第13話 召喚士、自己紹介を受ける
「バーンレイ辺境伯家って……帝国との国境防衛を担う、あのバーンレイ辺境伯家か?」
「うん。バーンレイの家名はウチだけだからね」
黒髪の男の問いに頷くが、彼はなおも怪訝そうに眉を顰める。
「では、あなたも召喚術が使えませんの?」
「いや、召喚術は使えるよ」
「……でも、バーンレイ辺境伯家は召喚術が使えないと……」
「そう言われてるね。でも使えちゃってるんだ。何故かは僕にも分からないんだけど」
赤髪の子に、苦笑しながら返す。
建国記の最後で、英雄とされた召喚士は帝国の手により呪われてしまったとされている。
その呪いこそが、召喚士が一族から生まれないという呪い。
事実、英雄の血を引くバーンレイの一族の中で、召喚士の才を持つ者は生まれてこなかった。
僕を除いては。
赤髪の女性も、何とも言えない表情で僕を見る。
この表情が示す感情を、これまで幾度となく向けられた。
同情。
これだ。
こういう顔をされるから、名乗りたくないんだ。
この名が嫌いなんじゃない。
バーンレイの家名は僕ら一族の誇りであり、アレクシオの名も父上と母上が与えてくれた大切なものだ。
僕は間違いなく、バーンレイの血を引く者である。
胸を張ってそう言える。
しかし、世間、というか我が国に於いては。
召喚術が使えるバーンレイ辺境伯家の一族。
この一点だけで勝手に変な想像をされて、勝手に同情されてしまう。
僕がどこかから見つけられてきた養子である、という程度ならまだいい。
勝手に、母上の不貞を疑われたことすらある。
それが嫌だから、辺境伯領の外では基本、アレクという名だけ名乗ってきた。
こんな不快な感情になるくらいなら、やはり名乗らない方が──
「建国記で伝えられている呪いと、彼が召喚術を使えるということ。それらを繋げて勝手な想像をしているなら、今すぐやめたまえ」
ふと、フランツ先生が割って入ってくる。
……ちょっと怒っているように見える。
「彼がバーンレイの血を引いていることは、血液鑑定で証明されている。以前辺境伯領を訪ねた時のことだ。王家の署名がなされた証明書を、ご厚意で見せてもらってね」
フランツ先生が両手を汲んで、胸元に置く。
それだけなのに、教室内が少し肌寒くなったように感じた。
「……わざわざそんな証明をしなければならないほどに、彼らは心無い声に晒されたということだ。そういう証明を抜きにしても、誰かの血を疑うような勝手な推測は、当事者とそのご両親を最大限に侮辱し得る行為だと知りなさい」
ガタッと椅子を引く音がした。そちらを向くと、赤髪の子が神妙な面持ちで立っていた。
「要らぬ推測をしました。お詫び申し上げますわ」
続いて、黒髪の男も立ち上がった。
「……すまなかった」
二人から謝罪の礼を取られてしまった。
あっけに取られ、つい先生の方を見ると、いつもの顔でまたヘラヘラと笑っていた。
「我がクラスの子たちは、悪いと思ったことはちゃんと謝れるんだよぉ。スゴイよねぇ」
他人事のように言う先生が可笑しくて、つい僕も吹き出してしまった。
「……二人の謝罪を受け取ります。いい人達そうで安心ました。改めて、よろしくね」
そう言って着席を促すと、二人はもホッしたようにしていた。
そんなやりとりの中、金髪の男は終始変わらずに笑みを浮かべている。特に僕の出自を聞いても特に驚いていないようだ。
──彼、どこかで見たことある気がするんだけど……ダメだ、思い出せない。
「さて、自己紹介が終わったところで、二人には席に──って、クリスタ、大丈夫かい?」
「ん?クリスタ?」
見ると、クリスタの顔は真っ青になっており。
「きゅう」
と言って倒れた。
……倒れたァ!?
「クリスター!?しっかりしてー!」
「アレクさんがバーンレイ辺境伯家でそのご子息でつまりは英雄の直系であらせられて私はなんて失礼な態度をおぉぉぉ」
「戻ってこーい!」
──その後、正気に戻って僕の顔を見てまた遠い世界に行って……を繰り返すこと数回。
今は、落ち着いたクリスタと共に用意された席に着いていた。
「すいませんすいませんすいません」
「いや、まぁ、うん。ビックリさせてごめんね?」
名乗って驚かれることはあっても、倒れられることは初めてだったので焦った。
「アッハッハ!大事なくて何よりだよぉ。それもこれも、ちゃんと名乗らないアレクが悪いんだから。自分を隠したり偽ったりすると、余計な混乱を生む。肝に銘じなさいねぇ」
「ちょっと話が違う気がしますが……分かりました」
「ではでは!今度は、編入生に向けて我らから自己紹介といこう!」
今度は先生たちと、先ほどの三名が前に出ている。
「まずは私。このクラスの担任、皆さんご存知のフランツ先生だよぉ。見ての通り車椅子生活してるものだから何かとゆーっくりのーんびりしてるけど、優しく見守ってねぇ」
ついさっき、追いつけないほどのスピードで飛んでいった人の言葉ではない。
そんなフランツ先生を飛ばしていた張本人が一歩前に出る。
「フランツの召喚獣、風の大精霊ウィンディです。フランツの補助員として随行しております。アカデミー内で何かお困りのことがありましたら、私の名前をお呼びください。すぐ飛んでいきますので。さっきよりも早く、ね?」
風の精霊は、風に乗ってくる遠方の音も聞き取るという。
文字通り、呼べば飛んでくるということか。
自分を呼ぶ声に応えてアカデミー内を超速度で飛んでくるウィンディさん。
……苦情とか来ないんだろうか。
「では次にイスラ、自己紹介してねぇ」
先生にイスラと呼ばれた金髪の男が前に出た。
「ギルバート侯爵家のイスラ・ギルバートだ。成り行きでこのクラスのリーダーみたいなことをしているよ。二人もクラスの仲間が増えて嬉しい。三人はやはり寂しかったからね!是非ともよろしく!」
ニコッと笑ってイスラは自己紹介を締めた。
笑った瞬間、覗いた歯が光った気がする。
真の優男は歯が煌めくと何処かで読んだことがあるが、本当なんだな。
……ギルバート侯爵家に知り合いはいないはず。やっぱり見覚えがある気がするのは勘違いか。
「ギ、ギルバート家……採掘量国内随一の魔鉱山を保有する、あの……」
またクリスタが何か呟いているけど、どうしたんだろう?
「続いてケヴィン。自己紹介を」
今度は黒髪の男。
体が大きいからか、一歩前に出るだけでも圧を感じる。
「ベルセリオ侯爵家、ケヴィン・ベルセリオ。よろしく頼む」
それだけ言ってケヴィンは下がった。
印象通りの寡黙さだ。
「ケヴィン自身も卓越した剣士だけど、彼の召喚獣もなかなか強いんだよねぇ。フィールドワークで遭遇した魔獣は、だいたい彼に任せているよぉ」
フランツ先生の補足、もとい称賛に、ケヴィンは憮然としながらも満更でもなさそうだ。
「ベベベベルセリオ……我が国の将軍家……」
クリスタがまた青くなってきた。大丈夫かな?
「最後に、オリビア」
そう呼ばれた赤髪の子が前に出た。
「ウィンザー公爵家、オリビア・ウィンザーですわ。家業の都合上、魔道具の作成に関して右に出るものはいないと自負しております。必要なものがあれば作りますので、言ってくださいな」
「ウィンザー、公爵家っ……!?」
耐えきれなくなったクリスタの声が漏れ聞こえた。
おそらく、教室内の皆に。
男爵家である彼女からすれば、通常なら、会う機会はほとんどない。
魔道具作成の先駆者。筆頭公爵家であるウィンザー公爵家。
驚くのも無理は無いだろう。
「ふふ、家格や爵位のことで驚いているなら気にしないで。もう知ってると思うけど、ここではそういった上下関係は不問とされているわ。せっかく同じクラスになれたのだもの。仲良くなりたいわ。どうかよろしくね」
「ははははいぃ……」
我が国での魔鉱需要を支えるギルバート家。
将軍家であるベルセリオ家。
魔道具作成で名を馳せるウィンザー家。
それらの子息と令嬢か。
中々の豪華メンバーだ。
「お騒がせしました……」と、変なタイミングで叫んでしまったことを謝るクリスタ。
他の三人も自席に戻り、着席した。
どこか浮足立った雰囲気だった教室が落ち着いていく。
「というわけで今後、このクラスは五人で活動していくよぉ。相変わらずメンバーは少ないけど、頑張って盛り上げていこうねぇ」
いまいち盛り上がりにかける間延びした声に苦笑してしまう。
「では、遅くなっちゃったけどホームルーム始めるよぉ」
まぁ、頑張らなければいけないのは確かだ。気合を入れよう。
クリスタも、表情を引き締めて、両手をグッと握っている。
「……ちなみにだけどぉ」
ここから僕の、新しい生活が始まる。
「ホームルームって言ったら、我が部隊ではブリーフィングを指すから。覚えておいてねぇ」
〝特別クラス〟という名の部隊での生活が。
──────────────────────
お読みいただき、ありがとうございます。
いいね、星の評価、応援コメントなど頂ければとても嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます