第3話 召喚士、ご馳走になる

「……うまい!これはうまいぞ!」


 ニコニコしながら串焼きを頬張っていくバーン。

 無事にこの我が儘スライムの舌を満足させられそうで一安心だ。

 クリスタに感謝しなきゃ。


 時は少しだけ遡る。

 クリスタに案内してもらったのは、ひしめき合うように屋台が乱立している区域だった。


 そこには多くの人が行き交っており、人々の手には屋台で買ったらしい食べ物が握られていた。

 大きな樽がそこかしこに置かれ、それをテーブル代わりに飲み食いしている。

 各々の店が行き交う人々に呼び込みをしていて、とても活気がある。

 屋台村、と言われている場所なのだという。


『比較的安く美味しいものが食べられるので、アカデミーの学生もよく利用しているみたいです』と、クリスタから教えてもらった。

 屋台の味を楽しんでいる人も多い中、確かにアカデミーの制服も見て取れた。


 煮込み料理やスープ、干し肉と葉物野菜を乗せたパンなど、多種多様な屋台が並んでいる。

 歩いているだけで美味しそうな匂いに包まれた。


 見れば魔牛の丸焼きなんてものをやっているところもある。

 屈強な男たちが筋肉を剥き出しに、丸焼き機を手で回している。

 すごい光景だが、客寄せとしては効果的だろう。


 クリスタが案内してくれたのは、そんな場所の一角にある串焼き屋。


 どうやら、肉を串に刺して焼いているようだが、その匂いが強い。

 初めての匂いだが、不快な感じは無い。むしろ食欲がそそられた。


『ちょっと待っていてくださいね!』と言われて近くにあったテーブルに座っていると、クリスタが僕とバーンの串焼きを買ってきてくれた。

 お代を払うと言ったのだが、『お礼ですから』と断られてしまった。

 恐縮ではあるが、そう言われては何も返せない。

 有難く頂くことにした。


 やっとありつける学術都市の味。

 それはもうキラキラした目をしながらそれにかぶりついたバーンが発したのが、先ほどの賛辞だ。

 肉を飲み込んで、一息つく。


「ただの肉の串焼きと思ったが、独特の味と香り……これが香辛料というやつか?クセになる辛みが後を引くな!」


 バーンは口だけで器用に、かつダイナミックに食べ進めていく。

 続いて、僕も食べてみる。


「……美味しい」


 一口、二口と頬張る。


 肉も美味しい。

 美味しいが、それに加えて食べたことのない辛みを感じた。

 初めての味に面食らうが、むしろそれがアクセントになっており、肉の旨味をより感じる。


 よく見ると、串焼きの肉に何かの粉末が振りかけられているようだった。

 これが香辛料というものだろう。


 肉の旨味と香辛料の辛みの相乗効果。

 これは病みつきになる。

 何本でも食べられそうだ。


 そんなことを考えていたら、いつの間にかもらった串焼きを平らげてしまった。


 後で自分でも買おう。

 自然とそう考えるくらいに美味しかった。

 屋台の串焼きにこうも心惹かれるなんて、自分でも驚きだ。


「……ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「うむ!非常に美味であった!褒めて遣わすぞ!」

「ふふっ……はい!喜んでいただけて何よりです!」


 そう言うと、クリスタはおもむろに立ち上がった。


「おじさまー!美味しかったってー!」


 串焼きの屋台に向かって大きく手を振る。

 店主の男性と、おそらく彼の娘であろう女の子が、手を振り返してくれた。

 どうやら顔見知りのようだ。


「本当は、ストイルさんにも召し上がってもらえればよかったのですが……」


 座りなおしたクリスタの視線の先では、真っ赤な全身鎧が道端で直立していた。

 付かず離れずの絶妙な距離で、周囲を警戒してくれている。

 道端とはいえ、人込みの中にいるので明らかに邪魔になっているが、あまりの圧に人々は文句も言わずに通り過ぎていた。


 ごめんなさいね、すぐ行きますから。


「彼には警護を頼んでいますから。任務中の騎士に買い食いさせるわけにもいきませんしね」


 さっきの奴らが来ないとも限らない。

 この人込みの中、急に襲われると対応できない可能性があった。

 そのため、ストイルには警護を命じたんだ。

 ストイルにも串焼きを買おうとしたクリスタだが、本人が丁重にお断りした。


『お気持ちは有難く頂戴します、レディ。後で主に買ってもらいますので』


 と、勝手に約束を取り付けられたが。

 それよりも、気になっていたことを聞いてみた。


「クリスタ様。あの串焼きにかかっていた香辛料は、やはりベント男爵家の……?」

「そうです!父の商会で卸している香辛料の試供品です」

「試供品?」

「はい。この国では、まだまだ香辛料の普及が広まっていませんから。まずは知ってもらうことが大事だからと、父は格安……というかほとんど無料で、馴染みのお店に提供しているんです」


 「あのお店、父とよく来ていたんですよ」と、クリスタが話してくれる。


 彼女の父君であるベント男爵の支援により、香辛料を国内生産する研究は成功を収めたという。


 とはいえ、まだまだ香辛料は決して安くはない。

 それが屋台で食べられるとはどういうことかと思ったが、試供品を使っているということであれば納得できる。


 その提供による損失は決して少なくないはず。

 それでも、認知が広まれば採算は取れると踏んでいるんだろう。

 そんな判断、並みの商人ではできない。


 香辛料による利益や男爵自身の商才もあってか、財力だけで言えばベント男爵家は公爵家に匹敵する、なんていう噂すらあったはずだ。

 まさかとは思ってたけど、あながち嘘ではないかもしれない。


 ベント男爵。

 随分と大胆な方のようだ。


「はい、おかわりどうぞ!」


 そんな思考を止める声が聞こえた。

 おかわり?


 見れば、先ほど手を振っていた女の子が、皿に串焼きを置くところだった。


「エリー!私、もう頼んでないよ?」


 クリスタが焦りながら応えるが、エリーと呼ばれた女の子はニコニコ顔だ。


「いいの!あのね、そこのスライムさんとおにいさんが、おいしそうにたべてたからってね、おきゃくさんいっぱいきてるの!だいはんじょーなの!」


 屋台を見れば、先ほどまでは無かった長蛇の列ができていた。

 店主がせわしなく動いているが、目が合うとまた手を振ってくれた。


「クリスタおねえちゃんと、おにいさんと、スライムさんのおかげだからって、おとうさんがもっていけって」

「そんな、悪いわよ」

「でも、もうスライムさんはたべてるよ?」

「はっ!?」


 まさかと思ったが、バーンはいつの間にか、ホクホクとした顔で二本目を口にしていた。


「バーン……君には遠慮と言うものを知ってほしい……」

「ムグ……礼は素直に受け取れと言っておるだろうが。店主の心意気を無駄にするのが遠慮だというのなら、我はそんなもの知らぬ」

「あーもう……ありがとう、お嬢さん。お父さんにもありがとうって伝えてね」

「わかった!クリスタおねえちゃんバイバイ!おいしそうにたべるおにいさんとスライムさんも、またきてね!」


 そう言ってエリーは店に戻っていった。

 給仕をこなした看板娘がお父さんに頭を撫でてもらって、一段とニコニコ顔だ。


「……僕、そんなに顔に出てました?」


 エリーが『おいしそうにたべるおにいさん』と言うので気になってしまう。


「えっと……お顔というか、目に……」

「アレクは無表情ではあるが、分かりやすいからな。目を輝かせながら無心に食べておれば、見ている側としてはたまらんだろうよ」

「あー……」


 バーンに同意するように、クリスタも頷く。

 自分の無意識な部分を指摘されると、なんともむず痒い。

 気持ちが顔には出ないが、顔以外によく出てると、家でも言われていたっけ。


「食べてた時の眼の輝きなら、バーンには勝てないと思うんだけど」

「我が瞳の輝きは万人を虜にしてしまうからな!だが、急に褒めてくれるな!照れるではないか!」

「この話の流れでそうはならないでしょ」


 そんな風に話す僕らの様子を、クリスタはクスクス笑いながら見ていた。


 良かった、笑ってくれて。


 怖いことがあった後は、心に恐怖が居座って笑うことができない、なんてことはよく聞く話だ。


 誰かを助けることで、その人が笑えているなら。


 助けた側として、こんなに嬉しいことは無い。



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