第12話 召喚士、ちゃんと名乗る
「いやぁー、アレクは間違いなく編入の話を受けてくれると思ってたけど、クリスタは分からなかったからねぇ。来てくれなかったらどうしようって心配してたんだよぉ。また入ってくれそうな子を探すのは手間だったからさぁ」
フランツ先生は軽く言うが、その言葉には本心からの安堵が感じられた。
特別クラス編入にあたっては、選考試験のようなものは無かった。
選考基準はただ一つ。
担任であるフランツ先生のお眼鏡に適うかどうか。
これは、〝特別クラスが持つ特殊性により、試験などでは適性を見ることができないため、担任に一任する〟という上層部からの指示だったと聞かされた。
要は、ただの丸投げだ。
この曖昧極まりない基準により、フランツ先生は文字通り王国中を飛び回って、ピックアップした編入候補者一人ひとりに会いに行ったという。
ウィンディさんの補助があるとはいえ、不自由な体ではさぞかし大変だっただろう。
その最中、先生は僕と再会して、特別クラスへの編入の誘いをしてきたというわけだ。
クリスタもきっと、その過程で声をかけられたんだろう。
「僕は、最初から行くって言ってましたしね」
「心配をお掛けしてすいません……」
「アッハッハ!いーのいーの!何はともあれ、君たちは自分の意思でここに来てくれた。歓迎するよぉ。ようこそ、我らがアカデミーへ!」
フランツ先生がにこやかな言葉が終わったと同時に、鐘が鳴った。
「おっと、朝の予鈴だ。ホームルームが始まるよぉ。教室へ急げー」
フランツ先生の車椅子がふわりと浮かび、廊下を飛んでいく。
ウィンディさんの操作する風によるものだ。
「先生!廊下を走っちゃダメなんじゃないんですか!?」
「走ってないよー、飛んでるんだよー」
「飛んでる方が危険では!?」
「問題ありません。衝突を予測した際は、私の風によるクッションが発生します。安全装備標準搭載です」
「そういうことじゃないと思います!」
「アレクさん!急ぎましょう!」
怒られないことを祈りながら、クリスタと廊下を走る。
アカデミーは広い。先生とはぐれたら教室にたどり着けない。せめて見失わないようにしていたが、結構な距離を走らされた。
──アカデミーには三つの区画がある。
まず中央に位置する共通区。
アカデミーに所属する人々が最も行き交う場所。事務的な手続きをする管理棟や教職員の執務棟、食堂、演習場といった施設がある区画。
先ほどまで僕らがいた場所だ。
そして、西側には研究区。
その名の通り研究、及びその実験をするための区画。アカデミーに所属する研究員が日夜研究に明け暮れているのがここだ。
最後に、東側に教育区。
アカデミーに所属する生徒はこちらを学び舎とし、専攻毎に分かれて勉学に励む。
その教育区の奥。
建物の周りは木が茂っており、あまり日が当たっていない場所。
若干の薄暗さすら感じる。
そんな場所で、先生は僕らを待っていた。
「さぁ、ここが特別クラスの教室だよぉ。少ししたら呼ぶから、息を整えておくんだよぉ」
「ハァ、ハァ……はい……」
息が上がっているのは誰のせいだと抗議したくなるが、グッと堪える。
「アレク」
「……?」
教室に入ろうとしたフランツ先生が、声を潜めて僕を呼ぶ。
「ここに来てまで、自らを偽らないでおくれ」
「…………」
それだけ言って、先生たちは教室に入っていく。
フランツ先生の言いたいことは分かる。
ちゃんと名乗れ
こう告げているんだ。
他の人からしたら、なんてことないだろう。
僕にとっては少し、心の準備が要るだけ。
「き、緊張しますねっ!」
「……そう、だね」
それはともかくとして。
ここまで走ったことによる体力の消耗もキツイ。
だけどクリスタは余裕そうだ。変な格好になってないかと、自分の身なりを見直す余裕がある。
というか、クリスタはその卵を抱えて走ってきたよね?
なんで疲れてないの?体力すごいね?
……少し凹む。これでも体力だけは多少なりとも鍛えてきたつもりなんだけど。
ようやく息が整ってきたところで、ウィンディさんがやってきた。
「お二人とも、どうぞ中へ」
「は、はいっ!」
「分かりました」
ウィンディさんに連れられて教室に入ると、そこには生徒と思しき人物が三人、着席していた。
金髪の見目麗しい男。
黒い短髪のいかにも武人な男。
そして、赤い髪を頭の横に束ねた女性。
金髪の男はニコニコと楽しそうにこちらを見ている。
黒髪の男と赤髪の女性は憮然とした表情でこちらを伺ってはいるが、敵意は感じない。
警戒はされているみたいだけど……まぁそれはそうだろう。
よく知らない人を警戒しない方が変だ。
クリスタの警戒心の無さが特殊なんだと思う。
「さて諸君。今日からこの二人が、我らがクラスの仲間だよぉ。自己紹介をお願いしよう。まずはクリスタから」
「はいぃ!」
フランツ先生に促されてクリスタが姿勢を正す。
「ベ、ベント男爵家のクリスタ・ベントと申します!まだ召喚術が使えなくて、皆さんよりもスタートが遅いんですが、精一杯召喚術を学びたいと思います!よ、よろしくおねがいしましゅ!」
噛んだことを恥ずかしがりながらも礼を取るクリスタに、パラパラと拍手が起こる。
「皆は基本的な召喚術は既に行使できるけど、彼女はまだ召喚術を行使出来ない。それでもこのクラスに迎えた理由……というか目的は、彼女が抱えている卵の管理及び契約補助と、そこから生まれる魔獣の先行登用だねぇ。この卵、盟約召喚獣並みの魔力を内包しているらしいよぉ」
「……っ!?」
フランツ先生の紹介に、思わず驚いてしまう。
それが本当なら、まだ召喚士でない彼女がこのクラスに誘われたのも納得がいく。
魔獣の魔力量は、その魔獣の強さに比例することがほとんどだ。
卵もその例外ではない。
それがバハムート等と同じ量ともなれば、その強さにも期待がかかる。
従えられさえすれば、クリスタはもちろん、アカデミー、ひいては我が国に大きな利益をもたらすだろう。
それを踏まえての先行登用ということか。
他の生徒もそれを分かっているのか、驚きの表情を浮かべている。
「その卵とクリスタについてはまた今度。じゃあ次にアレク、お願いねぇ」
「……はい」
──自己紹介は苦手だ。
そもそも、自分の本名を名乗るのが苦手だ。
だいたい、次の反応が予想できてしまうから。
クラスメイトとなる三名に向き合う。
「……僕は──」
ふと視線を感じて一瞬横に目をやると、クリスタが僕を見ていた。
どこか嬉しそうに。
何がそんなに嬉しいのかは分からない。
分からないが……彼女のそんな視線は裏切れない。
フランツ先生にも、自分を偽るなと言われたばかりだ。
彼女に勇気を説いておいて、自分は名乗ることすら躊躇するなんて。
そんな滑稽な話は無い。
息を吸い直して、名を告げる。
「──僕は、バーンレイ辺境伯家、アレクシオ・バーンレイです。どうかアレクと呼んでください。よろしくお願いします」
クリスタの時よりも大きな驚愕を感じながら、礼を取る。
まぁ、そうなるだろうなという確信があった。
バーンレイ辺境伯家。
それはかつて、救国の英雄に与えられた家名。
敵国である帝国。彼の国との国境の守りを一手に引き受ける、王国の盾。
そして──
建国記において〝召喚士が生まれない呪い〟に侵されたとされる、呪われた一族なのだから。
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