第4話 召喚士、誤魔化す
「アレクさんとバーンちゃ……バーンさんは、とても仲が良いのですね。召喚士と召喚獣の主従関係っぽくないというか、なんというか……見ていると、ご兄弟のようだなって」
夕飯の為か、先ほどよりも人が多くなってきた。
そろそろ帰る頃合いかと思っていると、そんな風にクリスタが言った。
「此奴が幼い頃からの付き合いであるから、それなりにな。我が兄替わりとなり、色々と教えたものよ」
「兄を自称するなら、食べ終わった串を噛まない。行儀が悪い兄なんて勘弁だよ」
ガジガジ噛んでいた串を取り上げて、僕の二本目の串焼きの横に置く。
本当に美味しいからもったいなくて、まだ手を付けていなかったんだ。
「それと、ちゃん付けで構わんぞ、娘」
「えっ?」
「我が玉体は魅力で溢れ過ぎている。威厳は当然だが、可愛らしさも隠せぬ罪深き姿だ。ちゃん付けしたくなるのも無理からぬこと……故に許す!我は寛大であるからな!もっと見てよいぞ!」
「ほんの少しでいいから、その自信を隠す努力をしてほしい」
聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
クリスタも引いちゃうだろうと思って見ると、今度は彼女が目をキラキラさせていた。
「もっと見て……いいんですか?」
……あー、ウチにもこういう人いたなぁと、その目に既視感を感じる。
ご飯を前にしたバーンとは別種の、熱量を帯びた目。
愛してやまないものを前にした時の、嬉しさ爆発している時の目。
所謂、
「私、召喚獣や魔獣の観察が好きなんです……助けてもらった身で恐れ多いことは重々承知しているんですが、バーンちゃんを少しだけ観察させてもらえたら、と……」
「我に二言は無い。とくと」
「ありがとうございます!」
『とくと見よ』って言い切る前に、すごい速さで、それでいてふわりと優しく、クリスタはバーンを抱き上げた。
「黒いスライムなんて初めて見たので、是非ともお近くで観察したかったのです!」
上下左右から観察し、決して不快にならないタッチでバーンの手触りを確かめるクリスタ。
その動作一つ一つが早いというか、手慣れているというか、キビキビしている。
「目とお口も人のそれを模しており、言葉も話しているので、高位のスライムであることは分かったのですが……アレクさん、失礼ですがバーンさんとはどこでお知り合いに?」
「あー、いつの間にか家の近くにいたんですよね。ごく普通の田舎ですよ」
「なるほど、環境適応のための進化では無さそう……となると、突然変異でしょうか……」
優しいタッチで撫でられて、バーンはご満悦だ。
されるがまま、クリスタに身を任せて大人しくしている。
普段から、あれくらい大人しくしてほしい。
「よく見るとお肌に模様があるのですね。これは……花びら、のようにも見えますね。うっすらと散りばめられていて、とても可愛らしいです!」
「そうであろう!そうであろう!」
「好きなだけ褒めたたえよ!」というバーンの声を聴きながら、ふと先ほどのクリスタとのやり取りを思い出す。
お礼がしたいという彼女の言い分が、ちょっと強引だったのが気になっていた。
たぶんだけど、お礼というのは建前。
単純に、バーンを見たかっただけなんだろう。
マニア心と、助けてもらった手前言いづらいという心情のせめぎ合いの結果が、あの言い分だったわけだ。
まぁ、これを指摘するのも無粋だろうし、串焼きで実際にお礼もされている。
何も問題は無い。
好きなものを前にすると我慢できないっていうのは、少しは分かるしね。
「ただ、ひとつ間違っているぞ、娘よ」
「え?」
嫌な予感がして思考の沼から戻ってきた。
だがしかし、時は既に遅かったようだ。
「聞いて驚け!我はスライムではない!バハムートなのだ!」
――間。
ヒュウっと吹く風が少し寒い。
無駄にデカい声で言うものだから、行き交う人の何人かはこちらを振り返る。
その視線が恥ずかしい。
そしてすぐに『いやスライムじゃん』と視線を戻される。
無駄に振り返らせてごめんなさい。
「えぇっと……」
ほら、クリスタも流石に反応に困って俯いてる。
「あー……その、クリスタ様、これは――」
「なるほど!」
フォローしようとしたら顔を上げられた。
その表情は、先ほどと同様、いや、先ほど以上に嬉しそうだ。
「バーンちゃんの名前、建国記に出てくる英雄の契約召喚獣、バハムートと同じですものね!」
――フェーンライル建国記。
この国に住まう者なら知らない者はいない、歴史書にして文学書だ。
百年ほど前、初代国王とその友である召喚士が、圧政を敷く帝国に反旗を翻して建国したのが、このフェーンライル王国。
建国記は、そんな当時のことを編纂した書物だ。
歴史を正しく伝えるためとして、貴族は必ず所有し、後継に語り継ぐ義務がある。
また、絵本としても出版されており、身分にかかわらず、この国の子供たちはそれを寝物語とする。
建国記の中で、召喚士は黒い召喚獣と共に帝国軍の猛攻を耐えて追い返している。
民を守り抜いたとして、召喚士は〝救国の英雄〟として称えられる。
その召喚士が契約していたのが、黒い召喚獣バハムート。
そしてその名こそが〝バーン〟であったと伝えられているのだ。
「…………そう!そうなんですよ!」
「何を言う。同じ名前というか我こそがモガモグ」
「英雄様にあやかって、僕が契約したときに名付けたんです!」
バーンの口に、僕の分の串焼きを突っ込んで黙らせる。
「そしたら何を思ったのか、自分をバハムートだと言い張るようになってしまって。ホント、困ってるんですよねー。アハハ……」
自分でも驚くほど苦しい言い訳だ。
こういう時の言い訳を考えていなかった自分が恨めしい。
誤魔化せるだろうか?
「やっぱり!お気持ちは分かります!物語のようで格好いいですものね!」
誤魔化せた。
……なんで?
「私も、この子が生まれてきたら、物語の登場人物からお名前をお借りして名付けたいと思っているんです。やっぱり、憧れちゃいますもの」
クリスタはカバンを抱き上げた。
その中には、あの大きな卵が入っている。
物盗りに狙われるかもしれないから隠した方がいいですよと、僕が注意したのだ。
「……アレクさんはすごいですね」
「へ?」
褒められた。
あまりにも急だったので間の抜けた返事をしてしまった。
見ればクリスタの表情は、その称賛の言葉とは裏腹に、少し曇っていた。
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