともかく、あの好奇心の塊のバーンに『編入手続きは終わったけど早く帰りなさいよ』は酷な話だよぉ。そもそも、編入を依頼したのはこっちの都合でしょ?少し擁護してあげたっていいと思うなぁ」


そこまで言われて、ウィンディさんが申し訳なさそうにする。


「……そう、ですね。ごめんなさい、アレクさん。配慮が足りませんでした」

「あー、いえ。気にしないでください。僕も言うほど気にしてませんから」

「ウィンディは真面目だもんねぇ。アレクも、きっとジェイクさんに叱られたんでしょ?挨拶がてら、私からもフォローしておくよぉ」

「それは……ありがとうございます。助かります」


あれ以来、外に出るたびにジェイクがピリピリしていたから。

悪いのは僕らだから注意とかは甘んじて受け入れるけど、いちいち気を張るジェイクに申し訳なかった。

フランツ先生がフォローしてくれれば、少しは気を楽にしてくれるだろう。


『久しぶりに会うし、お菓子か何か持っていこうねぇ』と、フランツ先生はヘラヘラと笑う。


胡散臭くはあるが筋は通すし、物事を分かりやすく教えてくれる人だ。


専門は召喚術。

僕も昔、盟約召喚バハムートのことも含めて、少しだが教えを受けた。

これで人柄もよく、アカデミーの先生の中でも指折りの人気を持つと聞く。


非常に優秀な教師であり、

かつて、王国最強と謳われた召喚士だ。


「あ、いたねぇ」


先生の言葉に意識を戻すと、廊下の先に人が待っていた。


「へっ……?」


目を疑った。


「彼女も君と一緒。今日から特別クラスに編入する子だよぉ」


そこにいたのは、まだ召喚士ではないはずの女性。

特別クラスとしては、あり得ない人。


見間違いかとも思ったが、そんなはずがない。

相変わらず、あの大きな卵を抱えているんだから。

前と違うのは、僕と同様、アカデミーの制服を着ているところぐらいだ。


「おはようございます!フランツ先生!クリスタ・ベント、本日より召喚士特別クラスでお世話になり……ま……?」


元気な礼に髪が揺れる。

顔を上げたタイミングで、フランツ先生の隣の僕と目が合う。

数秒の間の後、その表情が見る間に驚きに染まっていく。


「あ、あああアレクさん!?」

「えーと……ど、どうも」

「どうしてここに!?って……アレクさんが編入するところも、特別クラスだったんですか!?」

「そうですが……まさかクリスタ様もだったとは思いませんでした。ということは、あの時迷っていたのは……」

「はい。特別クラスへの編入を、締め切り直前まで迷ってたんです……」


そんな会話をしている僕らを見て、フランツ先生も笑う。

いつものヘラヘラ顔に、ニヤニヤが加わっている気がしてならない。


「やっぱり二人は知り合いだったんだねぇ。大方、この間の暴走召喚事件の時に知り合ったんだろう?」

「そうですが、気づいてたなら報告してた時に言ってくださいよ。性格悪い」


あの時の顛末はフランツ先生に話しており、クリスタのことも『ベント男爵家の令嬢を巻き込んでしまった』と伝えている。


そういえば、その時から妙にニヤついていたなと思い出す。


「結構驚いただろう?クリスタも見た?君を見つけた時のアレクのとぼけた顔!あれは中々見られないよねぇ!」

「え、えーっと……」


アッハッハと声を上げて笑われている。

前言撤回。

この人はやはり、教師としてどうかと思う。


「そもそも、なぜクリスタ様がここに?まだ召喚術は使えないというお話だったはずですが……」

「その辺は、経緯も含めて後で私から説明するよぉ。それより……」


言葉を切って、フランツ先生は僕とクリスタを交互に見る。

ウィンディさんが車椅子を引いた。

僕とクリスタが対面する形となる。


「今日から同じ教室で過ごす仲間だよ?驚く顔も面白いけど、最初にやることがあるんじゃない?」

「「あ」」


確かにそうだ。

焚きつけたのはフランツ先生だけど。


「ゴホン……今日からよろしくお願いします。クリスタ様」

「ふふ……はい。よろしくお願いしますね。アレクさん」


学友になるのであれば、最初の挨拶は肝心だ。

これで心置きなく──


「はいダメー」


心置きが横から出てきた。

フランツ先生が、手を交差させて〝×〟を作っている。


「アカデミーでの大原則。アカデミーに在席する者は、爵位や王位継承権などによる上下関係は不問とされる。その一環として、同じクラスのメンバーに対して様付けは禁止。できるだけ敬語もやめてねぇ」


あー、そんなのあったなぁ。

クリスタは「えっ……えぇ!?」と焦りだしている。


「ここにはいろんな人がいる。高位貴族から平民まで、本当に色々さぁ。そんな中でいちいち上下関係を気にしていたら、生徒の生活はもちろんだけど、アカデミーの運営そのものが破綻しちゃう可能性があるからねぇ」


「極端な例ですが、王族の一声で生徒全員を退学、などといった横暴を防ぐためのルールです。学年の違いや、教師と生徒の上下関係はありますが、逆に言えばそれぐらいです」


フランツ先生の説明を、ウィンディさんが補足する。

極端な例とは言うものの、ルールというのは大抵、何かが起こった後の再発防止として作られる。

何かはあったんだろうなと思うが、そこは突っ込むまい。


「と、いうわけで。やり直しー」

「はいはい」


改めて、クリスタに向き直る。

赤面させ、目がキョロキョロしているクリスタだが、落ち着くのを待っていると終わらなそうだ。


「えーっと……よろしくね。クリスタ」

「あぅ…………よ、よろしくお願いします。アレク……さん」


それを見届けたフランツ先生がニヤニヤしながら両手で〝○〟を作っていた。



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